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ダンジョン最底辺の芋虫に転生した俺は、寄生能力で美少女を支配する  作者: 葉月


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第20話 ダンジョンコア

「世界の王、ね……」


 俺は地べたを這いながら、目の前のふざけた悪魔を見上げた。


 人間に戻れるという甘い毒。そして、断れば地獄へ直行という剥き出しの刃。

 選択肢なんて端からない。俺にできるのは、このイカれた“エリアマネージャー”が差し出した泥舟を、豪華客船だと自分に言い聞かせて乗り込むことだけだ。


「……具体的に何をすればいいんだよ。まさか今すぐ魔王城にカチコミに行けってんじゃないだろうな。言っとくけど俺は弱えぞ! 見ての通り、ただの芋虫なもんでね」

「オーゥ、気が早いですねボーイ!  でもそういう方は嫌いではありませんよ、ハイ。しかし、今のあなたでは魔王城の門番に踏み潰されて『しゅわっ』と終わるのがオチですね、ハイ。まずは地盤を固め、拠点を確保し、戦力を拡大する……。そう、これはビジネスと同じなのです、ハイ!」


 ヴァールは長い指を三本立てたまま、楽しげに俺の周りを一周した。まるでこの状況を楽しんでいるようだ。


「ところで、ユーはこのダンジョンにいつまで居るのです? まさか、ずっと居る気ではありませんよね、ハイ」

「っんなこと言ったって……どうしようもないだろ」

「確かに、今のままではどうしようもありませんね、ハイ。けれど、そのうち必ず限界はやって来ます、ハイ。アラクネクイーンより強い魔物が現れたなら、冒険者がやって来たなら、芋虫ボーイに次はありませんよ、ハイ」

「……っ」


 うるせぇんだよ。そんなこと、お前にいちいち言われなくたって俺が一番わかってんだよ。


 ヴァールの言葉が、胸に深く突き刺さった。


 昨日、秘密兵器だったアサヤケを失った。シャネルとの間には修復不可能な溝ができた。


 もし次に、あのアラクネ以上の化物や、あるいは腕利きの冒険者が大挙して押し寄せてきたらどうするだと? そんなもん俺に分かるわけねぇだろッ!


 こっちは気がついたらこの世界で芋虫として転生していただけの、どこにでも居る普通のおっさんだったんだよ。


 だが、このダンジョンの何処かに鎮座する“ダンジョンコア”が破壊された瞬間、俺も、逃げ惑う兄弟たちも、すべてが消滅して終わる。


 でも、だからって――


「どうしようもねぇじゃねぇかよ」

「はい、確かに今のままではどうしようもありません、 ハイ。八方塞がりですね、ハイ。そこで親切なわたくしが、根本的な解決策を教えて差し上げます、ハイ」

「解決策だぁ? 信用できねぇな。……けどまあ、聞いてやらんでもない。……で、なんだよ、その解決策ってのは?」

「知りたいです?」


 うっざぁッ。

 そういやこういう嫌な奴、取引先にもいたわ。


「もったいぶってねぇで、さっさと言えよ」

「――コアをボーイが取り込んでしまうのです、ハイ」

「コアを、俺が取り込む……?」


 そんなことできるのか? そもそもコアってなんなんだよ。俺はダンジョンコアというものが、具体的に何なのかを知らない。


「ダンジョンコアとは、ダンジョンの心臓のことですね、ハイ」


 ……ダンジョンの心臓?


「そんなもん、俺が取り込めるのかよ?」

「イエス! ボーイ自身がダンジョンの心臓となってしまえばいいのです、ハイ!」

「俺自身が……ダンジョンの心臓に?」

「そうすれば、コア破壊に怯える心配も、冒険者に留守を狙われる心配もナッシング!  さらに今ならお得なサービスとして、ダンジョンの移転権利も差し上げまーす、ハイ。このボロいダンジョンを捨てて、もっと立地のいい場所へ引っ越すことだってできるのでーす、ハイ」


