表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
原力の殉教者  作者: とりまな
手がかりの糸
PR
69/70

母の言葉

――――――――――――


 暗号メモ正本の最終段落。


 カエルは机の上に正本を広げ、蝋燭の灯りの下で残る暗号に挑んだ。第19話の深夜に解読した「この知識は世界のものだ」の後に、まだ数行の暗号が続いていた。最も複雑な暗号構造。母が全力で隠した最後のメッセージ。


 時間をかけた。三晩。古代語の語源辞典と、母の暗号パターンの癖を交差させ、一文字ずつ解いた。


 そして——最終段落の全容が、浮かび上がった。


――――――――――――


「この研究ノートの完全版は、私の研究室——すなわちSの住居——に隠してある。壁の奥、古代の封印様式で。簡単には見つからない。しかしカエル、お前なら辿り着ける」


 カエルの手が止まった。


 Sの住居。


 S——シルヴィア。


 母の住居。


 カエルの脳裏で記憶が組み替わった。マグヌスの住居——あの建物は大学の敷地内にある古い石造りの一軒家だ。マグヌスが長年使っている。周囲の建物より古く、壁の石材も年代が異なっている。


 母がヘスペリア大学に在籍していたのは——3150年代から3170年。マグヌスの研究室のある建物は——大学の記録によれば、その時代には「女性研究者用の住居」として使われていた。


 カエルは目を閉じた。


 ——母は、あの建物に住んでいた。今のマグヌスの研究室——鍵のかかった部屋がある、あの建物に。


 母が「Sの住居に隠した」と書いた研究ノートの完全版は——あの建物のどこかに、古代の封印様式で隠されている。


 そしてマグヌスは——おそらく、それを発見した。発見し、鍵の部屋に移した。


 全てが——繋がった。


――――――――――――


 暗号メモの最後の一行を、カエルは声に出さず読んだ。


「カエル。お前がこの暗号を解いたということは、お前は私が思った通りの人間に育ったということだ。真実を恐れない人間に。——母より」


 長い沈黙。蝋燭の炎が揺れている。


 カエルは正本をゆっくりと巻き、保護管に収めた。


 全ての解読が——終わった。


――――――――――――


 次にカエルは、机の引き出しから小さな革袋を取り出した。


 中身を確認する。暗号メモ正本の写し。各地で集めた証言の記録。筆跡の照合メモ。出版記録の空白期間のリスト。後見人申請日付の記録。ヴェリウスの通信記録の写し。碑文の書き写し。


 全ての資料を——隠す必要がある。


 万が一、マグヌスがカエルの調査に気づき、先手を打ってきた場合。カエルの部屋が捜索される可能性がある。資料を一箇所に置いておくのは危険だ。


 カエルは革袋を持ち、部屋を出た。


 深夜の廊下を歩き、大学の敷地内にある古い礼拝堂に向かった。かつて使われていた祈りの部屋の床石の下——カエルだけが知っている空間。古代語の封印を施し、革袋を収めた。


 ——これで、もし俺に何かあっても。


 ルーナなら見つけられる。妹も古代語の心得がある。カエルの封印パターンを知っている。


 最悪の場合への——保険。


――――――――――――


 自室に戻った。


 窓の外が白み始めていた。


 東の空に——テセラ海の水平線が灰色から青に変わり始めている。星が一つ、また一つと消えていく。


 カエルは窓辺に立った。


 全ての糸が、一つの場所に収束した。


 鍵のかかった部屋。


 母が研究ノートを隠した建物。マグヌスがそれを見つけ、封じた部屋。教会魔法と精霊魔法の二重の残留痕跡が漏れる部屋。


 あの部屋を——開ける。


 カエルは深く息を吸った。冷たい夜明けの空気が肺を満たした。


 覚悟は、とうに決まっている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