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原力の殉教者  作者: とりまな
第2章 師のもとで
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暗号への気づき

――――――――――――


 祝祭の余韻が街から消えた頃、カエルは久しぶりに母の遺品箱を開けた。


 自室の棚の奥にしまってある木箱だ。蓋には微かな傷がついていて、角が擦り減っている。辺境の村から持ち出した、数少ない持ち物の一つ。


 箱の中には、母の私物が入っていた。古い髪留め、乾燥した花の押し葉、そして──数枚の羊皮紙。


 カエルは羊皮紙を一枚ずつ取り出した。


 ほとんどは家庭用の覚え書きだった。薬草の調合法、季節の祭事の日付、村の住民への贈り物のリスト。母の丸い字が、薄れたインクで書かれている。


 だが──一枚だけ、異質なものがあった。


 字が違う。母の日常の字ではなく、細く硬い──研究者の字だ。行間が詰まり、余白に図形のような記号が走り書きされている。


 そして──文字が読めなかった。


 少なくとも、昔は読めなかった。


――――――――――――


 カエルは羊皮紙を机の上に広げ、蝋燭を近づけた。


 文字は古代語で書かれていた。しかし通常の古代語ではない──一部の文字が入れ替えられ、単語の順序が崩されている。暗号化されている。


 十三歳でヘスペリアに来たとき、これは意味不明の落書きにしか見えなかった。


 だが──十年経った今のカエルの古代語能力は、当時とは比較にならない。


 精霊学の授業で古代語のテキストを原文で読み、ティベリウス教授の下で古代語の語源研究に触れ、マグヌスとの訓練で古代語の詠唱を何千回と繰り返してきた。


 暗号の構造が、うっすらと見える。


 カエルは紙とペンを取り出し、文字の置換パターンを書き出し始めた。


 三番目ごとに文字がずれている。母音が別の母音に置き換えられ、子音の順序が反転している──古典的な暗号術式だが、古代語の深い知識がなければ解けない。


 一時間が経った。


 最初の一文が──断片的に、浮かび上がった。


「微念と微精霊は……同じ……」


 カエルの手が止まった。


 心臓が跳ねた。


 微念と微精霊は、同じ──何だ?


 続きの解読を試みた。だが暗号の後半はさらに複雑で、今の知識では完全には解けない。断片的な単語が見えるだけだ。「源流」「収束」「統一された──」


 意味がまだ完全には取れない。


 だが──衝撃は十分だった。


「母さんは──何を知っていた?」


 カエルは椅子の背にもたれ、天井を見つめた。


 微念と微精霊が「同じ」だという仮説。カエル自身が、訓練の中で体感的に感じていたことだ。二つの力が「一つの流れになる」感覚。決闘祭の決勝で無意識に編み上げた複合術式。


 母は──それを理論として知っていたのか。


 辺境の村で、誰にも知られず、暗号で隠して。


 なぜ──暗号にする必要があったのか。


 なぜ──隠さなければならなかったのか。


――――――――――――


 カエルは羊皮紙を元の箱にしまった。


 解読を続ける。まだ時間がかかるが、必ず全文を読み解く。


 だが──今はまだ、誰にも言わない。


 この暗号メモの存在を、マグヌスにも、アウレリウスにも、ルーナにも──まだ打ち明ける段階ではない。


 確証が必要だ。


 カエルは蝋燭を消し、暗い部屋の中でしばらく座っていた。


 母さんの死。辺境の村への放逐。暗号化された研究メモ。


 すべてが繋がっている。


 そう直感した。

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