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左手の薬指

監禁八日目。


地下室に、木を叩く音が響いていた。


「よし。組み立て終わった」


明人は満足そうに、完成した木製の椅子を眺めた。


床に縛られていた和宏を抱き起こし、新しい椅子へ座らせる。


「どう? いいだろ、この重厚感」


明人は椅子の背を軽く叩いた。


「地震が来ても倒れない」


さらに、背もたれの装飾を指さす。


「ここは夏未が選んでくれたんだ」


「あ、ああ……ありがとう」


和宏は明人に合わせるように、力なく笑った。


「遠慮しなくていいよ」


明人はそう言いながら、和宏の身体を椅子へ縛り直していく。


「ずっと床に寝かせたままで悪かったな」


「……明人君」


「明人でいいよ。もう友達なんだから」


和宏は少し迷ったあと、口を開いた。


「明人。そろそろ、解放してもらえないだろうか」


数秒の沈黙。


「いや、実はさ夏未のやつと喧嘩しちゃったんだよ」


明人は和宏の言葉を聞き流した。


「……」


「どうにかして仲直りたいんだよな」


和宏は諦めたように下を向いた。


「なぁ、和宏はどうしたらいいと思う?」


「えっ?」


「夏未のこと詳しいだろ?どうやったら機嫌なおすかな」


「いや、謝るしかないんじゃないか」


明人はため息をついた。


「つまらない事言うなよ。お前の目玉をプレゼントするってのはどうだ?」


「ま、まってくれ!考える。考えるから」


「ふふ、そう来なくっちゃ」



監禁十一日目。


明人は和宏の顎を支え、牛乳を飲ませていた。


和宏はそれをこぼさないように大人しく飲んだ。


「夏未のやつ、ネックレスを喜んでたよ。アドバイスありがとな」


明人は少し照れたように笑った。


「そうか。それはよかった」


和宏は心の底から安堵した。


「お礼に明日は倉庫の床を掃除するよ。さすがに臭すぎるな」

明人は鼻をつまむジェスチャーをする。


その言葉に二人とも笑った。


この頃から、和宏と明人の間には友情に似た奇妙な関係が生まれていた。


和宏は、明人の表情や反応を必死に読みながら会話をするようになっていた。


もちろん自分の命をまもるためだ。


和宏は静かに俯いた。


――本当に、この男の機嫌を取るしかないのか。


夏未はどこにいるのだろう。


この近くに住んでいるのか。


実は、夏未は既に殺されていたりしないか。


こんな場所で死にたくない。


助けが来るまで、何としてでも生き延びる。


明人が和宏の正面に椅子を置き腰掛ける。


「今日はさ、僕の話をしない?」


和宏は顔を上げた。


「分かった…」


明人は顎をかきながら尋ねる。


「夏未は、僕のことを何て言ってた?」


「あ、明人は有名な家具デザイナーで、すごい才能を持ってるって言ってたよ」


和宏は明人の顔を見る。


明人は、明らかに不機嫌そうだった。


ここ数日の尋問で、分かったことがある。


明人は、お世辞のような答えを嫌う。


自分を褒める言葉は、すべて嘘だと思っているらしい。


逆に、夏未が明人を軽く扱っていた話をする方が納得してくれた。


「い、いや。すまない」


和宏は慌てて言い直した。


「正確には、そこまで褒めてはいなかった」


「才能の話は、俺が今付け足した」


「そうか」


明人の表情が緩む。


「しっかりしてくれよ。和宏」


「ああ……」


和宏は記憶を探った。


「一度、夏未に聞いたことがある。旦那は浮気を疑わないのかって」


「それで?」


「あの人は恋愛経験が少ないから、まず気づくことはないって」


「うん」


「それに……」


和宏は言葉を選んだ。


「もう少し疑ってくれた方が、…スリルがあるんだけどって言ってた」


明人は天井を見上げた。


和宏は怯えた目で、その顔を見つめる。


やがて明人は正面を向いた。


「うん。夏未なら言いそうだな」


明人が笑う。


和宏も安堵し、わずかに笑みを浮かべた。


「明人は、その……本当に恋愛経験が少ないのか?」


「高校時代に一人。それと留学先で、現地の女性と一人だけ」


「日本へ戻ってからは仕事ばかりだったからさ」


「それでも、少しはモテたんじゃないのか?」


和宏は慎重に言葉を選んだ。


「有名なデザイナーなんだろ?」


「声をかけられることはあったけど、この性格だから」


明人は苦笑した。


「和宏みたいに、女性の扱いに慣れてないからね」


「いや、浮気相手を作るだけなら、そんなに難しくないよ」


和宏は軽く笑った。


明人の表情が消えた。


明人は何も答えなかった。


ポケットからハサミを取り出す。


「おい……」


和宏の顔から血の気が引いた。


「ちょっとまってくれ。どうして――」


「……お前と一緒にするな」


地下室に、和宏の叫び声が響いた。


やがて、何も聞こえなくなった。


しばらくして、明人が階段を上ってきた。


片手には、小さな何かを持っている。


「ハッピー。ご飯だよ」


犬小屋から、ハッピーが嬉しそうに出てきた。


明人は餌を入れた皿を置く。


そして、手にしていたものを、その中央へ突き刺した。


「今日は特別だから」


ハッピーは皿へ近づき、匂いを嗅いだ。


明人は満足そうに、その様子を見つめていた。



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