表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョン最底辺の芋虫に転生した俺は、寄生能力で美少女を支配する  作者: 葉月


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/45

第30話 元同級生

 翌朝、伯爵家から迎えの馬車がやって来た。思ったより立派な馬車だった。


 バーキン伯爵家の紋章入り。御者は二人。荷台には旅行用の荷物が積まれ、護衛の騎士が二騎、馬車の左右についていた。


「手紙を出してから、そう時間は経っていませんのに、相変わらずせっかちですわね」


 俺はダンジョンの奥でソファに座りながら、脳内モニターに映る光景を眺めた。エルメスの視界が、馬車の前で整列した伯爵家の使用人たちを映している。


「とりあえず自動操作(オート)で向かわせるか」


 俺が同調(リンク)していなくても、寄生虫がエルメスの行動パターンをある程度トレースしてくれる。あとは非常時だけ俺が介入する、という運用だ。馬車移動のためだけに同調(リンク)するのは効率が悪い。


 書類の確認、セリーヌからの報告書のチェック。やることは山積みだ。


 ……ただ。


「一度くらいは、馬車に乗ってみるのも有りだよな」


 タクシーには乗ったことはあっても、馬車に乗るのは初めてだ。街の外の景色も見ておきたい。


 前世の俺は旅行とは縁遠い人生だった。ゴールデンウィークも夏休みも、大抵は仕事が入った。行きたいと思った場所のパンフレットだけが増えていき、結局どこにも行かないまま歳を取った。


