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ダンジョン最底辺の芋虫に転生した俺は、寄生能力で美少女を支配する  作者: 葉月


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第27話 手紙

 世界は、噂で動く。


 剣で動くわけでもなく、魔法で動くわけでもない。人の口から口へと伝わる“話”が、時に剣より鋭く、時に魔法より速く、世界の形を変えていく。


 俺はそれを、前世のサラリーマン時代に骨身に沁みて学んでいた。


 会社というのは不思議な場所だ。どれほど優れた実績を残しても、それが“語られなければ”存在しないも同然だ。逆に言えば、実態が多少盛られていても、語り継がれた者が勝つ。


 そういうものだ。人間社会というのは、昔も今も、どの世界でも。


 ――だから俺は、今の状況を素直に喜んでいた。



 ◆



「え、ええ、エルメス嬢! き、聞いたか! あ、ああ、あんたの話が国まで伝わってるらしいぞ!」


 宿屋から大通りに出た瞬間、ガストンが人波をかき分けて走ってきた。朝から興奮しすぎだ。目の下に隈があるくせに、目だけがギラギラしている。昨夜も飲み明かしたのだろう。


「……また尾ひれがついてるんですわよね」

「つ、ついてる! めちゃくちゃついてる! い、今じゃ“追放令嬢が単騎でダンジョンを制圧した”って話になってるんだが、どうしてそうなった!?」

「知りませんわよ、(わたくし)に聞かないでくださいませ」


 エルメスの口を動かしながら、俺は内心で盛大に溜め息をついた。


 あの夜から十日が経った。


 ダンジョンコアの破壊。アラクネクイーンの討伐。紅蓮の生還。一連の話が、噂という名のモンスターと化して、街から街へと食い散らかしながら広まっていた。


 最初はまだ良かった。


「紅蓮がダンジョンを攻略した」

「エルメス嬢が活躍したらしい」


 その程度なら計算の範囲内だった。だが人の口に戸は立てられない。酒場で語られ、市場で語られ、旅商人の荷台に乗って国境を越え、気がついた頃には完全に別の生き物になっていた。


「追放令嬢が勇者候補パーティを救い、単騎でダンジョンを制圧した!」


 ――単騎で。


「……単騎って、どこから出てきたんですの、その話」

「たぶんガストンだろうな」


 隣でシャネルが静かに言った。


「……ガストン」

「お、俺か!? い、いや……その、俺は事実しか言ってないぞ! す、少し……ほ、ほんの少し、盛っただけだ!」


「「盛るな!」」


 俺とシャネルの声が、珍しく綺麗に重なった。ガストンが間抜けな顔で俺たちを交互に見る。


「……二人、息合うようになったな?」

「気のせいですわ」

「気のせい」


 また重なった。ガストンが「こわっ」と呟いて一歩引く。


 俺は内心でちょっとだけ笑った。


 まあ、悪い話ではない。



 ◆



 英雄化計画という観点から言えば、これは大幅な前倒しだ。


 もともと俺が描いていた絵は、『地道に実績を積んで、半年かけてじわじわ名声を上げる』という地味な路線だった。それが今や、向こうから話が転がってくる。当初の計画はほぼ崩壊したが、結果だけを見れば上々だ。


 問題は、これで終わりではないということだ。


 ヴァールの野郎が押しつけてきたノルマは「一ヶ月以内に領主を落とせ」だ。


 あの夜から十日以上が経った。残りは二十日を切っている


 領主――ボッテガヴェネタ=イントレチャート子爵。


 この街を実質的に動かしている男だ。セリーヌの情報によれば、子爵は冒険者ギルドへの影響力も強く、ダンジョン攻略への資金も彼が出していた。つまり、あのダンジョンコア破壊の依頼を最終的に決裁したのも子爵ということになる。


