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原力の殉教者  作者: とりまな
第2章 師のもとで
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祭りの夜

――――――――――――


 大会の夜、ヘスペリアの街は祝祭に沸いていた。


 通りという通りに露店が並び、魔法の灯りが色とりどりに揺れている。焼いた魚と香辛料の匂いが混ざり合い、テセラ海から吹く夜風が提灯の列を揺らしていた。


 カエルはアウレリウスとルーナの三人で、雑踏の中を歩いていた。


「兄さん、あれ見て。あのお菓子、すごく大きい」


 ルーナが屋台を指差した。蜜をかけた揚げ菓子が山のように積まれている。二十歳になったルーナは背が伸びたが、甘いものを見る目は子供の頃と変わらない。


「買ってやるよ」


「えっ、いいの?」


「今日は祝い事だ」


 カエルは銅貨を出し、揚げ菓子を三つ買った。ルーナは一口齧って目を丸くし、アウレリウスは「これは甘すぎる」と言いながら完食した。


――――――――――――


 港に近づくと、空に魔法の花火が上がった。


 精霊魔法で織られた花火だ。火の微精霊と水の微精霊が交錯し、空中で光の花が咲いては散る。赤、青、金──テセラ海の水面にも光が映り、空と海が二重の花畑になった。


 ルーナが足を止め、空を見上げた。


 花火の光が、ルーナの横顔を照らしていた。目が大きく見開かれ、唇が少し開いている。


 笑っていた。


 純粋な、子供のような笑顔だった。


 カエルはその横顔を見て、胸の奥が温かくなるのを感じた。こういう顔を見るために──ここまで来たのだと思った。


「……きれい」


 ルーナが呟いた。


 カエルは何も言わず、妹の隣に立っていた。


――――――――――――


 花火が終わった後、三人は港の石段に座った。


 テセラ海に月が映っていた。満月に近い白い光が、凪いだ海面を照らし、遠くの灯台が等間隔に明滅している。


 アウレリウスが石段に腰を下ろし、足を伸ばした。


「お前の妹は良い子だな」


「ああ」


 ルーナは少し離れた場所で、石段の縁に座って海を眺めていた。微精霊が一匹、ルーナの肩に止まっている。淡い光を放つ小さな存在が、ルーナの髪を照らしていた。


「あいつは俺の全てだ」


 カエルは自然にそう言った。


 アウレリウスは黙ってうなずいた。


――――――――――――


 しばらく、波の音だけが聞こえていた。


 潮の匂いが濃い。石段の足元を海水が洗い、引いていく。規則正しい呼吸のようだった。


 ルーナが戻ってきて、カエルの隣に座った。


「兄さん、今日の試合すごかった。最後の──あの光る嵐みたいなの」


「ああ。自分でもびっくりした」


「アウレリウスさんも。聖光の剣、本物の剣みたいだった」


 アウレリウスが苦笑した。「本物の剣の方が軽いかもしれんが」


 ルーナが笑った。カエルも笑った。テセラ海の月光の下で、三人の笑い声が夜風に混じった。


 穏やかだった。


 この時間が続けばいいと思った。マグヌスの住居に帰れば温かい書斎があり、明日も訓練がある。ルーナが笑い、アウレリウスが隣にいて、テセラ海が光っている。


 でも──カエルの心の底には、消えない炎がある。


 母さんの死の真相。いつか必ず暴く。誰が母を追い詰めたのか。なぜ辺境で死ななければならなかったのか。


 今は──まだ力が足りない。知識が足りない。


 だから、もう少しだけ──この穏やかな時間の中にいる。


 ルーナが寄りかかってきた。兄の肩に頭を預け、目を閉じている。


「……帰ろうか」


「もうちょっと」


 カエルは動かなかった。


 テセラ海の月が、白く静かに光っていた。

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