 そういう人生だった。


 だから今くらいは、いいだろう。


 俺はエルメスの意識に深く入り込み、自らの足で馬車に乗り込む。



 ◆



 街道を走り始めてしばらく、窓の外を流れる景色は圧倒的だった。


 広大な草原。遠くに連なる山の稜線。木立の向こうに光る川。空の青が、前世で見ていたものより、何故かずっと深い。


「……いいですわね」


 声に出した。護衛の男がちらりとこちらを見た。令嬢がそんな顔で窓の外を見るとは思っていなかったらしい。


 俺は咳払いをして、エルメスらしく視線を前に戻した。


 ……少しばかり、照れる。


 半日ほど経つと、さすがに飽きた。


 景色は変わらない。石畳が終わった途端に路面が荒れた。馬車が揺れる。本を読もうとすると酔う。護衛の男は無口だ。


「……仕事するか」


 俺はエルメスの意識を自動操作(オート)に切り替え、自分はダンジョンに意識を戻した。


 積み上がった書類の山。セリーヌからの最新レポート。ハミルトンからの商業情報。それらを一通りチェックしていると、


『主様』


 セリーヌから念話が入った。


『どうした』

『少し、気になる件が。現在、街で原因不明の体調不良者が増えているようです』

『増えている、というのはどの程度だ』

『一週間で十五件。症状は全員ほぼ同じです。強い倦怠感と頭痛、食欲不振。ただ、熱はほとんど出ていないようで』


 俺は少しだけ考えた。


『感染か』

『医師たちはそう見ているようですが、感染ならもっと広がりが早いはずで。局地的すぎるんです。街の中でも、特定の一帯だけに集中していて』

『……どの辺だ』

『東区の南端。古い酒場が並ぶ通りです』


 俺は頭の中で地図を広げた。東区の南端。クロエの薬屋がある場所とは真逆。ハミルトンの商会の縄張りとも微妙にずれている。


『クロエに動かせるか』

『一応伝えることはできますが……主様、今は遠征中ですよね。五号に深く同調するのは難しいのでは』

『問題ない。とりあえず、クロエに患者の一人を診させろ』

『承知しました』


 念話が切れた。


 俺は少しだけ、嫌な感触を覚えた。


「原因不明。局地的。……特定の通りだけ、か」


 このタイミングで感染症によるパンデミックは避けたい。

 そんなことになれば、領主に接触する機会を逃してしまう。


「……十二日、もう時間がねぇってのに」


 どこかで、歯車が噛み合わない音がした気がした。



 ◆



 二日目の夕方、馬車は中継の街に立ち寄った。


 馬の休憩と食料の補充だ。一時間ほどの停車という。

 俺は再びエルメスと同調(リンク)し、馬車から降りた。


「こういう街もありますのね」


 石畳の広場。屋台が並んでいる。焼いた肉の匂いが漂う。


 商業都市オールセルテス以外の街は、初めてだった。


 規模は小さいが、活気がある。広場の中央には古い井戸があり、その周りで子どもたちが遊んでいる。石造りの建物の壁が、夕陽を受けてオレンジに染まっていた。


「……いいですわね」


 また声に出てしまった。今度は誰も見ていない。


 俺はエルメスの足で広場をゆっくり歩いた。屋台を一軒一軒眺めながら、前世では行けなかった旅行のことを少しだけ思い出した。


 京都に行きたかった。ヨーロッパの石畳を歩きたかった。ローカル線に乗って、知らない町で飯を食いたかった。


 全部、叶わなかった。


 でも今こうして、知らない街の広場を歩いている。異世界の、美少女の体で、という条件がつくが——前世で叶わなかった旅行を楽しむというのも、悪くない。


 屋台で肉串を一本買い、その味を堪能する。


 うまい。

 腹は満たされずとも、味は楽しめる。


「……けた」


 前から声がした。


「ん?」


 俺は顔を上げた。


 広場の反対側から歩いてきた少女二人が、こちらを見て、足を止めていた。


 一人は淡い茶色の髪を二つに結い、くりくりした目が丸く見開かれている。もう一人は黒髪を短く切り揃えた、気の強そうな顔をしていた。


 俺はエルメスの記憶を引っ張った。


「エルメス! やっと見つけた!」


 茶髪の少女が、信じられないという顔でこちらを見ていた。


 ミレーユ=アンブロワーズ。

 魔法学校時代の同級生。エルメスがかつて一方的に絡んでいた相手だ。


 まずい。


 俺は即座に令嬢スマイルを貼り付ける。


「あら、ミレーユ。久しぶりですわね。こんな所で会うなんて奇遇ですわね」

「……あ、うん。久しぶり。って違うよ! 私、エルメスを探してたの!」

「……(わたくし)を?」


 なんで? まさか、復讐に来たんじゃねぇだろうな。このクソ忙しいときに勘弁してくれよ。


「聞いたよ! エルメス、勇者パーティが勝てなかった魔王を単独で倒したって! 学校でも大騒ぎになっていたんだよ!」


 距離が近い。人見知りという概念がない人種か。


 ……というか、魔王? いくらなんでも尾ひれ付きすぎだろ。帰ったらガストンの野郎をぶん殴ってやる。


「今のエルメスなら、学校に戻って来れると思うんだ! 先生たちも、エルメスの活躍には――」

「みんな騙されてるだけよ!」


 黒髪の少女が、横から割って入った。


「この悪女が英雄? 人助け? そんなことするわけないじゃない。本当、みんなバカなんだから」


 ま、妥当な評価だろうな。俺があんたでも、そう思うよ。


 この毒舌少女はスジー。ミレーユとセットで行動していることが多い。


「ス、スジー!」

「だって本当のことじゃない。仲間のために動いたとか、ダンジョン制圧したとか。全部嘘に決まってる。どうせ学校に戻るために、お金払ってそういう噂を流させたのよ。こいつはそういう女なの」

「それは……まあ……でも」


 否定しないのかよ。


「いいのよ、ミレーユ」


 俺は落ち着いて口を開く。


「事実に尾ひれがついているのは確かですわ。でも、戦ったのは本当のことですわよ。もちろん、一人ではありませんけれどね。【紅蓮】という勇者候補のパーティと一緒に戦ったんですのよ。ちなみに、倒したのも魔王なんかではありませんわ」

「……へぇ」


 スジーが目を細める。


 値踏みしている。表情も、間も、全部見られている感覚。経験上、この手のタイプに嘘はダメだ。


 内心で冷や汗が滲んだ。スジーちゃんか、敵に回すと厄介そうだな。


「なんか……違くない?」


 スジーが首を傾げた。


「何が違いますの」

「前のあなた、もっと棘があった。今は……薄い」


 一瞬、思考が止まりかける。

 だが表には出さない。


「人は変わりますのよ」

「短期間で変わりすぎ。何かに取り憑かれたって言われた方が納得できるレベル」


 鋭い。


「スジーちゃんは――」

「ちゃん?」

「……す、スジーは、人が変わることを信じない主義ですの?」

「信じないわけじゃないけど」


 スジーはまだ首を傾けていた。


「一つだけ答えて」


 スジーが一歩近づいた。


「闇魔法の先生の名前は?」

「ネヴァー=ブラック先生ですわ」


 間を置かずに答える。


 スジーは俺の目をじっと見たまま、数秒黙った。

 答えそのものではなく、“迷い”を見ている。


「……合ってる」


 そう言って視線を外したが、納得した様子ではない。疑いを引っ込めただけだ。


 一方で、ミレーユはといえば——


「エルメス! ねえ聞いて! 学校、長期休みなの! 私たち休みを利用してエルメスに会いに来たの。私、この街にあと二日くらい居るつもりだから、気が変わったらいつでも声をかけて。私、魔法使いとしてのあなたは、もっと評価されるべきだと思っているの。今日、こうしてエルメスに会えたのも、女神アルテミスさまのお導きがあったからだと信じてる!」

「え、ええ……そうですわね」

「ね、ね! あと、時間があれば一緒にお茶もしたい!」


 ぐいぐい来る。女子特有の、誰とでもすぐに打ち解ける、あれか!

 しかし……エルメスの記憶を辿った限り、この子はエルメスちゃんに嫌がらせを受けていたはず。


 ……まさか、自覚がないのか! 


「エルメスが退学になった時、私、すごく心配したんだよ。誰も何もしてくれなくて、先生にだって退学なんて酷すぎるって抗議したのに……。ごめんね。守ってあげられなくて」


 ――――ッ!


 ミレーユがぽつりと言った瞬間、胸の奥がキュッと、妙な違和感に襲われた。


 ……なんだ、今の。


 エルメスの胸の奥で、確かに何かが動いた。

 本物のエルメスが、内側で何かを感じているのか。


「やっぱり、へん……」


 それだけ言って、ミレーユの袖を引いた。


「もう、行こう。ミレーユ」

「えーっ! エルメス、あなたはこんな所で終わる人じゃない! すごい魔法使いになるって、私信じてる! あなたに話したいことだって沢山あるの! 待ってるから! 私、待ってるからね!」

「……善処しますわ」

「ほら、もう行くから」


 手を振りながら、二人は広場を横切っていった。


 俺はその背中を見送り、静かに息を吐いた。


 ……生きた心地がしなかった。あと一歩踏み込まれていたら、どこかで綻んでいた。


 記憶はある。だが、すべてを把握しているわけじゃない。


「……次は、通用しませんわね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