第十三話 囚われのマリアナ(3)
第十三話 囚われのマリアナ(3)
先生の元を訪れた翌日、ミーネとファンファは箒に乗って町の北に広がる森に向かった。森の入り口で箒を降り、しばらく歩むと道は分岐していた。古びた標識には左が「至ドイチェフ湾」、右が「至ナイ共和国」と記してある。しかしその文字の下には、左が「盗賊の森」、右が「迷いの森」と、剣呑な行先が落書きされていた。
二人が分岐を右に進むと、先へ進むほどに森は暗さを増し、何やら得体の知れない動物の鳴き声が神経を逆なでる。
「ミーネは平気だよね」
「なんで?」
「元猫でしょ。自然に強いじゃん」
「私は都会派の猫だったから無理よ。ネズミとか小鳥とか食べないし。私の野生は期待しないでね」
「何食べてたの?」
「…………聞かないで」
「…………わかった」
「それよりさっきから茂みの中になんかいるんだけど」
道を歩む二人の周りでガサゴソと音がする。その音は二人の周囲をくるくると回っているようだ。
「挑発されてるのかしらね?魔法ぶっぱしましょうか。この辺焼き払ったらすっきりするわよ」
そう言ってミーネが杖を構える。
「やめなさいな。40年振りに新たな争いの火種生んでどうすんのよ」
「そうですよ。魔法ぶっぱは待って下さい」
目の前の霧の中から、小柄な少年が現れた。年のころは10才程度だろうか。目鼻立ちが整っており、その耳は鹿のようにピンと立っている。
「あら、かわいい」
ファンファが手を合わせる。
「そう?」
実はミーネにとって、ご主人様以外の人間は茄子やゴボウと大差なく見えるので、この少年の美醜は判定出来なかった。
「普通でしょ?」
「初対面でなかなかに失礼な女性ですね。まぁいい、自己紹介しましょう。リーフと申します」
「ミーネとファンファよ。よろしくね」
そう言ってファンファは少年の手を取る。
「珍しいわね」とミーネ。
「何が?」
「普段そんなにぐいぐい行かないでしょう」
「だってねえ。抱っこしていい?」
「やめて下さい。いきなり距離詰められても困るんですが」
リーフは明らかに怯えている。
「ごめんね。この子、おばさんと二人だけで暮らしてるから、他人との距離感わかってないのよ」
「家に持って帰ろうかしら」
「もう帰って下さい」
リーフは完全に怯えている。
二人が道の端の倒木に腰を下ろし、代わるがわるリーフを慰めていると、ようやく少年も落ち着きを取り戻した。
「そのセイルという人間と、しばらく前に捕まえた隊商を返せば、お二人は帰ってくれるのですね?」
(いつからそんな話になったのかしら?)
ミーネとファンファは顔を見合わせて首をかしげる。
「まぁ、そうなんだけど。一度話を整理しましょうか。リーフは私とミーネに帰ってもらいたいの?」
「…………はい」
ファンファの膝の上で、リーフ少年ははっきりとうなずく。
「なんで?」
「ほっといたら森を焼野原にするとか言ってるし、交渉しようとしたら距離感おかしくて話にならないし、お手上げです」
「…………なるほど」
(返す言葉も御座いません。)
ミーネはご機嫌のファンファを見つめる。
「何しでかすかわからない相手とは、そもそも交渉なんてできません。こんな気持ちになったのは40年振りです」
嫌味でもない直球の悪口なのだが、ファンファは気にも留めずにリーフの金髪をくんかくんかしている。
「40年前何があったの?」
「南の町の領主が攻め込んできて、森半分焼かれました」
「なるほど」
ミーネはリーフの気持ちがようやく理解できた。
「でも、私たちは評判悪い領主とは違うのよ。紳士的に交渉すれば、お互いの妥協点見つかるはずだわ。ほら、交渉材料として何とかっていう木の生えた植木鉢持ってきたのよ」
さすがに森を焼け野原にすると脅して、人質取り返してきたなんて、人聞き悪いにも程がある。そんなこと先生に報告できないので、ミーネも必死に落とし所を探す。
「ハシバミよ。昔ここいらに生えてたハシバミの苗」
ファンファが口を挟む。
「見せてください」
ファンファの言葉にリーフの目が光る。
「これをどこで手に入れたのですか?」
「先生、山麓の魔女に貰ったの。そんなに大事なものなの?」
「人間に燃やされた森に生えていた、精霊の宿るハシバミです。これがあれば森が復活出来るかもしれない。魔女様は大事に育ててくれていたようですね」
リーフは感極まって涙声だ。ファンファはよしよしとリーフの頭を撫でた。
「人間は返します。それだけでは贖えない程の価値だと思いますが、いずれ対価はお支払いすると魔女様にも伝えてください」
そう言うとリーフの姿がふっと消え失せた。森は明るくなり、鳥のさえずりが聞こえる。ふと見ると森の入り口はそこにあった。
「ミーネ!」
セイルが走ってきた。後ろには数人の旅商人と荷を積んだ馬車が続いている。
「来てくれたのか」
「ええ、ファンファと一緒にね」
ミーネが振り向くと、さっきまで一緒だったファンファの姿が無かった。ミーネは首を傾げる。
「なぜ我々は解放されたのでしょう?」
砂色のマントを羽織った商人が不思議そうに尋ねる。
ミーネはこれまでの経緯を語って聞かせた。
「あなたは恩人ですね。酒場を訪れた我々の仲間は、いくらお支払いすると言っていましたか?」
「金貨20枚」とセイル。
「承知しました」
商人は荷馬車に戻ると、金貨の入った袋をミーネに手渡した。ミーネはこれをセイルに手渡す。
「ありがとう。ミーネ」
「大事に使ってね」
ミーネは何か言うべきことがあるような気もしたが、セイルが無事なので良しとすることにした。
翌日の事、家出中であったミーネは店番に返り咲いていた。色々思うところはあるのだが、”ミーネが見張っていないとご主人様はより悪い方向に転がっていく”というのが、今回の教訓だった。
(ご主人様が幸せであれば良し)
この一念でミーネは不満もあるが、全て飲み込むことにした。
そんな事を考えていると、セイルが帰ってきた。いつもの青いケープが埃にまみれている。
「あらあら、どうしました?」
「大通りで馬に踏まれかけてね。それから上から植木鉢が降ってきた」
「運の悪い日もあるものですね。お守りでも作りましょうか?効果は分かりませんが」
「いいよ、今日は一日家でおとなしくする事にする」
「ところで、マリアナさんでしたっけ?どちらに」
「彼女は故郷に帰るよ」
「なんですと?」
「市場で昨日の隊商と会ってね、連中彼女の故郷から来たそうなんだ」
「はい?」
「彼女の境遇話したら同情してね、故郷まで連れて帰ってくれるそうだ」
「なるほど。ご主人様はそれでよろしいので?」
「いいさ。これで彼女も幸せになれる」
「ご主人様は幸せですか?」
「僕は幸せだよ」
そう言ってセイルはにこりと微笑んだ。
「少し休むよ。店は任せた」
「はい、ごゆっくり」
隊商は妖精の森を抜け出て、奴隷の少女は故郷に帰る。妖精たちもハシバミの苗木を得て数年後は新しい森が広がるだろう。だけどミーネとセイルは物語の中心にいた筈なのに、何一つ変わっていない。
(まぁご主人様が幸せなら全て良しよね?)
ミーネはそう小さくつぶやいて、店の掃除を始めた。
(そう言えばご主人様はミーネの家出を少しは心配してくれたのかしら?)
その疑問だけがしばらくミーネの心に残っていた。




