第十七話 教師の悩み事(4)
第十七話 教師の悩み事(4)
大使館を抜け出した猫化ミーネとセファンの息子は、ファンファの操る箒に乗って、セイルたちが待つ森の外れに降り立った。
ファンファが杖を一振りすると、皆を包んでいた透明化の魔法が消え去る。ミーネも変身を解き、当然裸なのでファンファが出してくれた服を急いで着た。
「あら、この子顔赤いわよ。見えちゃった?」とファンファが子供をからかう。
「見てません」
寝巻の子供は赤くなって森を見ている。
「小さい子からかわないでよね」
「このお姉ちゃん嫌いです」
ファンファががっくりと膝をつく。
「ご、ごめんね。じゃぁわたしはここらで待ってるわ。帰る時はガラス玉で呼んで頂戴」
「一緒に行かないの?」
「いいのよ。私がいない方がこの子も落ち着いているでしょ」
ファンファは俯いて答えた。
ミーネは傷心のファンファと別れ、子供の手を引いて森の奥に進む。そしてセイル、セファン、ジョアンが待っている場所に辿り着いた。
セファンは走り寄ると、目に涙を溜めて子供を抱きしめた。
「お母さん?」
「ええ、そうよ…………」
しばらくの間、セファンの忍び泣く声だけが暗い森に流れる。
「おかあさん、今までどこにいたの?」
少し落ち着いた子供がセファンに尋ねた。
「…………ごめんなさい」
セファンが言葉になりそうにないので、セイルが説明役を買って出る。
「君が生まれたとき、お母さんとお父さんはとても若くてね。周囲の人たちが二人の結婚を許さなかったんだ。それでお母さんから君を取り上げて、無理やり遠くに連れて行ってしまったんだよ。君のお母さんはようやく君を見つけて会いに来たんだ」
「ごめんね、本当に。あなたが死んだと聞かされていたの。もし生きていると知っていたら、もっと早く探し出していたのに」
「お母さん、会えて嬉しいよ。これから一緒に暮らせる?」
子供の言葉にセファンは顔色を失う。今更セファンの立場で貴族の子息と一緒に暮らすなど、不可能に近い。二人の気持ちを考えるとミーネの胸も熱くなる。果たして、二人を会わせたのは正しいことだったのか、疑問さえ浮かんだ。
その時ミーネの胸元のガラス玉が震えた。
「ミーネ気を付けて、役人よ!」
ガラス玉からファンファの小さな声が聞こえる。
ミーネが周囲を見回すと、数人の男たちが近づいてくるのが見えた。
「どうしよう、眠らせようか」
「待って。相手の反応見るから」
木々の間から複数のランプの光が近づいてくる。現れた十人ほどの男たちは、ミーネらを取り囲んだ。
「如何いたしましょう。一旦全員捕まえて宜しいでしょうか?」
男たちの中で、この町の衛兵の服を着た一人が、一番身なりの良い男に問いかけた。
「少し待って欲しい」
「パパ。ママだよ」
「セファンなのか?」
身なりの良い男はゆっくりとセファンと子供の元に歩み寄った。
「ええ、久しぶりね、ベント」
「本当に君なんだな。君は死んだと聞かされていたんだ」
「何を言っているの…………」
「すまない。本当に、すまなかった…………」
「この子を取り上げられて私がどれ程苦しんだと思っているの?」
セファンが目に涙を溜めてベントを睨みつける。その手はしっかりと子供を抱きしめている。
「私は…………君に謝る言葉を持たない。全て私の罪だ。だが、どうか償いをするチャンスが欲しい。三人で幸せになる方法を考えたい」
ベントはゆっくりとセファンに近づく。そしておずおずとセファンの肩に手を回した。しばらくは固かったセファンの体も、じきにベントを受け入れ、ベントの肩に頭を預けた。
言葉もなく三人は抱き合い、しばらく動かない。小さな子供だけが嬉しそうに二人を見上げていた。
「どうなってるの?わたし突っ込みましょうか?五人くらいならぶっ飛ばせるわよ」
ガラス玉からファンファの声が聞こえる。
「今いいところだから黙ってて」
「セファン。ここでは何だから屋敷で話をしよう。君には話したいことが沢山ある。ところで彼らは?」
「この子に会うのを手伝ってくれたの」
「そうか。君たちのお陰で彼女に会うことが出来たんだな。ありがとう」
ベントはそう言って頭を下げた。
「大使館への侵入、誘拐は見過ごせませんな。彼らには色々と聞きたい事があるのですが」
衛兵の男は厳しい目でミーネたちを睨んでいる。
「今回の件、私の個人的な問題なんだ。見過ごして欲しい、頼むよ」
ベントはじっと衛兵の男の目を見つめた。衛兵はしばらく逡巡していたが、諦めたように両手を広げた。
「わかりました。夜中にご子息がお一人で散歩に出た事にしておきましょう」
衛兵はそう言ってニヤリと笑った。
「恩に着る」
「皆さんには近いうちにお礼に伺います。本当にありがとう」
口々に礼の言葉を口にする彼ら三人の親子は、衛兵たちに守られて大使館に戻っていった。帰り際に先程の衛兵が、ミーネの顔を記憶に焼き付けようとするかのように見つめていたのが気にかかる。
数日後、ファンファとミーネは屋根裏部屋でいつもの情報交換(真夜中のお茶会)をしていた。
「今日、セファンと例の元彼と息子が店に来たわ」
「ベントだっけ?子爵様よね」
ファンファがいつものように屋根裏部屋の出窓に腰かけて、足をぶらぶらとさせている。
「ファンファにもお礼言ってたわよ。これあなた用のお菓子」
「別にいいんだけどね」と言いながらもファンファはお菓子の箱を受け取る。
「先生と一緒に頂くわ。それでどうなったの?」
「とりあえず、子爵様とお坊ちゃんは国に帰るそうよ」
「女教師は?」
「後任が決まり次第、二人を追っかけて行くそうね」
「ふーん。二号さんかなんかに収まるのかしら」
「それがね本妻として迎え入れると、子爵様息巻いてたわ」
「まぁ、純愛ね!」
ファンファの目が輝く。
「もともと二人を邪魔してたのは子爵様の両親で、今は土の中なんですって。それに子爵様も今まで結婚もせずに子供を育ててきたそうで、セファンの受け入れに支障無いみたいなの」
「いいわ~。子爵様は結構イケメンだったし絵になる話ね。三人の絵を書いて部屋に飾りたいわ」
「飾ってどうすんのよ」
「波乱万丈の恋路を乗り越えて愛をつかみ取ったのよ。絵を見てこの話思い出すの。わたしも骨折った甲斐あったわ」
「あなた『どこぞの女教師なんてそこらへんの石コロくらいしか興味ない』とか言ってなかった?」
「おほほほ、そうだったかしら?じゃ、帰るわね」
「うん。先生によろしく」
そう言うとファンファは箒に乗って飛び去って行った。
これでこの話は一件落着となった。最初鼻の下を伸ばして女教師の話ばかりしていたセイルも、あの夜以来まったく興味を失ったようだ。いつものことだけど。
セイルは相手の女性の望みを叶えた途端に興味を失う。これは何かの病気かもしれないと、ミーネは少々心配になる。
「一度先生に精密検査してもらった方が良いのかしら?」
悩み多い年頃のミーネは、一人呟いていた。




