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夏未の勘違い

一夜が明けた。


夏未が目を覚ますと、隣には背中を向けて眠る明人がいる。


帰ってこないかもしれない。


そんな不安が、どこかにあったのだろう。


明人の姿を見て、夏未はほっと息をつく。


同時に、不思議な解放感もあった。


和宏との関係を隠し続けていた心のつっかえがすっかり消えていたのだ。


すべて話し、明人も許すと言ってくれた。


これからは前に進むだけ。


明人も時間をかけて話をすれば、浮気を告白した私の気持ちを絶対に理解してくれるはず。


夏未はそう信じていた。



その日の夕方。


夏未はいつもより丁寧に化粧をし、明人が好きそうな料理をテーブルへ並べた。


今日から、もう一度やり直す。


そのための、ささやかな記念日にするつもりだった。


「これなら、明人も喜んでくれるかな」


夏未は少し照れくさそうに笑った。


何年か経った頃、きっと二人で思い出すだろう。


あのときは大変だったね。


でも、ちゃんと乗り越えられたね。


そんなふうに笑って話せる日がきっと来る。



それから数日が過ぎた。


夏未の"関係修復作戦"が始まる。


明人を元気づけるように、積極的に声をかける。


できるだけ一緒に過ごそうとがんばった。


しかし、明人の反応は、鈍く、いつも暗い顔ばかり。


そのうえ、どこかよそよそしく、何を考えているのか分からない。


夏未の焦りは、少しずつ苛立ちへ変わっていった。


『言いたいことがあるなら、言えばいいじゃない』


何度かその言葉を口にしかけた。


けれど、そのたびに寸前で思いとどまった。


浮気をしていた私がわるい。


今は自分が我慢するべきだ。


そう言い聞かせていた。



ある日の午後。


夏未は、学生時代からの友人である美姫に電話をかけた。


「実はさ、ちょっとやっちゃったんだよね」


美姫と話していると、自然と学生時代の口調へ戻る。


『どうしたの?』


「浮気してたこと、明人に言っちゃった」


『え、まじで?』


「うん。すごく怒っててさ。あんなに怒る人なんだって、びっくりしちゃった」


『ちょっと、それ大丈夫なの? 離婚になるんじゃない?』


「うーん。それはなさそう」


夏未は軽く笑った。


「ちゃんと話し合ったし。明人も最後には許すって言ってくれたから」


『本当に大丈夫?』


「大丈夫だよ」


美姫は相変わらずだなと思った。



昼間、明人のため夏未は陽介を連れて工房へ遊びに行った。


しかし、その日の夜。


明人は静かに言った。


「もう、工房には来ないでほしい」


夏未は、すぐには意味を理解できなかった。


「どうして?」


「危ないから」


「陽介のことなら、ちゃんと見てるよ」


「そういうことじゃなくて」


明人はそれ以上、説明してくれない。


夏未には訳が分からなかった。


どうして、自分が会いに行くことを嫌がるのか。


家でも距離を置かれ、工房へ会いに行くことまで拒まれる。


――明人は許してくれたんじゃないの?


「ねぇ」


「なに?」


「もしかして、まだ怒ってる?」


夏未は明人の肩に触れようとした。


その瞬間。


明人は反射的に身体を引いた。


まるで、汚いものでも避ける様に。


夏未の中で、何かが弾けた。


――私は、こんなに頑張って関係を修復しようとしてるのに


――明人は、自分から何もしない。


――被害者なら何をしてもいいと思ってるの?


明人の拒絶が、夏未をさらに苛立たせる。


「だったら、最初から嫌だって言えばいいじゃない!」


気がつけば、不満が口から溢れていた。


――私が教えなかったら、一生気づかなかったくせに


夏未の声が震えた。


「やっぱり言わなきゃよかった!」


涙が溢れ出した。


「黙ってればよかった!」


長い沈黙が流れた。


夏未は泣きながら、明人を見つめる。


浮気したことは、もう何度も謝った。


けれど、今、自分を傷つけているのは明人の方。


今度はあなたが私に謝る番。


やがて、明人が小さく息を吐いた。


「悪かったよ……もう泣かないで」


――よかった。気づいてくれた。


明人は、ただ不器用で気持ちを整理するのに時間がかかっているだけ。


そのうち吹っ切れて、また以前の二人に戻れる。


夏未は、そう信じていた。


そして、この明人の謝罪をきっかけに、夏未の罪悪感はほとんど無くなっていた。



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