 心臓が、ドクンと跳ねた。


 移動の自由。それが叶うなら、ギルドの討伐パーティに怯える必要もなくなる。俺が最も切望していたものでもある。


 もし本当にダンジョン移転なんてことが可能なら、もっと街から離れた場所に行くことも、もっと静かな場所にだって……。


 エルメスやシャネルを解放して、俺は兄弟たちを連れて、誰にも見つからない安息の地へ逃げられるかもしれない。


 無理してオールセルテス()を落とさなくてもいいんだ。


「……それをやれば、本当に死なずに済むのか? 人間に戻れるってのも本当か?」

「保証しますよ、ハイ。それに、人間に戻ることも可能なのです、ハイ」

「ほ、本当か!? 本当に芋虫の俺が人間に戻れるのか!」

「もちろんでーす、ハイ。わたくしを信じるのです、芋虫ボーイ。わたくし、嘘は嫌いなのです、ハイ。……“本当のこと”しか言わない主義なんです、ハイ」


 嘘は言わないかもしれない。だが、肝心なことは何一つ言ってねぇ面だな。


 ヴァールの瞳に、底知れない暗闇がよぎった気がした。だが、俺はもうその手を握るしかなかった。


「……分かった。そういうことなら、俺がダンジョンの心臓になってやるよ!」

「エクセレントォッ!  素晴らしい決断です、ハイ!  では早速、契約成立の儀式と参りましょう、ハイ!」


 ヴァールが指を鳴らすと、一瞬で目の前の景色が変化した。見慣れないこの場所は、恐らくダンジョン最下層。部屋の中央には、ダンジョンコアらしき物体が浮き上がり、赤黒い光を放っていた。


 ぱちん。


 ヴァールが再び指を鳴らすと、その物体が俺の目の前へと飛来した。


「さあ、食べるのでーす、ハイ」

「……っ」


 食べる……? こんな、禍々しく脈打つ魔力の塊をか? 

 芋虫の体が、本能的に一歩引いた。喉の奥がヒリつくような圧が、全身を包む。


 だが、ヴァールの視線が、逃げることを許さない。

 俺は覚悟を決め、泥沼に飛び込むような気持ちで、その“心臓”に噛み付いた。


「――ッ!!!」


 口に含んだ瞬間、脳が沸騰するかと思った。

 固形物だと思っていたコアは、俺の口腔に触れた途端、超高温の液体となって喉へと流れ込んできた。


「ぐぅッ……ゔうぅッ!?」


 熱い。喉が焼ける。腹の底に、溶岩を流し込まれているような感覚だ。


「――が、はっ、あああああああッ!!」


 全身の血管――いや、芋虫の体液の流路すべてに、異物(コア)の魔力が無理やり流し込まれていく。


 俺の節くれだった体が不自然に膨張し、皮膚の隙間から赤黒い光が漏れ出した。


「なっ、なんだよ……これッ……」

 

 内側から作り変えられている。

 俺という個体が、このダンジョンという「システム」そのものに直結されていく、悍ましい感覚。


 死ぬ、これマジで死ぬって……!


 意識が飛びかける。だが、その度にヴァールの「ハイ、ハイ」という耳障りな声が、冷たい水のように意識を叩き起こしてくる。


「耐えるのですボーイ。コアがあなたの魂に馴染むまで、あと一分程でーす、ハイ。死んではいけませんよ、ハイ。死ねば最上級の地獄行きです、ハイ」


 っんなの聞いてねぇぞ! クソがッ、死んで地獄なんぞに行ってたまるかッ!

 

 俺は地面を転げ回り、己の形を維持しようと必死に足掻いた。

 やがて、狂ったような心音の咆哮が収まり、激痛が鈍い重痛へと変わっていく。


「……はぁ、はぁ、はぁ……」


 気がつくと、俺の腹部の中心――本来なら心臓があるべき場所に、赤黒い光を放つ紋章のようなものが刻まれていた。


 それ以外は……特に変化はない。


「これ……だけ?」


 これだけ死にそうな思いをしたというのに、腹に奇妙な紋様が浮かび上がっただけなのか? ……いや、ダンジョンの心臓を取り込んだんだ。きっと俺が気付けていないだけで、チート級のパワーアップを果たしているはずだ。そうに違いない! というか、そうでなければ困る!


「オーゥ、お見事! 無事にインストール完了です、ハイ!」


 どうやら、俺は本当にダンジョンの心臓になってしまったようだ。


「いやぁ、本当にワンダフォーでしたよ、ハイ」


 ヴァールは満足げに頷き、まるで「今日の仕事は終わり」と言わんばかりに、そそくさと踵を返して歩き出した。


「おい! もう帰るのか? 俺はこれで自由なのか? 人間になれるのか? おい、答えろよ! ……って、くそっ」


 ……行っちまった。

 なんなんだよ、あのボケッ!


