第15話 芋虫VS蜘蛛 その1
「みんな、聞いてくれ! 蜘蛛野郎たちがテリトリーを広げようとこちらに向かってきているんだ! すでに死傷者が多数出ている。このままだと時間の問題でここも蜘蛛たちに制圧されるんだ!」
ソファから飛び降りた俺は、そのまま巣の奥で押しくら饅頭している兄弟たちに向かって大声をあげた。
すると、群れの中から数匹の芋虫が人間の死骸を運びながら前に出てくる。
「な、なにしてんだよ?」
戦の前の腹ごしらえかと思ったのだが、違った。
芋虫たちは保存していた食料を、次々に巣の中央に集めはじめた。食糧を差し出す代わりに見逃してもらおうとしているのだ。
「……なさけない」
思わず漏れた声に、芋虫たちの動きがぴたりと止まった。
「それで助かると思ってんのか? 餌を差し出せば見逃してもらえる――そんな都合のいい話があるわけねぇだろ」
俺は巣の中央に積まれた死骸を一瞥し、ゆっくりと歩み寄る。
「いいか、あいつらは一度"ここに餌がある"と知ったら、何度でも来る。今日で終わりなんてことは絶対にない。仲間を連れてきて、数を増やして、最後にはこの巣ごと食い尽くす」
わざと間を置き、視線だけで全体を見渡す。
「その時、お前らがどうなるか分かるか?」
返事はない。だが、何匹かがわずかに身を震わせた。
「逃げ場なんてない。順番に捕まって、さっきの死体みたいになるだけだ。運が悪けりゃ、生きたまま卵を産みつけられて、中から食われる」
空気が一気に冷えた。
「それでもいいなら、そのまま餌でもなんでも差し出して、黙って食われてろ」
吐き捨てるように言い、俺は肩をすくめる。
「……でもな、俺はごめんだ」
声を落とし、しかしはっきりと言い切る。
「ここは俺たちの巣だ。生まれて、這い回って、生き延びてきた場所だ。それを、何もせずに明け渡すなんて、そんなくそダサい真似できるかよ」
ゆっくりと前に出る。
「数ならこっちが上だし、地形だって全部分かってる。やり方次第で、いくらでもひっくり返せる」
そこで初めて、強く言い放つ。
「戦えよ」
一瞬の静寂。
「食われる側で終わるか、それとも――喰う側に回るか」
視線を突き刺す。
「選べよ!」
――その時だった。
群れの中で一番小さな緑芋虫が前に出てきた。さっきまで他の連中の陰に隠れるようにして震えていたやつだ。
そいつが、体をめいっぱい反らせて――
「もきゅぅうううううううううううううううううッ!」
それに呼応するように、一匹、また一匹と同じように雄叫びを上げていく。
一匹の芋虫の行動が伝播して、気がつくと数百匹の芋虫が鬨の声を響かせていた。
「っんだよ……ちゃんと反骨精神あるんじゃねぇか」
さっきまで震えてたチビが、今は真っ先に前に出てやがる。巣を守るために立ち上がった兄弟たちを見て、俺もついつい口角を上げてしまう。
「よし! 前回同様、指揮は俺が取ってやる! 一切被害を出さずに勝利ってわけにはいかねぇが、数と地の利はこちらにある! くそったれの蜘蛛共にっ、芋虫族をなめたことを後悔させてやろうぜ! 兄弟!」
「「「もきゅぅううううううううううううううううう!」」」
俺は今思いつく限りの戦法と作戦を兄弟たちに伝え、速やかに移動を開始する。
「正面からやり合うな。個体差で潰される。だから――囲め」
まともに正面からやり合えば、個体差で返り討ちに遭ってしまう。芋虫と蜘蛛とではそもそもの強さが違いすぎる。
しかし、数では俺たち芋虫が圧倒している。いかに蜘蛛が強くとも、取り囲んでしまえばこちらにだって勝機はある。
なにより、ここは芋虫たちの縄張りだ。
「この通路、忘れてねぇよな?」
紫パイセンの溶解液でダンジョン内に掘り進めた、芋虫専用の移動ルート。細く入り組んだその道は、俺たちにしか使えない。換気ダクトのような通路を移動することで、敵に見つかることなく背後を取ることが可能となる。奇襲作戦にはもってこいの移動手段だ。
俺は先頭に立ち、通路へと飛び込んだ。狭い穴の中を滑るように進む。
体に馴染んだこの感覚――ここは完全に俺たちの庭だ。
「やっぱり強えな」
アラクネは単体でも強力なのだが、率いてきた蜘蛛の群れがさらに厄介だ。粘着性の糸で芋虫たちの動きを封じ、毒牙で仕留めていく。為す術もなく逃げまどう兄弟たちを助けるべく、俺は奇襲部隊を戦地へと送り込んだ。
「第一部隊、準備はいいか」
「もきゅ、もきゅっ!」
特殊信号による通信ができない俺は、連絡係の芋ちゃんを一匹連れている。そいつが俺の指示を兄弟たちに伝えてくれていた。普段ならモニタールームから遠隔で指揮を取るところだが、今回ばかりはそうもいかない。連絡のタイムラグが命取りになる。俺は芋ちゃんを連れて、戦場のすぐ脇まで出てきていた。
秘密のルートを辿り、蜘蛛たちの頭上から顔を出す赤パイセンたち。
「よし、そのまま待機。各員、俺の合図を待て」
ベストなタイミングで部隊を降下させるため、俺は様々な角度から入念に監視モニターをチェックする。
盤面を見ろ。
配置を確認しろ。
タイミングを測れ。
ガキの頃から散々やってきた戦略シミュレーションゲームと同じだ。ユニットを無駄にするな。ゴリ押しだけの脳筋蜘蛛野郎なんぞに負けてたまるか。
「指揮官の違いってやつを見せてやるぜ!」
俺は奥歯を噛んだ。
仲間が殺られていく姿を見て、怒りでどうにかなっちまいそうだった。
それでも耐えるんだ。
ここで冷静さを欠いてしまえば、全滅だってあり得る。
俺の判断ひとつで、芋虫族の未来が決まってしまう。
まだだ。
まだ堪えろ。
そして――
「今だ! 第一部隊、突撃だ!」
ぽん、ぽん、ぽん!
