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原力の殉教者  作者: とりまな
第2章 師のもとで
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監視者の告白

* * *


――――――――――――


 報告書を書く手が、止まった。


 アウレリウスは宿舎の机に向かっていた。蝋燭の灯りが羊皮紙を照らし、インクの匂いが狭い部屋に満ちている。窓の外は深夜のヘスペリアで、テセラ海の波音だけが聞こえる。


 ルクスへの定期報告書。四半期に一度、本国の聖騎士団に送る義務がある。


 羊皮紙にはこう書いてあった。


「──ヘスペリア大学に在籍する、両系統の魔法を行使する混血の学生を確認。能力は極めて高い。精霊魔法と教会魔法の同時運用を常態的に行い、中級精霊の暴走鎮圧、大規模マナ嵐の防衛に参加した実績がある」


 事実だけを並べた文章。報告書としては問題ない。


 だが──筆が進まない。


 次に書くべきは、能力の詳細分析だ。術式の構造、戦闘能力の評価、潜在的脅威度。本国はそれを求めている。「両系統を行使する術者」は、ルクスの教義において異端であり、潜在的な脅威と分類される。


 アウレリウスは筆を置いた。


 カエルの顔が浮かんだ。


 訓練場で笑う顔。屋上で茶を飲みながら語る横顔。嵐の中で背中を預け合ったとき、振り返ったあの目。


 あれが脅威か。


 あれが異端か。


 アウレリウスは椅子の背にもたれ、天井を見上げた。石の天井に蝋燭の影が揺れている。


 最初からわかっていた。ルクスからの留学は、学術交流が名目だが、実質は監視だ。「両系統の魔法を行使する混血の学生」の情報がルクスに届いたとき、聖騎士団はアウレリウスに命じた。「確認し、報告せよ」と。


 アウレリウスは優秀な聖騎士候補生だ。信仰に篤く、教会魔法の才に恵まれ、判断力に優れる。だからこそ選ばれた。


 だが──着任して、カエルに会い、訓練し、語り合い、共に嵐を乗り越えた。


 監視対象のはずの男が、最も信頼できる友になっていた。


 アウレリウスは再び筆を取った。


 報告書の続きを書く。だが──能力の詳細分析は、意図的に曖昧にぼかした。


「……当該学生の能力は学術的に特異であるが、現時点で教会に対する敵対的意図は認められない。監視継続が妥当と判断する。詳細分析は次回報告に含める」


 「次回報告に含める」。つまり──先送りだ。こう書けば、本国はもう一期、猶予をくれる。


 アウレリウスは報告書を封筒に入れ、封蝋を垂らした。


――――――――――――


 三日後、ルクスから返信が来た。


 聖騎士団の印章が押された簡潔な書簡。


「報告が不十分である。術式の構造、戦闘能力、教義逸脱の具体的証拠を求める。次回報告にて詳細を提出せよ」


 アウレリウスは書簡を机に置き、窓の外を見た。テセラ海に朝日が昇り、港に漁船が出ていく。


 圧力が増している。


 次の報告で曖昧にすれば、アウレリウス自身が「任務不履行」として問われる。報告を拒否すれば、別の監視者が派遣される──もっと冷徹な、カエルを「脅威」としてしか見ない者が。


 妥協の道を選んだ。


 次の報告書には、ある程度の詳細を含める。だが──核心は書かない。カエルの能力の最も危険な部分──微念と微精霊が「同じ流れになる」という体感的事実──は伏せる。


「脅威ではない。学術的観察を継続すべき」


 その結論だけは、守り抜く。


――――――――――――


 アウレリウスは書簡を引き出しにしまい、宿舎を出た。


 通りを歩きながら、心の中の二つの声が拮抗する。


 聖騎士としての義務──教会の安全を守り、異端の脅威を排除する。それが自分の生まれた理由であり、信仰に基づく矜持だ。


 友としての情──カエルは敵ではない。異端でもない。ただ、二つの力を持って生まれてしまっただけだ。


 どちらも捨てられない。


 どちらかを選ぶ日が来ることを、アウレリウスは予感していた。だが──今日ではない。


 訓練場で、カエルが手を振っていた。


「遅いぞ、アウレリウス」


「すまん。少し——書き物があった」


 カエルは怪訝な顔をしたが、追及しなかった。


 二人は訓練を始めた。聖光の剣が風の壁にぶつかり、火花が散った。


 その火花の中に──アウレリウスだけが見える苦さが、混じっていた。



* * *

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