第十一話 囚われのマリアナ(1)
第十一話 囚われのマリアナ(1)
昼下がりに裏通りのカフェで、ミーネとファンファはのんびりと午後のお茶を楽しんでいた。そこへ先日知り合った教会のジョアンが、深刻な顔で現れる。少年は何も言わずに二人のテーブルの椅子に座った。
「紅茶でいい?」
「うん」
ミーネはウェイターが持ってきたカップにお茶を注ぐ。ジョアンはお茶を一口飲んでから、沈鬱な表情で一言告げた。
「キスしてた」
「誰が?」
「セイル」
一瞬でミーネの目が座る。
「ファンファ。この子の知ってる事を洗いざらい吐かせる魔法ない?」
「やめなさいな、怯えてるでしょ。大丈夫よ、そんな魔法ないから」
「ジョアン。事実だけを話してね。あなたの想像はいらないの。まずは場所、時間、相手を教えて。簡潔に話すのよ。それがあなたの為なんだから」
「尋問やめなさいってば。あぁ、折角のくつろぎタイムが滅茶苦茶に…………」
「北の市場で、1時間程前に、相手はたぶん奴隷の女の人」
「北の市場っていかがわしいところよね。あなたのご主人様何しに行ったのかしら」
「相手の女の詳細教えて」
「足に鎖つけてて、年はお姉ちゃんくらいかな。東の砂漠の方の人みたい。肌黒く焼けてたから」
「美人なの?」
「う~、ミーネの方が美人だと思うけど」
ジョアンは引き気味に答える。
「ミーネ。この年の少年に気を使わせてどうすんのよ」
「私は悪くない」
「あんたががっついてるからでしょ。怖いお姉ちゃんねぇ。こっちにおいで」
そう言ってファンファはジョアンの椅子を引き寄せる。
「まぁ、私はご主人様が幸せならどうでもいいんだけどね」
「それならもう少し余裕持ちなさいな」
「言わない方が良かったかな?」
「真実は苦くても嘘よりましよ。あなたは気にしないでね。何か食べる?」
「チェリーパイ食べたい」
ミーネは考える。確かにご主人様の幸福が私の第一目標だ。相手は花娘だろうと修道女だろうと奴隷女だろうと問題はない。でもこの数か月に三名とは多すぎないか?今までご主人様がどんな人生送ってきたのか不安になる。思えば前世でも数々の女が彼とミーネの家を訪れたと思うのだが、こんな感じだったのだろうか。前世のミーネはご主人様以外の人間の区別がしっかりついていたとは言い難いので、今一つ事情がはっきりしない。
「まぁ、私はご主人様が幸せならどうでもいいんだけどね」
「ミーネ同じこと言ってるよ」
「そっとしといてあげてね」
ファンファは涙ぐんでかわいい妹分を見つめた。
北の市場はこの町のスラムにも近く、ミーネもあまり良い話は聞いたことが無い。ミーネが初めてこの町を訪れた際、道に迷って暴漢に襲われたのもこの近くだ。市場には盗品やら胡散臭い品々が並んでおり、ちなみに先生が薬を卸しているおばあさんの店もこの一角にある。そんな状況なので、時折他の国からくる奴隷商人も、自慢の商品をこの市場に並べにくる。
ミーネはファンファとジョアンと別れた後、悩んだ末に、ひとまずお相手の顔を拝見することにした。市場を歩いてみると奴隷商は数組いたが、セイル好みの女性は見当たらない。別に相手を見つけたからどうだという話でもないのだが、とにかくも敵の姿形をはっきりさせないと、心の整理もしようがない。
「あら、ミーネちゃん。何してるの?」
声のしたほうを見ると、そばかすのかわいらしい花屋のカタリナが、空の籠を持ってこちらを見ている。
「…………」
「セイルのお使い…………ではないようね」
年若いが苦労人のカタリナは黙っているミーネを見て、何かを察したようだ。
「そろそろ日も暮れるから、夕食でも一緒にどう?南の市場においしい屋台あるのよ」
カタリナはそう言って半ば無理やりに、ミーネの手を引いて行った。
屋台の食事でお腹が膨れて多少気も晴れたミーネは、カタリナに事の経緯を話した。
「なるほど。セイルは相も変わらずのようね」
「私はご主人様が幸せならそれでいいんだけどね」
「本当に?」
カタリナはミーネの顔を覗き込む。ミーネは串焼き肉を片手に、カタリナの目を見返した。
「本当ですとも」
「ならいいけど、セイルも罪作りね。いつか女の子に刺されないか心配だわ」
「ですよね!」
ミーネはカタリナと話しているうちに、段々と気持ちが落ち着いていくのを感じた。
「しばらく私の家に来ない?ソファーで良ければ空いてるけど。お互い距離空けて気持ち整理するのも一つの手よ」
確かに今ご主人様の顔を見ると、度重なる彼の乱行にぶん殴ってしまいそうな気もする。前世の飼い主で、今生の雇用主で、更に家主でもあるセイルをぶん殴るのはさすがにまずいというのは、元猫のミーネでもわかる。ミーネはご主人様に拾われる前は野良として一人で世の中を渡っていたので、義理を欠いては生きていけないことを、骨身に染みて理解している。
「お願いします。しばらく気持ちを整理した方が良さそうです」
「おっけー。良かったら花の配達も手伝ってみない?いま人手不足で大変なのよ」
「わかりました。お力になれるように頑張ります」
「あ、セイルにはミーネしばらくこちらに来ること連絡するわよ。休暇とでも言っとくわ」
「お任せします」
ミーネが家出したとなったら、少しはセイルも心配してくれるだろうか。きっと寂しくなって、迎えにきてくれるに違いない。根が楽天家のミーネは、そう考えて気持ちが少しだけ浮き立つのを感じた。




