祭りの夜
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大会の夜、ヘスペリアの街は祝祭に沸いていた。
通りという通りに露店が並び、魔法の灯りが色とりどりに揺れている。焼いた魚と香辛料の匂いが混ざり合い、テセラ海から吹く夜風が提灯の列を揺らしていた。
カエルはアウレリウスとルーナの三人で、雑踏の中を歩いていた。
「兄さん、あれ見て。あのお菓子、すごく大きい」
ルーナが屋台を指差した。蜜をかけた揚げ菓子が山のように積まれている。二十歳になったルーナは背が伸びたが、甘いものを見る目は子供の頃と変わらない。
「買ってやるよ」
「えっ、いいの?」
「今日は祝い事だ」
カエルは銅貨を出し、揚げ菓子を三つ買った。ルーナは一口齧って目を丸くし、アウレリウスは「これは甘すぎる」と言いながら完食した。
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港に近づくと、空に魔法の花火が上がった。
精霊魔法で織られた花火だ。火の微精霊と水の微精霊が交錯し、空中で光の花が咲いては散る。赤、青、金──テセラ海の水面にも光が映り、空と海が二重の花畑になった。
ルーナが足を止め、空を見上げた。
花火の光が、ルーナの横顔を照らしていた。目が大きく見開かれ、唇が少し開いている。
笑っていた。
純粋な、子供のような笑顔だった。
カエルはその横顔を見て、胸の奥が温かくなるのを感じた。こういう顔を見るために──ここまで来たのだと思った。
「……きれい」
ルーナが呟いた。
カエルは何も言わず、妹の隣に立っていた。
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花火が終わった後、三人は港の石段に座った。
テセラ海に月が映っていた。満月に近い白い光が、凪いだ海面を照らし、遠くの灯台が等間隔に明滅している。
アウレリウスが石段に腰を下ろし、足を伸ばした。
「お前の妹は良い子だな」
「ああ」
ルーナは少し離れた場所で、石段の縁に座って海を眺めていた。微精霊が一匹、ルーナの肩に止まっている。淡い光を放つ小さな存在が、ルーナの髪を照らしていた。
「あいつは俺の全てだ」
カエルは自然にそう言った。
アウレリウスは黙ってうなずいた。
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しばらく、波の音だけが聞こえていた。
潮の匂いが濃い。石段の足元を海水が洗い、引いていく。規則正しい呼吸のようだった。
ルーナが戻ってきて、カエルの隣に座った。
「兄さん、今日の試合すごかった。最後の──あの光る嵐みたいなの」
「ああ。自分でもびっくりした」
「アウレリウスさんも。聖光の剣、本物の剣みたいだった」
アウレリウスが苦笑した。「本物の剣の方が軽いかもしれんが」
ルーナが笑った。カエルも笑った。テセラ海の月光の下で、三人の笑い声が夜風に混じった。
穏やかだった。
この時間が続けばいいと思った。マグヌスの住居に帰れば温かい書斎があり、明日も訓練がある。ルーナが笑い、アウレリウスが隣にいて、テセラ海が光っている。
でも──カエルの心の底には、消えない炎がある。
母さんの死の真相。いつか必ず暴く。誰が母を追い詰めたのか。なぜ辺境で死ななければならなかったのか。
今は──まだ力が足りない。知識が足りない。
だから、もう少しだけ──この穏やかな時間の中にいる。
ルーナが寄りかかってきた。兄の肩に頭を預け、目を閉じている。
「……帰ろうか」
「もうちょっと」
カエルは動かなかった。
テセラ海の月が、白く静かに光っていた。




