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原力の殉教者  作者: とりまな
手がかりの糸
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第二の証人

――――――――――――


 鉄の教会の研究棟は、鉄背山脈の東麓に建てられた石造りの要塞だった。


 巨大な鍛鉄の門扉。壁には地底族の文様が彫り込まれ、門柱の上に精霊鍛造された金属の彫像が据えられている。鉄の教会は三教の中で最も小規模だが、地底族の鍛造技術と鉱脈の支配力により、軍事的には侮れない存在だ。


 カエルは門の前に立った。


 門番が二人。地底族の戦士だ。低い背丈に不釣り合いなほど太い腕。鍛鉄の槍を構え、カエルを見上げている。


「何用だ。ここは鉄の教会の研究施設だ。部外者の立ち入りは許可されていない」


「ヴェリウス先生に面会したい。学術上の相談がある」


「紹介状は」


 持っていない。カエルは一瞬迷い——そして、手のひらに微かな光を灯した。


 左手に蒼い微精霊の光。右手に金色の微念の光。同時に。


 門番の目が見開かれた。


「——両系か。お前、シルヴィアの子か?」


 名前を出してもいないのに——門番はその名を知っていた。


「母を知っているのか」


「知らん者がいるか。両方の力を使う森人混血の女学者。鉄の教会の古い学者たちの間では伝説だ」


 門番は槍を下ろし、中に使いを出した。数分後、門が開いた。


――――――――――――


 研究棟の内部は、大学の建物とは対照的だった。


 壁面は全て鍛鉄で覆われ、天井からは鎖で吊るされた金属のランプが揺れている。廊下には精霊鍛造のサンプルが展示されており、微精霊の光が金属の表面で踊っていた。空気には微かに鉄と硫黄の匂いが漂っている。


 案内された部屋には、一人の老学者が待っていた。


 ヴェリウス。痩せた顔に深い皺、白髪交じりの灰色の髪。だが目は——鋭く澄んでいた。カエルを見た瞬間、その目に認識の光が走った。


「やはり来たか」


 ヴェリウスの声は低く、掠れていた。


「座りなさい。話が長くなる」


――――――――――――


 ヴェリウスは大学の古い研究チームの元同僚だった。


 3150年代、彼らはヘスペリア大学の同じ学部に在籍していた。ヴェリウスは精霊鍛造術の研究者。そしてその中に、本名を明かさず『フクロウ』とだけ呼ばれる謎の学士がいた。


「あの『フクロウ』は——天才だったよ」


 ヴェリウスは卓の上のカップに視線を落とした。


「魔法理論の統合において、彼に並ぶ者はいなかった。だがその天才には——異常な執着があった」


「何に対して」


「力の独占。あの男は——自分だけが到達できる知識の頂を求めていた。共有を嫌い、競争相手を排除し、全ての発見を自分の手中に収めたがった」


 ヴェリウスはカップを持ち上げ、一口飲んだ。手が微かに震えていた。


「お前の母——シルヴィアが原力を発見した時、フクロウはそれを自分のものにしようとした。シルヴィアが公開を主張すると——決裂した」


「それは暗号メモにも書かれていました」


「メモを読んだのか。そうか——」


 ヴェリウスの目が、カエルを改めて見つめた。


「ならば——ここからが、お前が知らないことだ」


――――――――――――


 ヴェリウスが語ったのは、かつてフクロウが企てていた実験計画だった。


 原力を理論で理解するだけでは、彼は満足しなかった。実際に原力を操作し、微念と微精霊を統合した術式を構築する——それが最終目標だった。


「しかし原力の操作には——特殊な条件が必要だった」


「何だ」


「両系魔法の使い手。教会魔法と精霊魔法の両方を行使できる人間でなければ——原力に触れることすらできない。奴は教会魔法の使い手であって、精霊魔法は偏っていた。自分では——実験ができなかった」


 カエルの血が冷えていく。


「最適な実験体は——」


「両系魔法の使い手。できれば、幼い頃から両方の力を使い慣れている者。何らかの特異な素養を持つ者だ」


 部屋の空気が凝固した。


「カエル。お前たちがマグヌス教授の保護下に入れたのは偶然の幸運かもしれない」


 ——知っていた。心のどこかでは。暗号メモの「引き取り」の文脈。フクロウが裏で糸を引いていた可能性。


 だがヴェリウスの次の言葉が、カエルの世界を砕いた。


「フクロウがお前の後見人申請を偽名で大学の事務局に提出したのは——シルヴィアの死の二日前だ」


 二日前。


 母が殺される——二日前。


 カエルの身体が傾いた。椅子の背もたれに体重を預け、天井を見上げた。金属のランプが揺れている。視界がぼやけた——涙ではなかった。目の奥で何かが凍りつくような感覚。


 二日前。


 後見人申請は——引き取るべき孤児が存在しなければ意味がない。二日後に母が死ぬことを——知っていた。あるいは、二日後に母が死ぬように——手を打った。


「……証拠は」


 自分の声が遠くに聞こえた。


「通信記録の写しがある」


 ヴェリウスが引き出しから封筒を取り出し、卓の上に置いた。


「鉄の教会の記録保管室から、合法的に複写した。奴が大学事務局に送ったと思われる後見人申請書と、シルヴィアの死亡届の日付照合。二日のずれは——動かない」


 カエルは封筒を受け取った。指先の感覚がなかった。


「証拠として使え。しかし気をつけろ——奴は恐ろしい男だ。自分の目的のために、何人も排除してきた」


「——同僚たちも」


「大半は——脅迫で黙らされたか、消された。私が生きているのは、鉄の教会に逃げ込んだからだ」


 ヴェリウスの目が曇った。


「お前たちがマグヌス教授の保護下に入れたのは偶然の幸運かもしれない。忘れるな」


 カエルは封筒を外套の内側にしまった。


 立ち上がった。膝が——震えなかった。目の奥で凍りついた何かが、身体を支えていた。


「ありがとうございます。ヴェリウス先生」


 部屋を出る前に、ヴェリウスが最後に言った。


「カエル。お前たちがマグヌス教授の保護下に入れたのは偶然かもしれない——しかし、お前の力は本物だ。それだけは——信じろ」

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