友の帰還
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アウレリウスの一時帰国が決まった。
統一暦3195年の初春。テセラ海に吹く風がまだ冷たい三月の朝、アウレリウスがカエルに告げた。
「来月の船に乗る。ルクスからの短期召集だ」
大学の中庭だった。石畳の隙間に苔が生え、冬を越した灌木が新芽を出し始めている。二人はベンチに並んで座り、それぞれ手に温かい飲み物を持っていた。
「そうか」
カエルは短く答えた。
留学期間の延長手続きの最中だったが、ルクスの聖騎士団がアウレリウスに一度本国へ戻って報告するよう命じているのだ。
「早いな」
「ああ。早い」
しばらく、二人は黙って飲み物を啜った。中庭に小鳥が来て、石畳の上を跳ね回っている。
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港の通りを歩きながら、二人は話した。
「ヘスペリアはいい街だった。飯が美味い」
「ルクスはどうなんだ」
「パンが硬い。だが祈りの声が美しい。朝の聖堂で千人の聖歌が響くと──世界が光に満ちているように感じる」
「お前らしい」
アウレリウスが足を止めた。
港の防波堤に立ち、テセラ海を見つめた。水平線に雲が白く連なり、カモメが鳴きながら旋回している。
「カエル」
声の調子が変わった。
カエルはアウレリウスの横顔を見た。真剣な表情だった。
「お前の両系魔法は──俺の本国では異端だ」
異端。
その言葉を、アウレリウスが直接口にしたのは初めてだった。
二人の間に、一瞬の沈黙が落ちた。波が防波堤を打つ音だけが聞こえた。
「……知ってた」
カエルは海を見たまま答えた。
「ルクスから来た留学生が──俺を放置するわけないだろ」
アウレリウスが驚いた顔をした。そして──苦笑した。
「いつから気づいていた」
「最初からだ。聖騎士候補生が学術交流だけのために海を渡るか? おかしいと思わない方がどうかしてる」
「……敵わんな」
「怒ってないぞ。お前が監視者だったとしても──俺の友であることに変わりない。そうだろう」
アウレリウスは黙った。
波が防波堤を越え、石の上に泡を残して引いていった。
「──ああ。そうだ。お前は俺の友だ」
カエルが笑った。アウレリウスも笑った。
だが──アウレリウスの目の奥には、笑いきれない苦さが残っていた。任務を完全には放棄できなかった。報告書は書き続けた。能力の核心は伏せたが──それでも、友の情報をルクスに流した事実は消えない。
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港の石段に並んで座った。
夕日がテセラ海を染め、水面が金色に輝いている。
「一人で背負うなよ」
アウレリウスが言った。
「何の話だ」
「全部の話だ。妹のこと。母親のこと。復讐のこと。──お前は一人で背負いすぎる」
カエルは黙った。
「約束しただろう。道を踏み外したら止める。だが──俺がいない間は、誰がお前を見ている?」
「俺は大丈夫だ」
「それが一番信用できない台詞だ」
カエルは笑った。否定できなかった。
「お前もな。ルクスに戻って──聖騎士団に何を報告するつもりだ」
アウレリウスの表情が僅かに強張った。
「……必要なことだけだ」
「そうか」
それ以上は聞かなかった。
二人は固い握手を交わした。
「また会える」
「ああ。必ず。手続きが済めば、数ヶ月で戻る」
アウレリウスの手は温かかった。
聖騎士候補生の手──剣を握り、祈りを捧げ、友の手を握る。その手が、明日には海の向こうへ去る。
夕日がテセラ海に沈み、空が紫に変わっていった。




