第二十話 令嬢のティアラ(3)
第二十話 令嬢のティアラ(3)
妖精リーフからティアラを積んだ荷馬の情報を得ると、セイルとミーネは盗賊の森に向かった。一旦森の分かれ道まで戻り、盗賊の森に続く道を進む。
二人が森の小道を傍目には呑気に歩いていると、突然彼らの前後を10人ほどの男たちが取り囲んだ。
「お散歩か?気楽なもんだな」
先頭に立つ頭目と思しき男が、にやにやと笑いながら話しかけてきた。
「金目のもの置いてきな。なんなら、その別嬪さんでもいいぞ」
周りの盗賊どもが口々に囃し立てる。気を抜けない状況なのだが、褒め慣れていないミーネは、『別嬪』と言われてついつい嬉しくなってしまう。
「あらあら、お目が高い」
「君たちは森の盗賊だね。10日ほど前に荷馬を見つけなかったかな」
セイルはほっといて話を進めることにした。
「見つけたとしたらどうすんだ?」
「荷馬に積んでいたティアラを探している」
「あ~これの事かな?」
そう言って頭目は腰の袋から、銀色に輝くティアラを取り出した。
「手癖の悪い奴が多くてね、こうやって大事に保管しているよ」
「それを買い取りたい」
「いくら出す?」
「金貨100枚」
「200枚は欲しいな」
「わかった」
セイルは肩にかけた鞄から袋を二つ頭目の前に投げた。すると盗賊の隣にいた男が、急いで袋の中の金貨を数え始めた。
「ぴったり200枚だ」
「ふん、言い値で出すとは値付け失敗したかな?」
「これが上限だよ。あんたの値付けは正確だ」
セイルは鞄を逆さにして見せた。
「いいだろう、これはあんたのもんだ。持って帰りな」
頭目はティアラをセイルに手渡すと、手下を連れて森の奥に消えて行った。
帰り道、日は傾いて森の中は急速に暗さを増していく。
「私のこと別嬪さんと言ってましたね」
ミーネは本日の喜ばしい出来事を反芻する。
「そうだね」
「別嬪ですか、大変心地良い言葉です」
「良い言葉だね」
「思ってたより良い人たちでした」
「良い人たちではないんだがね。まぁ、盗賊は金さえ払えば悪さはしないはずだ。あいつらにも信義があるようでね。だいたいあんな曰く付きのもの売るのも難しいだろうし、金に換えられて喜んでいるだろう」
「そんなもんですかね。ところでお疲れなら箒に乗って帰りましょうか。町までくらいならご主人様乗せて空飛べますよ。前も乗りましたよね」
「う~ん。安全第一で行こうか」
「箒は安全ですよ」
その時ミーネの胸元のガラス玉が小さく震え、ファンファの声がした。
「ミーネ気を付けて」
瞬間二人の足元に矢が突き刺さった。そして森の中から声がかけられる。
「女とティアラを置いていけ」
セイルは腰の短剣を、ミーネは杖をそれぞれ構える。
「頭目とは話がついている。大人しく帰らせて欲しい」
「お頭とは別件でな。お前だけなら帰っていいぞ」
セイルは黙ってミーネの前に立ち、短剣を構えた。
「いいんだな、やれ!」
三人の男たちが前方の森から姿を表す。その後ろには弓を持った男がいた。弓の男が矢をつがえると、男の前に小さな光の球が現れた。そしてその光が消えると、弓男は崩れるように倒れた。
ミーネはセイルの陰から杖を構えて、先頭の男を狙う。
「炎の精霊、お願い!」
ミーネの杖から小さな火の玉が放たれると、三人の男の周囲で凄まじい爆発が起きた。男たちは道端に吹き飛ばされる。
「ミーネやりすぎ」
箒に乗ったファンファがミーネの傍に降り立つ。
「う、うん。びっくりした」
「水の精霊、火を消して!」
今度はミーネの杖の先から水が吹き出て、付近の木々の炎を消していった。
「次が来たわよ」
ファンファの視線を追うと、歩いて来た方角からさっきの頭目と、四人の盗賊が現れた。
「おまえら怪我はないか?」
「まだやるの?」
ファンファは杖を構える。
「戦う気はない」
頭目は両手を上げる。
「取引は完了していた。こいつらはティアラと女目当てに勝手にやったことだ。俺の指図じゃない」
「信用できるのかしら?」
「俺たちは荒っぽいこともするが約束は破らない。信用が無くなれば交渉もできなくなるし、面子もあるからな。こいつらそこのお嬢さんがあまりにかわいらしいから、悪い気を起こしたようだ。後は俺たちの法で始末をつける」
(かわいらしいって言われちゃたわ)
ミーネは頬を染めてファンファに囁く。
(あんた単純ね)
(いいのよ単純で。それにあの人、悪い人には見えないわ)
(どこを見て言ってるのよ)
