屈辱
美姫たち夫妻を家に招いた日。
明人を本気で怒らせてしまった。
美姫に浮気のことを話しただけで、ここまで怒られるとは思わなかった。
とにかく、今は明人を落ち着かせなければならない。
「お願いだから、落ち着いて」
「どんだけ人を馬鹿にすれば、気が済むんだよ!!」
そう叫び、明人は家を飛び出していった。
扉が大きな音を立てて閉まる。
「どうしよう……」
どうやら、明人のプライドをひどく傷つけてしまったらしい。
「もう……どうすればいいのよ」
夏未は呆れたように呟いた。
◇
それから一時間ほどして、明人が帰ってきた。
夏未はすぐに駆け寄った。
しかし、明人はまともに夏未を見ようともしない。
夏未は、二人が謝ってたと伝える。
何を言えば明人が納得するのか。
どうすれば、この場を無事に終わらせられるのか。
夏未が考えていたのは、それだけだった。
「俺、これから好きに生きてもいいかな」
明人が引き捨てるように言う。
夏未には、その言葉の意味がよく分からなかった。
それでも、今は合わせておいた方ががいい。
「もちろん。明人の人生なんだから、好きにしていいよ」
夏未は安心させるように笑う。
「なんなら、明人が浮気したって、私はついていくから」
明人の顔が固まった。
「お前と一緒にしないでくれる?」
しまった。
さすがに今のは、言い方を間違えた。
「……ごめん」
◇
それ以来、明人は好き嫌いをはっきり口にし、夏未に遠慮しなくなった。
まあ、子どもが拗ねているようなもの。そのうち元に戻るだろう。
数日後。
浮気を告白した日から、二週間が過ぎていた。
いろいろあったが、生活は少しずつ戻ってきている。
夏未には、そんな実感があった。
ある日、明人に陽介の写真を送ってほしいと頼まれた。
二人でスマートフォンを覗き込む。
顔が近い。
それだけで、夏未の胸は高鳴った。
そのまま明人の手をつかみ、胸へ顔を埋める。
明人は少し遅れて、夏未の背中へ腕を回す。。
明人に抱きしめられている。
やっとここまで戻れたんだ。
夏未はそう思っていた。
◇
その日の夜。
夏未の方から明人をベッドに誘った。
ついにこの日が来た。
私を許した明人に抱かれる。
これで明人の愛が確認できる。
しかし、夏未の想像と現実は真逆のものとなった。
「……ごめん、夏未」
「反応しないんだ」
明人は、ため息を吐くように謝った。
夏未は一瞬、何を言われたのか分からなかった。
今までの人生で、こんなことは一度もなかった。
自分から誘って、拒まれる。
夫は、私で反応しない。
それは、抱きたくないっていってるのと同じこと。
『 屈辱 』
それ以外の言葉が思いつかなかった。
「仕方ないね」
夏未は笑ってみせた。
そう言わなければ、今度は自分の方が壊れてしまいそうだった。
「シャワーを浴びてくる」
そう言って、明人は寝室を出ていった。
夏未の目から涙がこぼれた。
いつになったら。
いつになったら、明人はもとに戻るのだろう。
もしかして、明人はもう私を愛していないのではないか。
夏未は慌てて、その考えを打ち消した。
明人が自分を求めなくなるなんて、ありえない。
しばらくして、明人がシャワーから戻ってきた。
夏未は寝たふりをした。




