第十八話 令嬢のティアラ(1)
第十八話 令嬢のティアラ(1)
とある昼下がり、ミーネは一人で店番をしていた。
セイルはいつもの如く、何かの用事とかで出かけて店にはいない。ミーネは店番しながら、客のいない合間に一通りの掃除、洗濯、洗い物を済ませていた。さてお茶で一服でもしようかと考えていたその時、一人の客が店に入ってくる。
「少し見せてもらっていいかな?」
一人の衛兵が店に入って来た。衛兵はよく見ると、先日大使館近くの森でミーネを見つめていた男だった。
(!)
ミーネは一瞬で警戒態勢に入るが、衛兵は店のあれこれを物珍しそうに見ているだけで何も言ってこない。向こうがすっとぼけているなら、こちらがどうこうすることもあるまいと、調子を合わせることにした。
「ゆっくりご覧になって下さい。今日は彼女さんへの贈り物をお探しですか?」
「あ~ま~そんなもんでね。あまり予算に余裕ないんだが、小さなアクセサリーのような物はあるかな?」
「それでしたら、これなんか如何でしょう?紫水晶のアクセサリーですが、水晶系は最近の流行りで、お連れさんも喜ぶと思いますよ。指輪、ペンダント、ピアスとありますが、お値段も手頃です」
「いいね、気になる女性の目が紫というか青と言うか、とても神秘的で美しい目をしていてね。丁度彼女に合いそうだな」
「素敵なお相手さんなんですね。こんな魅力的なプレゼント貰えたら喜んでもらえるでしょうね」
「だといいな~。その女性は先日、城の脇の森で見かけたんだが、君に似ているような気がするよ」
「…………」
「君もとても印象的な目をしているね」
「小芝居いつまで続けるんですか?買う気ないなら邪魔なんで帰って下さい」
駆け引きが面倒臭くなってきたミーネは、一転開き直ることにする。よくわからん男に媚び売るのが面倒臭くなったのもある。ミーネは紫水晶のあれこれを仕舞いこんだ。
「あれ、もうおしまい?若い娘さんにはくどかったかな」
「…………」
「すまなかったよ。怒らないでくれ。私の名前はヴァルターだ。城勤めの役人さ」
「…………で?」ミーネは無表情に告げた。
目の前の男に道端の小石ほども興味がないと、ミーネの表情は語っている。
「君は何かね、身内以外は全て敵とかいうタイプなのかな?」
「客じゃないなら帰って下さい。売上げノルマこなせないとご主人様に折檻されます」
「そうなのか…………わかった、さっきの指輪買うよ。いくらだい?」
「指輪とペンダントとピアスでしめて銀貨20枚です」
「…………指輪だけでいいんだがね」
「銀貨20枚です」
「…………わかった、全部頂こう。これで僕をちゃんと客として扱ってくれるんだね」
そう言ってヴァルターは銀貨を手渡した。
銀貨5枚程度の安物アクセを20枚で売りつけたとなったら、セイルも褒めてくれるだろう。ミーネは目の前の男に全く興味は無いが、少しはお愛想してあげようかという気になった。
「それで何かご用ですか?」と微笑んでみたりして。
「君は長ったらしい交渉事は好みじゃないようだから、端的にいこうか。魔女である君に協力願いたいことがあるんだ」
「あなたの話を聞いて、私にメリットありますか?」
「あるさ。君が僕の頼みを聞いてくれるなら、彼氏の逮捕を取り下げよう」
『ピシッ』
突然部屋の空気が軋み、ヴァルターの眼鏡にひびが入った。ミーネからあふれ出した魔力で店内の置物が倒れ、落ちた花瓶が砕ける音が部屋の中に響き渡る。
突然入り口の扉から剣を構えた衛兵が入ってきた。
「隊長!」
ヴァルターは右手を上げて、手のひらを戸口に向ける。
「待て、動くな」
「しかし…………」
「下がれ、店内に誰も入れるな。外で待っていろ」
戸口の衛兵はしぶしぶ外に出て扉を閉める。