赤パイセンの捕食能力によって胃袋に潜んでいたパイセンたちが、一斉に蜘蛛たちの頭上へ――雨のように降り注いだ。
第一部隊による、決死の奇襲降下作戦――ファフロツキーズ再びである。
しかし、前回とは一味も、二味も違う。
頭上から一気に仕掛ける紫パイセン。彼らの触手には半透明な青い剣や盾が握られている。
青パイセンことスライム芋虫の形状変化によって作られた魔剣――芋虫ソードである。
「そのままぶった斬っちまえ!」
毒耐性を持つ紫パイセンならば、蜘蛛たちの毒牙を受けても耐えられると踏んだ。この読みは見事的中。武器を持たない蜘蛛たちを押し始めていた。
対冒険者用に考えていた変則戦術が、まさかこんな形で役に立つとはな。
「A〜C班、右から回り込め!」
「D〜F班、逆側だ! 挟め!」
「GとHは盾を構えて前に出るな! 回復班、止めるな!」
「赤パイセン、敵が固まったら一斉放射だ――カウント開始! 5、4、3、2、1、撃てぇええええええッ!!」
――豪ッ!
凄まじい轟音とともに吐き出された業火が、四方から蜘蛛たちの頭上に降り注ぐ。戦場はあっという間に火の海と化した。辺りは阿鼻叫喚の嵐。為す術もなく逃げ惑う蜘蛛たちを、緑芋虫たちの粘着糸が絡め取るように動きを封じていく。
正面から当たらず、囲んで、削って、火で仕留める。一匹一匹は非力だったとしても、知恵を振り絞り、力を合わせれば、ジャイアントキリング――番狂わせは必ず起こる。
「止まるな! 止まったやつから死ぬぞ!」
勝った。
そう確信した、その時――
視界の端で、何かが動いた。
――ぐしゃり。
音がした。
振り向く。
そこにいたのは――さっき最初に前に出た、あの小さな緑芋虫だった。
体が、潰れている。
上半分が、消えていた。
「……は?」
遅れて、理解が追いつく。
気づいた時には、もう終わっていた。
アラクネは残骸を一瞥し、興味なさそうに脚で払いのけた。それだけだった。
あのチビが一番最初に前に出たのに、俺は守れなかった。
「どこ見てんのよ」
頭上から声がした。
見上げる。
炎の中、悠然と佇む女。長い脚。艶やかな上半身。そして、その下でうねる巨大な蜘蛛の胴体。
蜘蛛の女王――アラクネである。
「くそっ」
次の瞬間。見えなかった。ただ、風だけが通り抜ける。気づけば、前線にいた紫パイセンたちがまとめて消えていた。遅れて、断面がずるりと崩れ落ちる。
切られたことにすら、気づけなかった。
「図に乗るんじゃないわよ、芋虫如きがッ! あちしたち蜘蛛族に逆らおうなんて、百万年早いのよッ!」
アラクネの登場により、戦場はまたたく間に攻守一転。芋虫ちゃんたちが次々と倒れていく。
強い、とかそういう話じゃない。
格が、違う。
「――魔導班、もう一度ファイヤーボールだ! 撃てぇええええええッ!」
轟音と共に再び吐き出される業火球。
だが――
「うそだろッ!?」
アラクネは軽く腕を振った。それだけで、空中に張り巡らされた糸が瞬時に網を形成する。
解き放たれたファイヤーボールは、あっけなく蜘蛛の巣に絡め取られ、やがて消失した。
「なっ、なんでぇッ!?」
蜘蛛の巣程度でファイヤーボールが掻き消された!? それくらい焼き切ってくれよ! あれはただの炎じゃない、エルメスの魔法――ファイヤーボールなんだぞ!
理解が追いつかない。
俺は急いでエルメスに同調し、理由を知るべく記憶にダイブした。
エルメスの記憶。
魔法学校時代の授業風景――その記憶にアクセスする。
「くっ……マジかよ」
魔物が生み出す糸には魔力が込められており、魔力と魔力がぶつかった際は、相性――性質×魔力量によって勝敗が変わる。火と糸だと、相性的には火に軍配が上がる。問題はアラクネの糸に込められた魔力量が、エルメスのファイヤーボールを遥かに上回っていたということだ。
その結果、ファイヤーボールはアラクネの糸に絡め取られてしまう。
「……まずい、な」
このままでは押し切られる。
そうなれば全滅も免れない。
アラクネが、笑っていた。
余裕の笑みで、俺たちを狩る側の目で見下ろしている。
しかし――その視線が、ふと俺のいる方向で止まった。
「……あら?」
首を傾ける。まるで珍しいものでも見つけたように。
「あちし、芋虫が指揮を取ってるの、初めて見たわ。さあて、どこから壊してあげようかしら?」
「くっ……」
手は、ある。
ただ使いたくなかっただけだ。
「仕方ない」
使いたくなかった理由は二つある。
一つは、エルメスとシャネルをここに呼び込むリスク。
もう一つは――シャネルには、絶対に見せたくなかったものを使うことになるからだ。
「全員、俺の指示があるまで下がれ。――奥の手を使う」
だが、今はそんなことを言っている場合ではない。
俺は奥の手その一を使うことにした。