 そいつに取り入ることができれば、この街の情報網はほぼ手中に収まる。あとはじっくりと、貴族社会の奥まで根を張っていけばいい。


 だが子爵に会うためには、相応の『格』が必要だ。こちらがいくら英雄扱いされていても、相手は貴族だ。向こうから声がかかるか、あるいは対等に面会を申し込めるだけの肩書きがなければ、門前払いがオチになる。


 つまり、俺に必要なのは――


「……バーキン家、か」


 ダンジョンの奥、青パイセン製のソファにでっぷりと腰を落としながら、俺は独りごちった。


 ……それよりも、気になることがある。


 今日、街を歩いている時。あの白いローブの神官――リリアが礼拝堂の前にいた。


 目が合った。

 ただ静かに――こちらを“見て”いた。


 あいつは初めて会ったときから面倒な相手だと思っていたが、今日のあの目は少し違った気がする。探るような目じゃなかった。もっと確信に近い、何かを“知っている”人間の目だ。


「……魔力が濃くなっていること、気付かれたかな?」


 コアを抱えてから、俺自身の魔力が以前より増えている。その影響は寄生虫にも波及していた。エルメスの首筋の紋様がどんどん深くなってるのは、間違いなくコアが原因だ。


 問題は、向こうがどこまで分かっているかだ。


「……放置は、できないな」


 とはいえ、迂闊に手も出せない。あの護符のことがある。それに、神官に何かあれば教会が動く。今の段階で教会を敵に回すのは悪手だ。


 俺は頭の中の“要注意リスト”の中で、リリアの名前に太い線を引いた。


 ――まあ、今すぐどうこうできる問題でもない。


 それより、バーキン家だ。


 エルメスは伯爵令嬢だ。“元”がついているとはいえ、その血筋は消えるものではない。もし実家との関係が修復できれば、伯爵家という肩書きが復活する。伯爵と子爵なら、格としては対等以上だ。面会を申し込む名分にもなる。


 問題は、当のバーキン伯爵が今のエルメスをどう見ているかだ。


 エルメスの記憶を辿れば答えは出る。家を叩き出された理由は、彼女がやらかしてきた数々の所業だ。それに加え、親族への嫌がらせ、使用人たちへの暴言の数々。追放されてからも、彼女の悪行は止まることを知らない。知人への借金の押しつけ、挙句の果てには人を娼館に売り飛ばすような真似まで。よくぞここまでやったもんだと感心するレベルだ。


 伯爵家が娘を追い出したのは当然だろう。


 ……だが。


 人間というのは、都合が良い生き物だ。


 噂の力というものを、俺は信じている。


 なにより、貴族とは体面を気にする生きものだ。そのようなことを、前世の本で読んだことがある。

 ラノベ知識だけど……。



 ◆



 手紙が届いたのは、ガストンに捕まってから三日後のことだった。


 宿屋の扉の前に、小ぶりな封筒が置かれていた。安物じゃない。上質な紙に、丁寧な封蝋。その型押しには、見覚えのある紋章が刻まれていた。


 エルメスの記憶が、一拍遅れて答えを返してくる。


 バーキン伯爵家の家紋だ。


「……なるほど」


 俺はエルメスの手で封を切り、中の便箋を広げた。几帳面な筆跡が、整然と並んでいる。


 ――――――――


 > 娘よ。


 > お前の活躍は、ここまで届いている。一族の誇りとして、父は心から喜んでいる。

 > どうか家に戻ってきなさい。我が家の扉は、いつでもお前のために開いている。



 ――――――――


「……っははははっ!」


 思わず、声に出して笑ってしまった。


 廊下の向こうからシャネルが覗いてくる。


「どうかした」

「なんでもありませんわ」


 エルメスの顔で取り繕ったが、肩が揺れているのは隠せなかった。


 手のひら返しにも、ほどがある。


 つい先頃まで「お前など娘ではない」と家を叩き出したくせに、


「何が我が家の扉は開いている、ですか」


 娘が何かやらかすたびに閉め直していた扉が、今度は業者でも雇って自動ドアに改造でもしたのか。ご丁寧に「いつでも」とまでつけやがって。感動の再会を演出する気満々じゃないか。


