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ダンジョン最底辺の芋虫に転生した俺は、寄生能力で美少女を支配する  作者: 葉月


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第16話 芋虫VS蜘蛛 その2

「聞こえるかエルメス、シャネル!」


 俺はあらかじめダンジョン入口付近に待機させていた二人に連絡を入れ、すぐさま応援に来るよう指示を出す。


 本来なら、エルメスかシャネルのどちらかを直接操作したいところなのだが、今回ばかりはそういうわけにもいかない。二人のうちどちらかを操作するとなった場合、本体の俺は無防備になってしまう。この状況で本体である俺が狙われてしまえば一巻の終わりである。


 なら奥にすっこんでいろと思うかもしれないが、指揮官だけ安全な場所に引っ込んでいては、芋虫軍の士気に関わってくる。命懸けで戦っている兄弟(ブラザー)たちのためにも、俺は前線に立ち続けなければならない。


 それが軍を率いる将軍というものだろう。


「青パイセン! 部下が来るまで時間を稼ぎたい。力を貸してくれ!」


 俺は覚悟を決め、思いきって穴から飛び降りた。そして、形状変化によって剣と盾になったパイセンをすぐさま装備する。


 相対するは、蜘蛛の女王アラクネ。


「あら、指揮官のお出ましかしら。てっきり見ているだけの臆病者かと思っていたわ」

「ふん」


 青臭いガキじゃねぇんだ。そんな安い挑発になんぞ乗ってやるかよ。


「聞いて驚け! 俺は芋虫族の王にして最強の戦士! パラサイトブラックワームだ!」


 ハッタリでも何でも良い。エルメスとシャネルが到着するまでの時間を稼ぐんだ。


「パラサイトブラックワーム……聞いたことないわね」


 当然だ。今考えたんだからな。


 だがアラクネは目を細め、じっとこちらを観察してくる。


「……ふーん。確かに貴方だけ色が違うわ。特殊進化した、ユニーク個体なのは間違いなさそうね」


 こいつ、モンスターのくせに頭が良い。ユニーク個体のことも理解している。厄介だな。


「でも、所詮は非力な芋虫。ユニークだろうと、このあちしの敵じゃないわッ!」

「あ、あっぶねぇッ!? いきなり何しやがんだッ!」


 喋ってる途中に、いきなり鋭い爪で仕掛けて来やがった。盾がなかったら、今頃死んでたぞ。


「げっ!?」


 今の一撃で(パイセン)がかなりダメージを負ってしまったみたいだ。やむを得ん。


「盾のリロードだ!」


 手にしていた盾を後方へ投げ捨て、新たな(パイセン)と交換する。後方に転がったパイセンは、すぐさま仲間に回収させ、白パイセンの回復魔法(ヒール)で回復させる。一連の流れを見て、アラクネが薄く笑った。


「ふふ」

「何がおかしい」

「そんな小細工がいつまで持つかしら?」

「……さぁな」


 保たせる気はない。こっちはてめぇみてぇな化物と、端から長期戦をする気なんて鼻くそ程もねぇんだよ。目的はただ一つ――時間稼ぎ。


 とにかく、今は一秒でも会話を続けて時間を稼ぐ。それが無理なら避けて避けて避けまくるだけだ。なに、ガキの頃は街のドッチボール大会で、ぬらりひょんと評されたこともあるこの俺だ。相手をバテさせて降参させた実力、とくと見せてやるぜ!


「しゅっ、と」


「ひょっ、と」


「あらよっ、と」


 軽口を叩きながらも、余裕は一切ない。直撃すれば即死、その綱渡りを続けているだけだ。一歩でも遅れれば終わり。それだけを頭に叩き込んで、次の一撃を先読みする。


「ちょこまかと鬱陶しい!」

「悪いな、おばさんの攻撃が遅すぎてつい避けちまった」

「なっ、誰がおばさんだぁッ! 美しきこのあちしによくもっ、よくもっ!」


 どうやら煽り耐性は無いようだな。しかし、ちょっと怒らせすぎたか? アラクネの纏う黒い魔力が目に見えるほど膨れ上がっていく。


 こりゃ……ちょっとやべぇな。


「このあちしを怒らせたこと、地獄で後悔させてあげるわッ!」


 次の瞬間、速度が跳ね上がった。反応が一拍遅れる。さっきまでとは比較にならない圧が押し寄せてくる。怒りでパワーアップするタイプかよ。そういうのは先に言っといてくれ。わかっていたら、ここまで煽らなかったのにっ!


