浮気相手の正体①
数日後
どうにかして、夏未に気づかれずに浮気相手を調べられないか。
工房の地下倉庫を片づけながら、明人は考えていた。
これまで明人は、夏未の友人や職場の人間に、ほとんど興味を示してこなかった。
浮気相手に心当たりなどあるはずもなかった。
私立探偵に依頼することも考えた。
だが、夏未はすでに相手との関係を終わらせている。
もう会っていないのなら、あとをつけても意味がない。
「仕方ない」
明人は、地下倉庫に積まれていた箱を壁際へ移した。
「駄目で元々だ。夏未のスマホを見てみるか」
他人に興味を持たずに生きてきたことを、今になって少しだけ後悔した。
◇
翌日
明人は、夏未の手元にあるスマートフォンを見つめていた。
「どうしたの?」
視線に気づいた夏未が尋ねる。
「いや、別に」
明人は目を逸らした。
スマートフォンの中を見れば、また後悔するかもしれない。
ほんの一瞬だけ、迷った。
しかし、昨夜、湖に浮かんでいた白い月を思い出した。
もう、引き返すつもりはなかった。
数秒後。
明人は立ち上がり、ソファに座る夏未の後ろへ回った。
そして、何気ない口調で声をかけた。
「ねえ、前に撮ったハロウィンの写真、見せてよ」
終わりの始まりとなる言葉だった。
◇
その夜。
明人は、キッチンで食器を洗っていた。
浴室から、シャワーの音が聞こえている。
テーブルの上には、夏未の白いスマートフォンが置かれていた。
ピロロン。
短い通知音が鳴る。
明人は蛇口を止めた。
タオルで両手を拭き、静かにテーブルへ近づく。
スマートフォンを手に取った。
指が震えていた。
昼間、写真を見せてもらうふりをして、盗み見た暗証番号を入力する。
ロックが解除された。
明人は小さく息を吐いた。
安堵した直後、後ろめたさが込み上げてくる。
妻のスマートフォンを見るだけなのに、こんなに緊張するとは思わなかった。
まずは、LINEを開いた。
画面には、多くの名前が並んでいる。
男性と思われる名前を、上から順番に確認していく。
見落とさないようにトークを追ったが、浮気相手を特定できるようなものは見つからなかった。
自分に見られるのを警戒して消したのか?
通話履歴なら、何か残っているかもしれない。
夏未が浮気を告白した日の履歴を開く。
会社の番号。
明人の番号。
その下に、登録されていない電話番号があった。
十九時三分。
090-3434-XXXX。
明人は、その番号をじっと見つめた。
夏未が男と二人で飲みに行くと言っていた時刻だった。
「……これか」
連絡先からは、わざと消したのだろうか。
明人は番号を記憶しようと、何度も目で追った。
そのときだった。
「明人?」
身体が固まった。
顔を上げる。
いつの間にか、夏未が浴室から出てきていた。
濡れた髪をタオルで拭きながら、リビングの入口に立っている。
誤魔化さなければ。
「ごめん」
明人はスマートフォンをテーブルへ置いた。
「たまたま通知が来たのが見えて……どうしても我慢できなくなって、手に取ってしまった」
口から勝手に嘘が出た。
夏未が近づき、スマートフォンを手に取る。
画面を確認していた。
明人の心臓が激しく鳴る。
指先が震えているのが、自分でも分かった。
履歴を見られたことに気づいたのか。
怪しんでいるのか。
夏未がさらに近づいてきた。
明人は身構えた。
しかし、夏未の口から出たのは、まったく予想していなかった言葉だった。
「ねえ、明人」
「なに?」
夏未は少しためらったあと、小さな声で言った。
「ベッド、行かない?」
「!!」
冗談じゃない。
まだ、触れるのだって抵抗があるのに。
明人は心の中でそう思った。
だが、ここで拒めば不自然に思われるかもしれない。
この場を誤魔化すには、応じるしかなかった。
明人は、静かに頷いた。