店内の空気はピリピリと張りつめている。ヴァルターの表情は平然としているが、汗がその額に滲んでいる。彼は自分が虎の尾を踏んだことを理解した。
「怒らせてしまったようだ。交渉の進め方を失敗したね」
「ご主人様に手を出したら八つ裂きにしてやる」
ミーネは歯をむき出しにして睨みつける。
「わかった。元からそんなつもりはないんだ。切羽詰まった状況なのでね。間違ったアプローチをしてしまった。我々は君の雇い主に危害を加えない、逮捕もしない。誓うから話を聞いて欲しい」
しばらくの間ミーネとヴァルターは無言で睨み合っていたが、ミーネは溜息をつくと目線を外した。
「…………」
沈黙を了承と捉えたヴァルターが用件を話し始める。
「大したことじゃない。他国から贈られたティアラを探して欲しいんだ」
「は?」
「恥を晒すようで言い難いのだが、10日前に他国から我が国の令嬢に送られたティアラが輸送中に失われた。我々の隊はその回収を命じられたのだが、どうにも見つけられない。盗賊か、妖精か、あるいは他の人間の手に渡ったのかもしれない。あまり時間がないんだ。これを探して欲しい。猶予は三日だ」
「…………」
「我々も打つ手がなくてね。非常に困っているんだ。不本意だとは思うが、何とか協力して貰えないだろか」
熱心に説明する男を他所に、ミーネはこいつを締め上げて、ご主人様について知ってること全部吐かせようかと考えていた。この男を尋問した後、頭の中空っぽにして裏通りにでも捨てるのは、十分に検討に値する計画に思える。
物騒なミーネの計画を知ってか知らずか、ヴァルターは勝手に椅子を持ち出して腰を掛ける。
「実はこのティアラは、20年程前に我が国からリューズ交易都市に奪われたものなんだ。このティアラの返還は我が国と交易都市の雪解けの象徴で、これを紛失したとあっては、融和ムードに水を差しかねない。折角交易都市の領主が代替わりして、過去の遺恨を水に流そうという空気になってるのに、外交上の大きな失策は、新たな紛争の種火になりかねない」
「はぁ」
「あまり興味無さそうだね」
「まぁ」
ヴァルターは煮え切らないミーネに負けじと説明を続ける。
「既にティアラ紛失の噂は、あちらこちらで囁かれていて、これを利用しようとする動きも観察されている。ティアラが戻り、公爵令嬢がこれを付けて三日後の晩餐会に出なければ、両国の鷹派は丁度良い紛争の口実が生まれたと考えるだろう。我々はこれを止めたい。両国の関係は新しい時代を迎えるべきなんだ」
「ほお」
「君たち二人には、ぜひ協力して貰いたい。我々は君たちの最近の活動について把握している。君達ならこの問題を解決できると信じているんだ」
ミーネはこの男の長々とした話に飽きていた。腹の底の見えない人間には違いないが、法や秩序、常識の内側にいる以上、たいした敵ではない。ミーネ自身と言えば、必要なら人間の常識なんぞスキップで乗り越える自信がある。
両国の関係とか紛争、平和とか言われても、ミーネにとっては『知らんがな』の一択だ。ヴァルターの必死の説得も彼女の心に響くことは無かった。
「お断りします。これ以上お話してもお互い時間の無駄なので、お帰り下さい」
「しかし、隣国と戦争になる可能性もあるんだ」
「わたしには興味のない話です。それよりご主人様に手を出したら何が起きるか、じっくりと考えてから行動してくださいね。忠告しましたよ」
「どうなるんだ?」
「あなたは地獄を見ることになります」
昨年は天国の待合室をすら地獄の狩場に変えたミーネなので、敵には容赦しないし相手も選ばない。そんなミーネの本気を察したヴァルターは息を呑む。
「どうも本気のようだね」
「本気です」
常在戦場。ミーネのストロングスタイルに隙はない。
本日の会見は、相手を小娘と舐めてかかったヴァルターの完敗だった。