「上等だッ! (パイセン)形状変化、剣だ!」


 このままアラクネの攻撃を盾で受け続けるのは良くない。さすがに青パイセンたちの肉体と体力に限界がくる。ならば、守りを捨てて攻めに転じる。接近戦に持ち込んで糸を使わせない。二刀流で手数を増やし、牽制で相手の動きを止めるんだ。


 短い触手で青い光剣を二本握りしめ、必死に振り回す丸っこい黒芋虫。我ながら、なかなかシュールな絵面だな。


「芋虫の分際でッ! オマエッ! 生意気なのよッ!」

「生憎と、年増なおばさんに優しくする趣味はねぇんだよッ!」

「また言ったわねッ!」


 ……ちっ。さらに速度が上がった。隙も増えているが、そんなもの関係ないくらいの圧だ。くそっ!


「――殺すッ! オマエだけは絶対に殺すッ! ――シュッ」

「やべっ!?」


 アラクネが吐き出した糸に引っかかってしまう。


「な、なんだこれ!?」


 ただの糸じゃない。粘着質の糸が絡みつき、力を吸われるような嫌な感触。引き剥がそうとするが、動きが止まる。


「これで終わりよッ! くそ芋虫ッ!」


 万事休す。また死ぬのか? せっかくの二度目の人生だったってのに、いくらなんでもあっけな過ぎるだろ。


 アラクネの影が覆いかぶさる。振り上げられた爪が、一直線にこちらへ落ちてくる。


 間に合わない。


 ここまでか――。


 その瞬間。


「サンダーボルトッ!」


 轟音と共に、閃光が戦場を切り裂いた。



 ◆



「来たか!」


 閃光が走った瞬間、アラクネがたまらず後方へ跳び退く。だが避けきれない。右腕が焼け落ち、黒く焦げた断面から煙が立ち上っていた。


「……間に合ったようですわね」


 ゆるやかになびく金髪を払って現れたのは、見慣れた魔法使いの少女――エルメスちゃんだ。金髪から迸る魔力の余韻が、まだ空気を揺らしている。


「マジで助かった……」


 思わず漏れた本音に、エルメスは一瞥だけ寄越す。


「呼ぶのが遅すぎますわ! 主が死ねば、寄生虫(わたくし)も道連れですのよ」

「悪かったよ」


 軽く返しながらも、背中に残る冷たい感覚が消えない。本当に、紙一重だった。


「謝罪は不要ですわ。その代わり――」


 エルメスの視線が、俺の足元に絡みつく糸へと落ちる。


「さっさと退いてくださいませ」

「……えーと、そうしたいのは山々なんだけどさ、見ての通り動けねぇん――」


 言い終わるより早く、エルメスが杖を振る。


「ファイヤーボール」

「ちょ、待――あ、あちゅッ!? あちゅッ!? な、なんでぇっ!?」


 一瞬で糸ごと焼かれ、体が跳ねる。遅れて水球が叩きつけられ、強制的に鎮火。


「ウォーターボール」


 じゅう、と煙が上がる。


「な、なにしやがんだぁッ!?」

「……動けますわね?」

「……ああ、まぁな」


 多少焦げた気はするが、拘束は解けた。しかし、危うく芋虫のこんがり焼きになってしまうところだったぞ。俺のぷりちーなお尻が焦げてるではないか……まったく。後で白パイセンに回復魔法(ヒール)をかけてもらわないと。


「では下がってください。邪魔ですわ」


 容赦がない。

 というかエルメスちゃん、俺の扱いひどくない? 街中じゃないんだし、そこまで忠実にエルメスちゃんを再現しなくてもいいんだけどな……。


「はいはい……下がります」


 軽く息を吐きながら後退する。その間も、視線はアラクネから外さない。


「ぐうぞがぁあああああああああああああああああッ!!」

「!?」


 うわっ。びっくりした。


 片腕を失ったアラクネが、ぎらりとこちらを睨みつけている。先ほどまでの余裕は完全に消え失せ、純粋な殺意だけが残っていた。


「なぜだ……なぜ人間が、芋虫などに肩入れするッ!」


 地を這うような声。空気が軋む。


「そりゃ、長いものには巻かれろって言うだろ? 俺はお前たち蜘蛛と違って、優秀だからな」

「貴様が、優秀だと! 寝言は寝てから言えッ! このクソ虫やろうがッ!」

「てめぇだってクソ虫じゃねぇか。それとも何か? その上半身は人間に憧れた結果か? 蜘蛛である誇りを捨てたてめぇなんぞに、クソ虫呼ばわりされたくねぇんだよ、このクソ虫野郎が」


