第十九話 令嬢のティアラ(2)
第十九話 令嬢のティアラ(2)
夕方、ミーネが食卓でカタリナから借りた料理本を読んでいると、セイルが上機嫌で帰ってきた。
「ただいま。ややこしい話が多くてね、時間がかかってしまったよ」
ミーネは食卓についたセイルにかいがいしく夕食を並べる。今日はカブのスープに、羊肉のソテーだ。我ながらうまくできたのでミーネの機嫌もいい。
「おいしそうだね。早速頂くよ」
「どうぞ、召し上がれ」
ミーネも食卓に付き、自信作を口に運ぶ。
(これが若妻の幸せなのかしら)などと考えては、一人頬を染めていた。
「今日店の方はどうだった?帳簿見たらだいぶ売り上げもあったようだけど」
「はい、おかしな客が来て紫水晶のアクセを相場の4倍で買ってくれました」
「あ、あまり阿漕な商売はしないようにね。店の評判に関わるから」
「はい」
「ところで僕の方も面白いことがあってね、実は領主のご令嬢のお屋敷に呼ばれたんだ」
一瞬で食卓の空気が氷点下まで下がる。これから起こるあれこれを予想したミーネの眉間に、深い皺が刻まれる。
「…………」
「どうしたのかな?」
「食欲無くなりました」
「まぁ、話くらいは聞いてくれよ」
「ティアラですか?」
「よく知ってるね」
「三日以内でしたよね。いいですよ、明日にでも探しに行きましょう。食べ終わったら皿は後で洗いますので、そのままにしといて下さい」
ミーネは返事も聞かずに、屋根裏部屋に上がった。
その夜、ミーネは毛布に潜り込んで塞ぎ込んでいた。ベットの端にファンファがそっと腰を下ろす。
「あんたのご主人様、今度は何やったの?」
「なんでわかるの?」
「それ以外ないでしょ」
「だよね」
「それで?」
ミーネは昼間の出来事をファンファに語って聞かせた。
「次から次へと、あいつはこの町の女の悩みを全て解決するつもりなのかしら?しかも解決したからって、何も得るものないんでしょ?」
「そうなの。前世でもそうだったのかしら?」
「二つの世界に跨って女助けまくるなんて、恐ろしい善人なのか、度を越した女好きなのか」
「もう考えたくない」
ミーネはそう言って毛布から目だけを出してファンファを見返す。
「先生の所に帰ってこない?あなたのやってることは波打ち際で砂の城作ってるようなもんよ。それで彼が幸福になるなら、まぁあんたも努力のしがいもあるだろうけど、見た感じあいつは善意の底なし沼みたいなもんよね。付き合ってやる価値あんの?」
「本当のことばっかり言わないでほしいにゃん」
「もう猫じゃないでしょ。で、どうすんの?」
「手伝うけど」
「そう言うと思った」
「戦争になったら町の人たちかわいそうだし」
「心にもないことを言わないで。それにこの町の人たちは戦争なんて慣れてるわよ」
「そうなの?」
「領主が戦争大好きなのよ。攻撃は最大の防御を地でいってるから。今だって表立っていないけど、ナイ国辺境の暴動煽ってるともっぱらの噂よ」
「領主はなんでそんなにもめごと好きなの?」
「これは噂なんだけど、領主は大昔に悪魔と取引して、魂売り飛ばしたんですって。ほんとかどうかはわかんないけどね。外で言っちゃだめよ。衛兵に捕まるから」
「うん」
「まぁあんたは心配しないで。戦争になってもファンファ姉さんが守ってあげるから」
ファンファは毛布から出ているミーネの頭を抱きしめた。
「姉さん優しいにゃん」
ファンファに髪をなでられながら、ミーネはいつしか眠りに落ちていた。
翌朝セイルと諦め顔のミーネは、ティアラを探しに店を出た。二人とも山歩きの軽装だ。
「で、計画はあるんですか?」
「まず迷いの森に行く。妖精に話を聞いて、それから盗賊だな」
「この町の衛兵は容疑者への聞き込みもやっていないのですか?」
「森の盗賊は衛兵には近づかない。盗賊は逃げ回って会うこともできなかったそうだ。妖精たちは尚更この町の衛兵とは交渉しない。三日間森をさ迷い歩いて、這う這うの体で逃げ帰ったと聞いている」
「ちなみにティアラを運んだ人たちからの情報ないんですか?」
「この町の衛兵と官吏が密かにティアラを運んでいたそうだ。森で休憩中に、突然ティアラを積んだ荷馬が森に駆け込んで行ったと言っている。今現在、誰がティアラを持っているのかすらわからない状況だ」
「この町なら縛り首案件ですよね」
「ところが令嬢が言うには、領主様はこの事態を喜んでいるそうだ」
「なんでまた」
「久しぶりに紛争の口実にできる」
「きな臭い話ですね」
「城では運搬に当たった官吏がわざとティアラを紛失した噂も、囁かれているそうだよ。これ以上は僕達が考えるべき話じゃないがね。僕らはおとなしく森の捜索に専念しよう。まずないだろうが、荷馬は今でもあの森を彷徨っている可能性もあるんだ」
「はぁ」
そんなことを話しているうちに、二人は森の入り口に到着した。道標を見て迷いの森に足を進める。しばらく歩くと森は暗さを増し、鳥のさえずりも聞こえなくなった頃、目の前に森の妖精、リーフが立ちふさがった。
「また来たんですか。今日は赤毛の女性はいないようですが」
「えぇ、呼んだら来るけど、会いたい」
「いえ、大丈夫です」
何が大丈夫かわからないが、かわいらしい少年の目が座っている。
「大丈夫ですからね」リーフは念を押した。
「なんでしたっけ?あの苗木はどう?」とミーネ。
「ハシバミです。女王様が大切に育てています。あの木を育てて森中に株分けしていけば、数十年でこの森にも精霊の気が満ちるでしょう。この件ではあなたと魔女様に本当に感謝しているのですよ」
「では一つ聞きたいことがあるんだが」とセイル。
「なんでしょう?」
リーフはあからさまに警戒している。
「10日ほど前、盗賊の森と迷いの森の境で、隊商が荷馬を逃がした。何か知っていることはないかな」
「それなら盗賊が捕まえてましたよ」
あっさりと真相が割れた。
「そ、そうか」
「はい。御用が終わったならお帰りはあちらです」
「あっさりしてるわね。お茶くらい出しなさいな」
「あなたはSっ気あると言われませんか?」
(Sっ気?私が??)
ミーネの頭の上に疑問符が浮かぶ。しかし昨日は衛兵を虐めすぎたかと反省もしていたので、心当たりが無いこともない。もしやあの衛兵、昨日の出来事を町中、森中に言いふらしているのかしら?
「ではさようなら。もう来ないでくださいね」
「Sっ気ってなによ。そんなお別れのあいさつあるか!」
ミーネは叫んだが、リーフの姿は消え去り、再び現れることはなかった。