(無精髭はちょっと減点だけど、目は切れ長で澄んでるでしょ。鼻も高いし口元も男らしいわ。それに背が高くて体格もいいから、髭をそって着替えたらなかなかの逸品よ)
(言われてみたら確かにそうかもね)
ミーネとファンファはこそこそと頭目を誉めそやす。それを傍で聞いているセイルの顔は、みるみるうちに仏頂面に変わっていった。
「なんなのその顔。文句あんの?」
ファンファはセイルを睨みつける。
「いえ、ございません」
「やめてよファンファ。ご主人様いじめないで」
「いじめない理由が無いんだけど」
「やめてってば」
ミーネはセイルからファンファを引き離す。
「ちょっといいかな。そちらの二人は魔法が使えるのだね。俺の名前はギルフォードだ。美しいお二人の名前を最後に聞かせて貰えないか」
(ファンファも美しいって)
(黙ってなさいな)
「私はファンファ、この子はミーネよ。見ての通り山の麓の魔女様の弟子なの。この子に手を出したら、頭の上に大きなキノコ生やして、二度とお日様見れなくするから忘れないでね」
「わかった。覚えておく」
ハンサムな頭目はたじろんで答えた。
森を抜けるとファンファはさっさと箒に乗って帰ってしまった。セイルとミーネは高価なティアラを手元に置いておくのが嫌なので、夜中にも関わらず令嬢の屋敷を訪れた。
夜分にも関わらず、二人はすんなりと応接室に通された。
「こんなに早くティアラを届けて頂けるなんて、お二人に頼んだかいがありました」
部屋に入るなり、公爵令嬢は感謝の言葉を述べた。レティシアと名乗ったご令嬢は金色の髪、アーモンド形の青い目で、とても美しい女性だった。年は20に満たないくらいか。ミーネは心の中で、『こりゃ勝てないわ』と早くも白旗を掲げていた。
セイルはさぞご執心かと思ったら、遊び飽きた玩具を見る子供のような冷めた目でご令嬢を見ている。良くも悪くもご主人様はよくわからないなと、今更ながらにミーネは思う。
令嬢の隣には昨日の衛兵が控えており、ミーネの顔を見てニヤリと笑った。
「これで両国の面目も立ちますな」
「ええ、いかなお父様でも戦争の名目は立たないでしょう。それにこれは私の叔母の形見でもあるのです」
「あまり内々の話をされては」
「知ってる人間は知ってる話ですから、問題ありませんよ。昔私の叔母、お祖父様の娘の一人がリューズ交易都市に嫁ぎました。その頃は我が国も力がなく、風の噂では叔母さまは大変なご苦労をされたとか。このティアラは叔母の息子、現リューズの領主が両国の融和を願って送られてものです。従兄殿も大変な苦労を重ねて、これを送ってこられたと聞きます。本当にこのティアラが無事で良かった」
そう言って令嬢は目頭を抑える。
「城の者たちも胸を撫でおろす事でしょうな。あと恐縮なのですが、お二人には今回の件は内密にお願いします。公式にはティアラの紛失など起こっていないのです」ヴァルターは口止めに余念がない。
「問題ありません。金さえ貰えたら詮索するつもりもありません」
セイルは淡白に答えた。
その後一通りの経緯を説明して、礼金として金貨20枚を受け取ると、二人は早々に屋敷を後にした。
「そういえばあの人がファンファさんなんだね。ちゃんと挨拶出来なかったな」
帰り道セイルが話しかける。
「そうですよ。美人でしょ。気になりますか?」
「うーん、時々町で見かけたような気もするな」
「そうなんですか?」
「気のせいかな。まぁ君もファンファさんも良くやってくれたよ。これは君達で分けてよ」
そう言ってセイルはミーネに金貨が入った袋を押し付けた。
「ご主人様いらないんですか?」
「いらないよ」
「ふ~ん」
ミーネは不思議な心持でセイルを見つめるが、その表情には彼の心中を解き明かすヒントとなる何物も現れていなかった。
「ちょっと一杯やってくるよ」
「あんまり遅くなったら嫌ですよ」
「ああ、昨日は大分儲けも出たから、今度食事に行こう。今日は気を付けて帰ってね」
「はい」
店にほど近いあたりで、セイルは酒場に行ってしまった。
あれ程美しいご令嬢に興味を示さないセイルに、いつもの釈然としない気持ちが残る。彼の心中がミーネには想像できない。自分が猫だからかしらとも思う。前世の猫でいた時にはこんな風に考えることもなかったのに。ただ彼の胸に抱きしめられて、頭を撫でて貰うだけで、ミーネは幸せだった。
(わたしは本当に彼を幸せにできるのかしら?)
最近のミーネの心は揺らぎがちだった。