 エルメスが、静かに一歩前に出た。


「付け加えるなら――こちらの方が"得"だからですわ」


 短く、冷ややかに。それだけで、アラクネの表情が完全に歪んだ。


「もう……いいっ。貴様だけはッ、必ずこの手で、切り裂いて、ぐちゃぐちゃにして、糞の中に放り込んでくれるわあァッ!!」

「ひいっ!?」


 地面が爆ぜる。残った腕と脚で強引に踏み込み、一気に距離を詰めてくる。


 ――速い。先ほどまでとは別物だ。


「エ、エルメスちゃん、来るぞ!」 「分かっていますわ」


 間に合わない。エルメスの詠唱が、ほんの一瞬遅い。


 アラクネの巨体が、こちらへと迫る。その脚が振り下ろされれば、終わる。


 そう確信した直後、空気を裂く音が背後から走った。


「……グッ……ッ……!」


 矢だ。一本、二本とアラクネの胴へ突き立ち、その動きをわずかに鈍らせる。だが、それだけだ。苦悶に顔を歪めながらも、勢いはまるで死んでいない。


「……ぐっ、マジかよッ!?」


 咄嗟に(パイセン)を構え、迫る脚を受け止める。衝撃が腕に食い込み、軋む感触が伝わってくる。このまま押し切られれば、(パイセン)ごと叩き潰される。


 その瞬間、視界に黒が割り込んだ。


「――下がって」

「す、すまん!」


 滑り込むように前へ出たシャネルが、短剣一本でアラクネの攻撃を受け流す。無駄のない動きで軌道を逸らし、力を殺すその手際は、場数の違いを嫌でも感じさせた。


「二人とも、避けて!」


 張り詰めた声と同時に、エルメスが杖を掲げる。次の瞬間、雷撃が一直線に走り、アラクネの胴を撃ち抜いた。閃光と轟音が一拍遅れて押し寄せる。


 だが――止まらない。


「無駄よォッ!」


 焼け焦げた肉の匂いを撒き散らしながら、なおも突進してくる。理性の欠片もない。ただ怒りだけで動いているその姿に、生理的な恐怖が込み上げた。


「ちっ……」


 舌打ちが漏れた、そのとき。


 不意に、アラクネの動きが止まる。


「……は?」


 違和感が脳裏をよぎる間もなく、奴は足元に転がる蜘蛛の死骸を掴み上げた。


 そして次の瞬間、迷いなく牙を立てる。


 ぐしゃり、と湿った音が響いた。


 肉を裂き、殻を砕き、体液を啜るその様子は、あまりにも無造作で、あまりにも当然の行為のようで――


 思考が一拍、遅れる。


 共喰い? なぜ、この状況で。


「なにして――」


 言葉が最後まで形になる前に、背筋を冷たいものが走った。


 まずい。あれは――


「エルメス! 今すぐ仕留めろッ!」

「?」

「今すぐだッ! 早くしろッ――――!」


 エルメスの魔力の流れが切り替わる。詠唱を破棄し、より速い術式へと移行する気配。


 だが、間に合わない。


 次の瞬間、視界が白に塗り潰された。


 アラクネの全身から、光が噴き上がる。暴れるように脈動しながら、その肉体を内側から作り替えていく光だ。焼け焦げていた皮膚が音もなく再生し、裂けていた肉が繋がり、欠けていた肢が滑らかに形を取り戻していく。


「マジかよ……」


 理解が追いつくより先に、確信だけがあった。


 ――こいつ、わかってやがった。


 自分が“届く位置”にいることを。

 だから喰った。躊躇いもなく、仲間すら餌に変えて。


 その結果が――これだ。


 光が、ゆっくりと収束していく。


 残ったのは、さっきまでそこにいたものとは似ても似つかない“何か”。


「……跪け」


 低く、しかしはっきりと響く声。


 その一言だけで、空気が沈んだ。重さを持った圧が、肺にまとわりつくように場を支配する。


「虫けらども」


 口元が歪む。その動き一つが、捕食者の余裕を雄弁に物語っていた。


「我が名は――アラクネクイーンであるぞ」


 誰も動けない。


 いや、動こうとする意思そのものが、押し潰されていく。


 ざわめいていた芋虫たちの気配が、嘘のように消えた。戦場全体が、音を失ったかのように静まり返る。


 俺も同じだった。


 身体が動かないわけじゃない。ただ、どう動けばいいのかが分からない。目の前にいる存在は、さっきまで相手にしていた“アラクネ”とは、明確に階層が違う。


 立っているだけで分かる。あれは、勝てる相手じゃない。


 全身が、本能のレベルで警鐘を鳴らしている。


 ――逃げろ、と。


「エルメス、まだやれるか」

「……問題はありませんわ。ただし」


 静かな声。だが、その奥に緊張が滲んでいる。


 エルメスの視線が鋭くこちらへ向けられる。


「次があるなら、早めに出してもらえますわね?」


 ……次の手。


 あるにはある。

 確実に、この場をひっくり返せる一手が。


 だが――あれを使えば、もう引き返せない。


「……ッ」


 奥歯を噛み締める。嫌でも理解していた。


 出し惜しみできる状況じゃない。

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