第十六話 教師の悩み事(3)
第十六話 教師の悩み事(3)
三日後の夜、セイルとセファン、ジョアンとミーネは町の東に広がる森で落ち合った。この森は大使館が立ち並ぶ通りにはほど近いが、衛兵が時折巡回するくらいで夜間の人気はない。森の歩道から外れたら、万が一にも見つかる恐れはなかった。
「君の友達、ファンファさんは?」
「先に行ってるわ」
「一度会って礼を言いたいんだけどな」
「ファンファ、『感謝の気持ちあるなら言葉なんか何の価値もないから、形ある物で返せ』って言ってたわ」
「…………はい」
セイルは大人しく頷く。
「本当に大丈夫でしょうか。こんなお嬢さんに無理させるなんて。もう取りやめにしましょう。これ以上私の我がままで皆さんに危険なことをさせたくありません」
「大丈夫。彼女は専門家だから心配いらないよ」
とセイルがセファンをなだめる。
付き添いのジョアンが不思議そうにミーネを見上げる。ミーネはセイルのいい加減すぎる説明に眉を寄せ、こっそりとセイルの足を踏みつけた。
「そのお坊ちゃんは本当にセファンさんの子供で間違いないのよね。確認してくれた?」とミーネ。
「シスターに頼んでナイ共和国の教会で洗礼簿調べて貰ったんだ。間違いないよ」
ジョアンは得意そうだ。
「さぁ、そろそろ始めようか。ミーネよろしく頼むよ」
今更嫌とも言えないミーネは、なにか釈然としない気持ちで大使館に向かった。
「あなた本当にずっとこんなのと付き合っていくの?」
大通りを歩むミーネの横からファンファの声がした。彼女は既に透明になっていたようだ。
「さっきの話聞いてたのね?」
「しっかりとね」
「毒を食らわば皿までの心意気よ」
「あなたの心意気は面白いから認めるんだけど、男選びがそんな大雑把な感じでいいのかしら?」
真面目に心配されると不安になるのだが、将来のことは明日考えようとも思う。色々思い悩むことは多いが、所詮はその日暮らしの元猫娘だった。
「そろそろ猫になって」
「うん」
ミーネは杖を振ると、小さな子猫に変化して、地面に落ちた服の中からゴソゴソと這い出てきた。
「かわいいわ~」
ファンファが透明な手で子猫を抱き上げてすりすりする。
「ずっとこのままでもいいのに」
「長時間このままだと、難しい事考えられなくなるのよね」
「この姿でしゃべれるようになったのね」
「訓練の成果よ」
「語尾に『にゃん』って付けて」
「ファンファはもう少しまじめにやって欲しいにゃん」
「んほ〜、たまらん」
ファンファはミーネをひとしきりすりすりした後、カバンにミーネの服をしまい込んだ。そして子猫を胸に抱いて箒に跨る。
「いくわよ」
ファンファがそう言うと、箒がふわりと浮き上がった。そして目当ての大使館の壁を越えて、屋敷の庭に降り立つ。
「坊やがいるっていう離れはあそこね」
「ええ、ここからがあなたの出番よ」
「任せて。この愛らしい姿があれば、世間知らずのお坊ちゃま誘い出すくらいちょろいもんにゃん」
「うんうん、ちょろいちょろい」
ミーネは意気揚々と尻尾を立てて中庭を進んだ。
離れにつくと、二人は窓から部屋の中を伺った。部屋の構造は教会の修道女から聞いている。修道女はこの町では新入りだが、早くも上流階級にコネがあるので、その情報は信用できる。三つある寝室のいずれかに子供がいるのだろう。二つ目の窓から中を覗くと、大きなベッドに子供が横になっているのを見つけた。
窓の鍵をファンファの魔法で開けて、蝶番に油を垂らして静かに窓を開く。このテクニックも先生から教わったのだが、よく考えると先生の教えは盗みに使える技術が多い気がする。この点ミーネは今度先生に聞いてみようと思った。
白い子猫は音も立てずに部屋の中に降りたつ。ベッドに登ると、子供が静かな寝息を立てている。茶色い巻き毛にかわいらしい顔立ち、セファンとどことなく面影が似ているような気もする。
「にゃーん」
ミーネが小さく鳴くと、突然目を開いた。
「あら、起きてたの?」
「起きてたよ~。寝る真似上手なんだ。あなたはどこの猫ちゃん?」
子供は濃い茶色の大きな目を開いて、枕元の子猫を見つめた。
「黙秘するわ。私の素性は大人の事情で話せないのよ」
「ふ~ん。じゃあ猫さんって呼ぶね」
そう言って子供はニコニコと笑った。子供ゆえの柔軟性なのか、猫が話すという異常事態は気にしていないようだ。子供は楽しそうにミーネの頭を撫でる。
「行きましょうか」
「どこに?」
「言わないとダメ?」
「駄目だよ~」
「お母さんのところ」
「お母さんはいないよ、死んじゃったの」
「あなたを生んだお母さんは生きているわ。あなたを探してたのよ。今近くにいて、お話ししたいんですって」
子供は目を大きく見開いた。
「会いたい。先にパパにお話ししていい?」
「駄目なの。ママには内緒でしか会えないのよ」
「行く」
「おっけー。靴を履いて。窓から外に出ましょう」
ミーネと子供が窓から外に出るのをファンファが手伝う。ファンファは透明化の魔法を解いていた。
「かわいいわ~。このまま連れて帰りたい」
「止めなさい。怖がってるでしょ」
「冗談よ。冗談」
子供は不審の目でファンファを見ている。
ファンファは猫を抱いた子供を箒の前に乗せて杖を一振りした。三人の体が薄く光る膜に覆われた。
「行くわよ」
そして箒はゆっくりと宙に浮きあがった。




