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原力の殉教者  作者: とりまな
手がかりの糸
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廃都の文書館

――――――――――――


 テセラ海を渡った先に、死んだ街があった。


 かつてはカイロスの学術拠点の一つだったという。三教の紛争が——正確には、西方ルクスと東方教会の勢力争いに鉄の教会が介入した三つ巴の抗争が——この街を廃墟にした。石造りの建物は壁が崩れ、通りには雑草が伸び放題になっている。図書館だった建物の正面階段に、焼け焦げた柱が斜めに倒れかかっていた。


 カエルは廃墟の中を慎重に進んだ。


 地上の建物は破壊されているが、マグヌスが言った通り、地下の文書館は残っているはずだ。入口を探す。崩落した回廊の瓦礫の下に、半分埋もれた階段を見つけた。


 古代語の罠が仕掛けてあった。


 階段の入口に、侵入者を阻む術式が編まれている。分化以前の古代語で構築された封印——精霊魔法にも教会魔法にも反応する二重の防壁だ。普通の魔法使いなら片方しか感知できず、もう一方の罠に引っかかる。


 カエルには両方が見えた。


 精霊魔法の知覚で微精霊の糸を辿り、教会魔法の知覚で微念の結び目を解く。二つの操作を同時に行い、封印を無効化した。冷たい空気が地下から吹き上がる。


――――――――――――


 地下文書館は予想以上に広大だった。


 天井の低い石室が蜂の巣のように連なり、壁面に木製の棚が設置されている。棚には革装の書物や羊皮紙の束が詰まっていたが、多くは湿気でカビに覆われていた。


 カエルは微精霊に光球を灯させ、書架の間を歩いた。閲覧記録を探す。大学の文書館であれば、訪問者の記録が残っているはずだ。


 管理室を見つけた。小さな石室で、棚にこの場所を管理していた司書——おそらくもう生きてはいない——の記録簿が並んでいた。


 年代順に並んだ閲覧台帳。埃を払い、ページをめくる。


 統一暦3160年の項目。


 ——署名:シルヴィア。閲覧文書:「原力に関する古代の記述」(第二書庫C列7段目)


 母の筆跡だった。


 カエルの指が、その文字の上を滑った。丸みのある、しかし理知的な筆運び。幼い頃、母が食卓で書き物をしていた姿が浮かんだ。ランプの灯りに照らされた銀に近い髪、羊皮紙の上を走るペン——あの繊細な手が、ここにも痕跡を残していた。


 さらに確認する。3162年にも署名がある。二度訪問していた。


 同じ時期の台帳を丹念に調べた。


 ——3161年。別の署名がある。


 しかし、その名前は黒い墨で塗り潰されていた。


 誰かが——意図的に名前を消している。カエルは光球を近づけ、墨の下を透かし見ようとした。完全に消されていて、個々の文字は判読できない。だが——筆跡の癖は墨の下にも残っていた。


 文字の傾き。横棒の跳ね方。筆圧の強弱パターン。


 カエルはその筆跡の特徴を、一つ一つ記憶に刻んだ。いつか——この筆跡を別の文書と照合する時が来るかもしれない。


――――――――――――


 閲覧台帳が示した文書を探しに、第二書庫に向かった。


 C列7段目。革装の書物が三冊、羊皮紙の束が一つ。古代語で書かれた文書群だ。母が閲覧した——原力に関する古代の記述。


 カエルは書物を手に取り、ページをめくった。紙は脆くなっているが、古代語はまだ読める。


 ——「力は一つであった。信じる力と感じる力は、同じ源から流れ出ていた。我をは——」


 ここで文が途切れている。虫食いか、あるいは経年による劣化。だが——辺境村の遺跡の碑文と同じ主題だ。分化以前の原力についての記述。


 母はこの文書を見て、自分の発見が古代人の知恵の再発見であることを確認したのだろう。新発明ではなく——再発見。かつて知られていた真実が、教会と精霊学の分化の歴史の中で忘れ去られた。


 カエルは書物を棚に戻し、文書館の奥へ進んだ。


――――――――――――


 文書館の最深部で、カエルは足を止めた。


 光球の灯りが、壁の一面を照らしていた。碑文だ。廃都の学者たちが壁に直接刻んだ古代語の碑文。その表面に手を触れると、古い——非常に古い——微精霊の残滓が指先に伝わった。


「これは——」


 碑文の末尾に注記があった。


 ——「この碑文の対偶は、鉄背山脈の鍛冶場最奥に刻まれている。二つを合わせて読め」


 カエルは碑文の写しを取った。


 光球が揺れ、壁の文字に影を落とした。母がここに立ち、同じ碑文を読み、同じ注記に従って鉄背山脈に向かったのだ。


 ——母さん。


 カエルは初めて、「母」ではなく「一人の研究者」としてのシルヴィアの姿を実感した。


 自分が知っていたのは「母親のシルヴィア」だった。子守唄を歌い、両系魔法の使い方を教え、暗号メモを隠してくれた——母。しかしここに足跡を残したシルヴィアは、母ではなく学者だった。大陸を旅し、古代の知識を掘り起こし、歴史に埋もれた真実を再発見した——一人の卓越した研究者。


 その研究者を——誰かが殺した。


 胸の奥で、何かが芽吹くのを感じた。怒りだ。しかし爆発的ではなく、根っこのように深いところから、静かに、しかし確実に伸び始める怒り。


 カエルは碑文の写しを外套の内側にしまい、地下文書館を後にした。


 廃墟の地上に出ると、夕暮れの光がまぶしかった。瓦礫の間から雑草が風に揺れている。


 ——対になる碑文が鉄背山脈にある。


 次の目的地は決まった。

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