「本当に、これで自由になったんだろうな……」


 脈打つコア。

 それは、俺と仲間の運命を一つに繋ぐ「鎖」であり、同時に俺の体の一部となった。


 もう、後戻りはできない。



 ◆



「……ハイ。お疲れ様でした、ハイ」


 芋虫ボーイが、赤黒く脈打つダンジョンコアをその醜い口腔へと捩じ込んだのを見届け、私はその場から音もなく「退勤」した。


 転移した先は、ダンジョンの外縁――澱んだ魔力の霧が渦巻く、境界の空間だ。

 そこに至った瞬間、私の顔から「営業用」のへらへらとした笑みが消えた。


「……ふぅ。全く、ハイハイうるさいですね、わたくしは。あんな低俗な魂のテンポに合わせるのは、精神衛生上よろしくありませんよ、ハイ」


 独り言にすら「ハイ」が混じるのは、もはや職業病だ。

 私は溜息を吐きながら、懐から黒い装丁の手帳を取り出した。これは主――次期サタン候補へと捧げる、極秘の業務報告書だ。


 私は空中を机代わりに、慣れた手つきで羽ペンを走らせる。


 >【業務報告:第666号】

 >件名:廃棄予定個体(シリアル:OTSSAN-01)の運用状況、および資産ロンダリングについて。


 >以前、地獄の待機列から安く買い叩いた「不良債権(地獄行きの魂)」ですが、予想外の生存能力を示しております。


 >特筆すべきは、アラクネクイーンという不良在庫を自力で処理した点。これを受け、急遽「魔王候補(使い捨ての触媒)」としての適性試験に移行いたしました。


「クスクス……。人間に戻れる、ですか。そんなコストに見合わない報酬、最初から用意しているはずがないでしょうに、ハイ。本当にお馬鹿さんは扱いが簡単で助かりますね、ハイ」


「……ああ、そういえば。虫を殺しただけで地獄行き、ですか。クスクス。そんなわけないでしょうに、ハイ。本当の理由は別にあるのですが……まあ、本人がそう信じて絶望してくれるなら、それが最高のスパイスになりますからね、ハイ」


 羽ペンがさらさらと、残酷な真実を綴っていく。


 >本日、対象に「ダンジョンコアの生体融合」を完了。


 >本人は「移動の自由」を手に入れたと喜んでおりますが、実態は「歩く時限爆弾」への改造に過ぎません。


 >コアを体内にパッキングしたことで、対象はダンジョンの維持エネルギーを自身の生命力で賄うことになります。もはや逃げ場はありません。彼が足掻けば足掻くほど、コアは活性化し、このエリアの絶望を吸い上げる「集積回路」として機能するでしょう。


 私は手帳の余白に、おっさんの歪んだ芋虫の顔を思い浮かべて追記した。


 >万が一、融合の負荷に耐えられず魂が崩壊した場合は、即座に「クーリングオフ(魂の粉砕・再資源化)」を行い、投資コストを回収いたします。


「無能な駒は早めに損切りして、次の転生者ガチャを回すのが、わたくしの査定にとっても最善ですから、ハイ」


 手帳を閉じ、私は暗い空間の向こう側にいるであろう「主」に思いを馳せた。


 あの方――我が主がサタンの座に就くためには、この世界の秩序を内側から食い破る「劇薬」が必要だ。あの芋虫が、仲間のためにと必死に足掻き、周囲を巻き込んで破滅していく様こそが、最高の魔力源(リソース)となる。


 あの方は、失敗した部下の魂をどう料理するか、実に独創的な感性をお持ちですからね、ハイ。わたくしも、できれば食べられたくはありません。


「期待していますよ、芋虫ボーイ。……わたくしの出世のために、死ぬ気で働いてくださいね、ハイ」


 私は再び、あの薄気味悪い営業スマイルを顔に貼り付けた。


 だが、笑みの奥で、ヴァールは静かに確認する。


 主の御心に適う「劇薬」として、あの芋虫は機能するか。


 答えは――まだ、分からない。

 分からないから、面白い。


 闇の中に、ヴァールの静かな息遣いだけが残った。

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