第二十二話 メイドの親孝行(1)
第二十二話 メイドの親孝行(1)
その日朝からセイルは帳簿整理、ミーネは掃除と、二人は割とのんびりとした一日を過ごしていた。
昼少し前、入り口からどこぞのメイド姿の女性が店を訪れる。女性は黒髪を結い上げた18才位の若い女性で、大きな目は目じりが少し垂れ下がり、困り眉がかわいらしい。おずおずと店内を伺うさまは、何かしら男心をくすぐる気配があるのだろう。早速この釣り針にこの店のお馬鹿さんが引っ掛かり、ミーネの穏やかな一日を台無しにしてくれた。
「いらっしゃい。どうぞ店内ご覧ください」
セイルは爽やかに微笑みかける。
「あの、実は教会通りの薬屋のお婆さんから紹介されて来たのですが」
「えっ、はい。どのようなご用件で?」
「母が胸の病気でして、妖精の森の泉に生えている特別なニワトコの花が必要なんです。薬屋のお婆さんからは、こちらのお店でしたら取り寄せることが出来るかもしれないとお聞きしました」
「しかし、この店は見ての通りの小物屋なんですが」
「もし薬が手に入らないなら、母は長くないそうです。私に出来る事なら何でもするので、なんとかお願いできないでしょうか」
メイドは潤んだ目でセイルを見つめる。ミーネはカウンターで、羽根ペンを口に咥えてピコピコ上下させながら、ことの成り行きを見守っていた。
セイルはしばらく考えていたが、
「わかりました。努力してみましょう」と答えた。
「本当ですか。ありがとうございます」
メイドはそう絞り出すように言うと、顔を両手で覆って泣き出した。余程安心したのだろう。セイルはメイドを椅子に座らせて、優しく背中をさすってやる。そして一頻り安心させるような言葉をかけた後、モニカと名乗ったメイドを帰らせた。
垂れ目のメイドの見事な一本釣りを見せつけられたミーネは、カウンターに頬杖をついて羽根ペンの端をガジガジとかじっている。セイルはそんなミーネに申し訳なさそうに声をかけた。
「ミーネさん」
「何ですか?」
「手伝ってくれるかな?」
ミーネは深いため息をつくが、最近はこれも自らの運命と諦めてもいる。この終わりの見えない苦行を重ねたら、いつか何かを得ることもあるのだろうか?
「いいですよ」
「こんど食事にでも連れて行くよ」
「食事はいいんですけどね。どこの女にも優しくできるなら、たまには私を口説こうとか思わないですかね」
ミーネの最後の言葉は消え入りそうに小さくなる。
「うん?」
「なんでもありません!」
「ミーネは可愛いね」
そう言って、ミーネのおでこにキスをした。
「…………!!」
ミーネは突然の事に動けない。そして顔を手で覆うが、笑いが零れてしまう。
「くふふふ」
「少し出かけてくるね」
「は~い、お気を付けて」
内心これしきのことで浮かれてしまう、軟弱な自分が許せないのだが、世界がぱっと明るくなったような気がする。しばらくはくねくねとしながら笑いを止められないミーネだった。
翌朝、セイルとミーネの二人は店を出て、迷いの森に向かった。ミーネは昨日のおでこキスの余韻を引きずっているので、そこそこ機嫌が良い。お出かけの理由には一言物申したい部分もあるのだが、なんせご機嫌なので、些細なことは目をつぶるというか、嫌な情報は心の奥底に沈めてしまっている。この道行もハイキングデート気分だった。
いつもの道しるべを過ぎて、森が暗くなった辺りで。妖精リーフが現れた。
「なんですか?」
「こんにちわ、かわいらしい妖精さん!」
「…………。ミーネさんは変なキノコでも食べたのですか?」
「せっかくご機嫌なんだから、水差さないでくれ」セイルが釘を刺す。
「まぁ、いいのですが」
「迷いの森の泉に咲く、ニワトコの花を取りに行きたい」
「その花が必要な理由は興味ないので聞きませんが、今咲いてませんよ」
「そうなのか?」
「はい。通常のニワトコとは違うので、満月の夜しか咲きません。8日後ですかね。普通のニワトコの花でしたら、いくらか持ってるのでお分けしましょうか?薬草にするんでしょ」
「そこの泉の畔に咲くやつしかダメみたいなんだ」
「そうですか。ですが泉には守護者いますし、あいつ女王の言うことも聞かないから、なかなか骨折りますよ。ちょっと待っててください」
そういうとリーフは姿を消した。
「面倒臭そうですね」
「うん、でもミーネが手伝ってくれるなら何とかなるだろ」
「ですよね~。大船に乗った気でいてくださいよ!」
と話してる間にリーフが帰ってきた。その顔は俯き、見るからにげっそりとやつれている。
「どうしたの?」
「女王様に相談しに行ったら叱られました。あなたたちのせいです」
「なんで?」
「お二人は大恩ある魔女様のご友人だから、ぜひお手伝いしろとの仰せです」
「それは心強い」とセイル。
「安心ですね」とミーネ。
「あなたたちは泉の蛇のいやらしさわかってない。満月の夜なら確実に起きてます。まず大人しく協力が得られるとは思わないで下さいね」
「どうすればいいの?」
「交渉ネタがいります。何か考えてみて下さい。手ぶらで来たらどちらかが蛇への貢ぎ物になりますよ」
「わかった。考えてみるよ」
「では8日後の夜にこの森で。別に来なくてもいいですけどね」
そう言い捨てると、リーフは姿を消してしまった。




