第十四話 教師の悩み事(1)
第十四話 教師の悩み事(1)
「最近どうもついてなくてね」
「なんですか?また女の子に振られましたか?」
セイルはテーブルの上に組んだ手の指越しにミーネを見つめた。
「なんか怒ってるのかい?」
「怒られるような事やったんですか?」
セイルは大きく息を吸うと話し始めた。
「君の家出は本当に気付かなかったんだよ。カタリナには休暇と聞いていたからね。気付いてたら当然探しに行ったさ。それに迷いの森やらいろいろあったろ?僕も忙しかったんだ」
「私は特に怒ってないのですが。そう言えば、後ろめたいことのある人間は多弁になるといいますね。あくまで一般論ですが」
「…………」
「セイル君の負けだな。ミーネ、好きな物を頼みなさい。セイルの驕りだ」
隣のテーブルからメンダスが笑いながら茶々を入れてきた。
ミーネとしてはご主人様には飼い主の自覚をもっと持ってもらわないと困るのだが、あまり厳しく躾けてご主人様に嫌われたら元も子もない。惚れた弱みというものだ。ここらが潮時と、仕方なしにメンダスの仲介に乗ってやることにする。
「ウェイターさん。ブランディケーキと、木苺のプティング。それと口直しにジンジャーブレッド。あと季節のフルーツタルトをホールで。これはお土産にするので包んでください」
「ちょっと待て、お土産代なんて払わないぞ」
「魔女様に渡します」
「…………僕からもよろしく伝えてください」
「相も変わらず君たちは面白いな」
「あなたに喜んでもらって嬉しいよ」
セイルは言葉と裏腹に苦虫を噛み潰したような顔だ。
「それで、ついていないって何ですか」
あまりセイルをいじめるのもかわいそうなので、基本ご主人様思いなミーネは話を変えてやることにした。
「馬車に泥をかけられた」
「はい」
「靴の踵がとれた」
「はい」
「財布を落とした」
「はぁ」
「大通りでころんだ」
「なるほど」
「君はあまり真剣に聞いていないな」
「そんなことありませんよ。対策としてしばらく店から出ないってのはどうでしょう。外の用事はわたくしがやりますので」
「妖精の輪にでも入ったんじゃないか」とメンダス。
「妖精の輪は不運を招くんだっけ?御伽話だろ」
「そういえば先日、妖精の森に突っ込んでいったお馬鹿さんがいましたよね」
セイルは不機嫌な顔を更にしかめた。
「あぁ、そう言えば、先日の事件の顛末聞いてないな。どうだったんだ?」
と尋ねるメンダスに、ミーネは詳細な経緯を説明してやった。
セイルは腹の底から楽しそうなメンダスを恨めし気に見つめていたが、ふと目をやると女性連れのジョアンを見つけた。
「ジョアン、テーブルならここが空いているぞ」
そう言って、隣のテーブルを指し示す。
ジョアンは見るからに『しまった』という顔をするが、諦めて連れの女性と隣のテーブルに座った。
「やぁジョアン。お連れの女性は?」
ジョアンはミーネの顔をちらちらと見ながらも、仕方なしに紹介を始める。
「新しく教会付属の学校で教鞭をとるセファン先生です。こちらはセイルさん、メンダスさん、ミーネさんです」
「初めまして、皆さま」
「初めまして」とそれぞれに挨拶を交わす。
セファンは年の頃25、6くらいか。柔らかい茶色の巻き毛を後ろで縛り上げた、細面の美しい女性だった。教師の職業柄か落ち着いた物腰だが、どこか寂しげな笑みを浮かべている。
ミーネは猫の直感で不吉な成り行きを予感して眉を寄せる。いかにもセイル好みの困り顔。全身からご主人様を引き寄せる磁力の様なものを発している。メンダスが楽し気にミーネとセイルの顔を見比べるのも、ミーネの不機嫌に拍車をかけた。
その後のお茶会の様子をミーネはあまり覚えていない。とりあえずテーブルに運ばれたデザートをやけ食いして、早々に引き上げた気がする。去り際、セイルがセファンとこそこそ話しているのを見て、『ちっ』と舌打ちをしたら、ジョアンの肩がびくりと震えた。
今になって思い返すと、お茶の間もこちらをすまなそうに盗み見るジョアンが哀れに思える。今度ジョアンには埋め合わせをしなければと心に誓った。
一人店に帰ったミーネは、セイルの枕カバーを洗う計画だったが止めにする。
(当分この枕カバーで汗臭い夢でも見て苦しむがいいわ)
そう考えて憂さを晴らすことにした。