 ……でも。


 俺は笑いながら、便箋をもう一度読み直した。


「悪くない、ですわね」


 実家からのコネが復活すれば、貴族社会への足がかりになる。伯爵家という肩書きは強い。セリーヌを通じて集めた情報によれば、この国の政治は貴族の横のつながりで大半が動いている。正面から仕掛けても弾かれる扉が、家名一つで開くことがある。


 ヴァールのノルマをこなすためにも、人間社会の上層部に食い込む必要がある。それは俺が望んでいたことでもあった。


「使えるカードは全部使いますわよ」


 それが俺の基本方針だ。


 たとえ相手が今さら都合よく現れた手のひら返し親父でも、使えるなら使う。感情を挟む余裕は、芋虫にはない。


 ……ん? なんだ、この感覚。


 まるで牢獄に幽閉されているはずのエルメス本人が、この状況を喜んでいるかのように、全身が武者震いを起こしている。


 ……こいつ、本当は見てるんじゃないだろうな。


 俺は少し、考えた。


 エルメスにとって、家というのは何だったんだろう。記憶を辿れば、愛されたかった痕跡はそこかしこに転がっている。認めてほしかった。必要とされたかった。それが歪んで、ああいう所業の数々になったのだとしたら――。


 ……いや、関係ない。


 俺が考えるべきことじゃない。今必要なのは、この手紙をどう使うかだ。


 まあ、いいか。


 俺はエルメスの顔に、うっすらと微笑を浮かべた。令嬢らしい、涼しい微笑だ。だがその武者震いは、手紙を折り畳む瞬間まで、ちっとも収まらなかった。


「……面白くなって来ましたわね」


 誰に言うわけでもなく、呟く。



 ◆



 ――その頃。


 街の北端、小さな礼拝堂の前で、リリアはひとり、石造りのベンチに腰かけていた。


 陽光が白い壁を照らす穏やかな昼下がりだ。広場では子どもたちが走り回り、屋台の売り子が威勢よく声を張り上げている。通りがかる大人たちの会話が、風に乗って断片的に届いてきた。


「エルメス嬢がどれほど勇敢だったか」

「単騎でダンジョンを制圧したんだとさ」

「あの追放令嬢が紅蓮を救ったんだろう?」

「にわかには信じられないね」

「でも、助けられた本人が言ってるって話じゃないか」


 誰もが“英雄の話”をしていた。


 リリアはその声を、ただ静かに聞いていた。


 神眼は今日も何かを見ている。


 大通りを歩くエルメスの姿を、リリアはその目で静かに追った。

 人波をかき分け、颯爽と歩く金髪の少女。日を浴びるたびに金色に輝く髪。端正に整った横顔。冒険者ランクがBに上がってから、その立ち居振る舞いはさらに堂々としたものになっていた。


 街の人々は、彼女を見るたびに目を輝かせる。


「……」


 リリアだけが、黙って見ていた。


 首筋に、うっすらと刻まれた黒い紋様。


 人混みの中では気づかない。顔を向けていても、よほど目の良い者でなければ見えない。陽の光の下では、ほとんど消えているようにすら見える。


 でも、リリアには分かる。


「……また、濃くなってる」


 小さく、誰にも届かない声で呟いた。


 最初に気づいたのは、酒場で彼女を見かけた時だ。あの時はまだ、ぼんやりとした違和感だった。二度目はギルドで声をかけた日だ。魔物の臭い。青と黒、二色の魔力。


 だが今は、違う。


 黒が、深くなっている。


 それだけじゃない。エルメスの体が纏う魔力の流れが、どこか“使い込まれた道具”のような滑らかさを持ち始めていた。人間の魔力は、使えば使うほど個性が出る。癖がつく。それが自然な成長だ。


