和宏との会話①
監禁三日目。
明人が地下室へ下りてきた。
和宏は床に横たわったまま、目だけを動かして明人を見る。
明人は何も言わず、その身体を抱き起こして壁際へ座らせた。
和宏は睨みつけていたが、疲労の色を隠せていない。
ここへ連れてこられてから、二日近く水さえ飲んでいない。
「何を……話せばいい」
和宏の方から口を開いた。
明人はにっこりと笑った。
ペットボトルを取り出し、和宏の口元へ運ぶ。
和宏は夢中で水を飲んだ。
「よし。これで、話ができるな」
和宏は黙ったまま、床を見つめていた。
「あんた、浮気された経験は?」
「……さあな」
和宏が小さな声で答える。
「そっか。じゃあ、教えてあげるよ」
和宏が顔を上げた。
「浮気されるとさ、怒りや悲しさもあるんだけど」
明人は少し考えた。
「ものすごく、寂しいんだよね」
「寂しい?」
「うん。自分だけが何も知らない。自分だけが仲間外れにされたような気分になる」
明人は和宏を見つめた。
「それが一番つらいんだ」
和宏は何も答えなかった。
「だから、君たち二人がどんな話をしていたのか教えてほしい」
しばらくして、和宏は小さく頷いた。
「ただし」
明人は作業着からハサミを取り出した。
「答えなかったり、嘘をついたりしたら嫌な思いをしてもらう」
和宏の顔が強張る。
明人はスマートフォンのメモアプリを起動した。
「じゃあ、一つ目の質問」
「二人が不倫したきっかけを教えてくれ」
少しの沈黙。
「会社の飲み会のあと、二人で飲み直すことになった」
「それで夏未……いや、奥さんから誘われたんだ」
「夏未のままでいいよ。そう呼んでたんだろ」
「……夏未の方から、不倫に誘ってきた」
明人はスマートフォンの画面から顔を上げた。
「二人で飲み直そうと言ったのは?」
「俺だ」
「その時点で下心があったんだろ?」
和宏は小さく頷いた。
明人はハサミをその指へ近づける。
「お、おい! やめろ!」
「まどろっこしい言い方をするなよ」
明人が睨む。
「最初から全部話せ」
和宏は何度も頷いた。
明人はハサミをしまい、笑顔に戻った。
「よし。じゃあ、二つ目」
和宏は冷や汗をかきながら俯いた。
「夏未と家族どちらが大事?」
「それは…」
「まあ、これは聞かなくてもわかるか」
「これだけ必死に家族に秘密にしてくれって言うんだものな」
和宏は何も言えないでいる。
「なぜ、そんなに家族が大事なら不倫を続けたんだ?」
「俺にわかるように説明してくれ」
長い沈黙。
和宏が口を開いた。
「結婚してても、昔のように恋愛をしてみたくなることがある」
「それだけだ」
「奥さんや子どもがいても?」
和宏は頷いた。
「罪悪感は?」
「あったと言えば満足するのか?」
「結局やめなかった。なかったのと同じだろ」
明人が冷たく言った。
「……そうだ、なかった」
和宏は明人を睨んだ。
その目は、これで満足かと言ってるように見えた。
明人は鼻で笑った。
「ずいぶん自分たちに都合のいいロマンスだな」
「じゃあ、続きの話は、明日にしようか」
明人は立ち上がり、階段へ向かった。
「待ってくれ!」
和宏が叫んだ。
「水と食べ物を置いていってくれ」
「あ、ごめんごめん」
明人は笑いながら階段を上った。
しばらくして、容器を二つ持って戻ってくる。
片方には、シベリアンハスキーのハッピーの餌。
もう片方には、犬用の飲み水が入っていた。
階段の上では、ハッピーが激しく吠えている。
「ちょっと待て……」
和宏が目を見開く。
明人は、和宏が這えば口の届く場所へ二つの容器を置いた。
「じゃあ、また明日」
和宏の言葉を聞かず、地下室を出ていった。




