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原力の殉教者  作者: とりまな
手がかりの糸
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友との別れ

――――――――――――


 アウレリウスの留学期間が終わった。


 カエルはその知らせを大学の掲示板で見た。「ルクス帝国からの交換研究生アウレリウス・ヴァレンス、本学での研究期間を満了。帰国は今月末」。


 今月末——あと五日。


 カエルは掲示板から目を離し、屋上に向かった。


――――――――――――


 最後の夜。


 大学の屋上は、ヘスペリアで一番空に近い場所だった。テセラ海から吹き上がる風が強く、外套の裾が靡いた。石造りの欄干に背をもたせて、アウレリウスが既に立っていた。


「遅い」


「すまん」


 カエルは隣に立った。眼下にヘスペリアの夜景が広がっている。白い屋根が月光に浮かび、港の灯りが海面に細い柱を立てていた。


 アウレリウスは腕を組み、海を見ていた。風が金髪を乱している。


「お前、大変なもの抱えてるだろう」


 前置きなしだった。カエルは黙った。


「ルーナとも上手くいってないみたいだし。食堂で何回か見かけたが、あの雰囲気は普通の兄妹喧嘩じゃない」


「……ああ」


「話せる範囲で、聞かせろ」


 カエルは欄干に手をかけた。石が夜の冷気を帯びて、指先が冷たかった。


 話した。全てではない。「フクロウ」という名は出さなかった。だが——母の死の犯人の手がかりが見えてきたこと。証拠を積み上げてきたこと。そして、お師匠様の鍵の部屋に忍び込もうとしていること。


 アウレリウスは黙って聞いていた。途中で一度も口を挟まなかった。


 カエルが話し終えた後、長い沈黙があった。


――――――――――――


「カエル」


 アウレリウスの声が変わった。軽口を叩く時の声ではない。真剣な、低い声。


「一つ、言っておくことがある」


「何だ」


 アウレリウスがカエルに正面から向き合った。月光が友人の顔を照らしている。碧い目が、まっすぐにカエルを見ていた。


「お前の両系魔法——教会魔法と精霊魔法の両方を使えること——俺の本国では、異端だ」


 ——異端。


 初めて、直接的に言われた。


 知らなかったわけではない。ルクス帝国の教科書は教会魔法のみを正統とし、精霊魔法は異端に近い扱いだった。両方を使う者は——制度上、存在しないことになっている。


 だが、友人の口からその言葉を聞くのは——別の重みがあった。


「それでも——俺はお前の友だ」


 アウレリウスの声は揺るがなかった。


「ルクスの教義がなんだろうと。お前が何を使おうと。それは変わらない」


 カエルは何も言えなかった。喉が詰まった。


「だから——約束しろ。道を踏み外しそうになったら、俺に言え。一人で全部背負って、壊れるなよ」


 アウレリウスが手を差し出した。


 カエルはその手を見た。


 大きな手だった。剣術の訓練で硬くなった掌。この手が——カエルが「異端」であることを知った上で、差し出されている。


 握った。


 固い握手。長い握手。


「……ありがとう」


「黙れ。友達に礼を言うな」


 アウレリウスが笑った。いつもの、不敵な笑み。


――――――――――――


 しかし——カエルは全てを話さなかった。


 フクロウのこと。鍵の部屋への侵入。暗号メモの正本。母の遺志。これから自分がやろうとしていること。


 何一つ——話さなかった。


 アウレリウスが去った後、カエルは屋上に一人残った。


 風が吹いている。


 「一人で背負うなよ」——友人の言葉が耳に残っている。


 だが——これは、一人で背負うしかない。


 アウレリウスを巻き込むわけにはいかない。「異端」だと知った上で友であり続けてくれる男を——恩人を裏切る行為に引きずり込むわけには。


 カエルは欄干から離れた。


 階段を降りる足音が、石壁に反響した。


 友を送り出した。妹との間に沈黙がある。師匠との探り合いが続いている。


 ——残された時間は、少ない。

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