 なのに、あの子の魔力は逆だ。


 個性が、薄れている。


「……まるで、誰かに慣らされているみたい」


 リリアはそっと、左目を手で覆った。見すぎると頭が痛くなる。神眼はそういうものだ。便利なようで、見たくないものまで見えてしまう。


 ダンジョンの中で何があったのか。


 英雄譚の陰に何が潜んでいるのか。


 分からない。でも。


「……何かが、いる」


 エルメスの中に。


 人間じゃない、何かが。


 リリアは静かに立ち上がり、礼拝堂の扉を押し開けた。ひんやりとした空気が顔を撫でる。薄暗い礼拝堂の中、蝋燭の明かりだけが揺れていた。


 祈る内容は、いつも通りだった。


 ただ今日だけは、金髪の少女の名前を、心の中でもう一度繰り返した。


 それから、ゆっくりと目を開け、立ち上がり、表へ出た。


 大通りにはまだエルメスの姿があった。


 何かに気づいたように、ほんの一瞬だけ、エルメスがこちらを向いた。目が合う。


 エルメスは何事もなかったように、視線を前へ戻した。


 リリアは、その背中をじっと見つめた。


 追いかけるでもなく、声をかけるでもなく、ただ見ていた。


「……いつか、分かる」


 風が吹いた。


 白いローブの裾が揺れた。


 リリアは小さく息を吸い、静かに歩き出した。


 その足は、エルメスとは反対の方向へ向いていた。



 ◆



 夜。


 ダンジョンの奥。いつもの芋虫ソファの上で、俺は一人、天井を見上げていた。


 体内でダンジョンコアがドクンと脈打つ。今日も重い。飯を食った後の胃もたれみたいな感覚が、腹の奥からじわじわと滲んでくる。もう慣れたが、慣れたからといって快適なわけでもない。


「……伯爵家か」


 天井に向かって呟く。


 手紙一枚で転がり込んできたチャンスだ。計画の段取りを組み直す必要がある。まずは返事を出す。次に面会の日取りを決める。その前に、エルメスちゃんの「振る舞い」を整える必要がある。


 問題は、バーキン伯爵が追放した娘と今のエルメスちゃんの“差”だ。


 エルメスの記憶によれば、彼女は家族にすら攻撃的で、気に入らなければ使用人にも平然と呪いをかけるような問題児だった。それがこの数ヶ月で急に柔らかくなれば、疑われる可能性は高い。


 エルメス=バーキンをトレースしているとは言え、敵を作るような言動は避けてきた。これからも、その方針を変えるつもりはない。

 敵なんてのは、望んで作るべきではない。


「……まあ、人は変わるもんだ、って言い張るしかないな」


 悪役令嬢が改心した。そういう話にすればいい。ダンジョンで死にかけて、仲間に救われて、人として成長した。うまく噂と組み合わせれば、むしろドラマチックに聞こえる。


 問題は……。


「ヴァールの糞野郎だ」


 俺は苦々しく呟いた。


 あの悪魔が課したノルマも、別地域のエリアマネージャーとやらの存在も、まだ全貌が見えていない。見えていないが、のんびりしている暇もない。


 向こうが何かを仕掛けてくる前に、こちらが動かなければならない。


 なにかあれば、真っ先に切り捨てられんのは、間違いなく俺だ。


「地獄送りになんぞされてたまるかッ」


 ソファがかすかに揺れた。青パイセンが寝返りを打ったのかもしれない。


 俺は目を閉じた。


 明日から、新しい戦が始まる。


 貴族社会という名の、もっと面倒くさい戦場への、最初の一手。


「……悪くねぇな」


 芋虫にしては、なかなかどうして、充実した日々じゃないか。


 ダンジョンコアが、もう一度ドクンと脈打った。まるで返事をするように。

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