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原力の殉教者  作者: とりまな
手がかりの糸
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沈黙の日々

――――――――――――


 告白から三日が経った。


 ルーナはカエルを避けていた。


 食卓では隣に座るが、目を合わせない。言葉を交わすのは「おはよう」と「おやすみ」だけ。それも義務のように短く、感情の乗らない声で。皿の音と、咀嚼の音と、沈黙だけが食卓を満たした。


 マグヌスは気づいている。


 朝食の席で、師匠が穏やかに言った。「二人とも、最近元気がないな」


「何でもありません」——カエル。


「何でもないです」——ルーナ。


 同時に答えた。マグヌスは微笑んだが、その目が一瞬だけカエルの上に止まった。観察する目。カエルはその視線を正面から受けた。


――――――――――――


 午後。マグヌスがカエルを書斎に呼んだ。


「カエル。ルーナと何かあったか」


 師匠の声は柔らかい。心配する父のような口調。カエルは師匠の目を見た。穏やかな灰色の瞳。この目が——嘘をついているのか。


「意見の相違です。すぐに収まります」


「そうか」


 マグヌスは頷いた。しかし——視線を外さなかった。


「旅で何を見つけた?」


 軽い口調。だがカエルは、その問いの重さを感じ取った。


「古い文書をいくつか。母さんの足跡を辿っていました」


「シルヴィアの……」


 マグヌスの表情が、ほんの一瞬だけ動いた。目の周りの筋肉がわずかに緊張し、すぐに元に戻った。


「そうか。お前の母は素晴らしい研究者だった。……何か面白いものは見つかったかい?」


「いくつか」


 カエルはそれ以上言わなかった。マグヌスも——追及しなかった。


 書斎を出る時、背中にマグヌスの視線を感じた。重い。鋭い。


 ——探り合い。まだ続いている。


――――――――――――


 夜。


 カエルは自室の机に向かった。蝋燭を一本だけ灯し、暗号メモの正本を広げた。


 解読できていない最後の部分。暗号の構造が、前半とは微妙に異なっている。母が何重にも防護をかけた箇所。最も重要な情報が記されているはずの段落。


 カエルは古代語の語彙表と照合しながら、一文字ずつ解きほぐしていった。


 深夜。蝋燭が半分になった頃。


 最後の段落の核心部が——浮かび上がった。


「この知識は世界のものだ。一人の者が独占してはならない。もし私に何かあっても——カエル、お前ならこの暗号を解ける。お前に託す」


 ——母さん。


 カエルの手が震えた。


 母は最初から——カエルに託していた。暗号の鍵が古代語であること、そしてカエルが古代語に才能を示すであろうこと——母は見抜いていたのか。十年以上前に。


「この知識は世界のものだ」


 復讐ではない。


 母が守ろうとしたもの——それは原力の知識が、正しい形で世に出ることだった。一つの組織にも、一人の学者にも独占されず、教会と精霊術師の両方に——いや、全ての人間に属する知識として。


 カエルの目から——涙が一筋落ちた。


 碑文を読んだ時とは、違う涙だった。あの時は知的な昂揚と母への敬意だった。今は——母の声が直接聞こえた痛みだった。十年ぶりに聞いた、母の声。


「……わかったよ、母さん」


 カエルは涙を拭った。


 復讐。母の遺志。その二つがカエルの中で絡み合っている。分離できない。マグヌスへの怒りは消えていない。しかしその怒りの先に——もっと大きな目的が見えた。


 統一力場理論を、世に出す。母が命をかけて守った知識を。


 しかしまず——鍵の部屋だ。


 暗号メモ正本を保護管に収め、懐にしまった。窓の外を見た。月が高い。ルーナの部屋の灯りは——消えている。


 明日も妹は目を合わせないだろう。


 それでも。


 ——ルーナ。お前にも、いつか分かる時が来る。

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