将来の話
――――――――――――
屋上の石が、夏の名残の温もりを持っていた。
秋の風がテセラ海から吹き上がり、カエルとアウレリウスの間に置かれた茶壺の湯気をさらっていく。嵐から数週間が過ぎ、街にはすっかり日常が戻っていた。
「俺はルクスに戻り、聖騎士になるだろう」
アウレリウスが月を見上げて言った。
「留学期間は有限だ。いずれ本国に戻り、教会の務めに就く。それが──最初から決まっていた道だ」
カエルは杯を口に運んだ。茶の苦みが舌に残る。
「ここで学んだことは忘れない。精霊魔法との連携、お前との訓練──どれもルクスでは得られないものだった」
「……感傷的だな。お前らしくない」
「たまにはいいだろう」
アウレリウスが杯を置き、カエルを真っ直ぐに見た。
「お前はどうする。この大学にいつまでいるつもりだ」
カエルは黙った。
将来のことは──あまり考えてこなかった。日々の修練と研究が充実していて、先のことに目を向ける余裕がなかった。だが、問われれば答えはある。
「俺は母の死の真相を追う」
初めて、アウレリウスにそれを口にした。
「母さんは──学者だった。微念と微精霊に関する研究をしていた。そして殺された」
アウレリウスの表情が変わった。冗談でないことは、声の温度でわかったはずだ。
「なぜ殺されたのか。誰が殺したのか。俺はまだ何も知らない。……でも、いつか必ず突き止める」
「復讐か」
「真相の追及だ。結果として復讐になるかもしれないが──まず知りたい。なぜ母さんが死ななければならなかったのか」
アウレリウスが長い沈黙の後で言った。
「復讐はお前を壊すかもしれない」
「わかっている」
「わかっていない。お前は頭ではわかっても、止まらない人間だ。一度走り出したら──」
「壊れてもいい」
カエルの声は静かだった。
「ルーナが安全なら、俺はどうなってもいい」
アウレリウスが息を吐いた。怒りではなく、深い懸念を含んだ溜息だった。
「お前は──馬鹿だ」
「よく言われる」
「褒めてない」
風が吹いた。月が雲に隠れ、屋上が暗くなった。
アウレリウスが立ち上がった。
「約束しろ」
「何を」
「もしお前が道を踏み外しそうになったら──俺が止める。それを受け入れると約束しろ」
カエルはアウレリウスを見上げた。月光が戻り、友人の金髪が白く光る。青い目が真剣だった。
「お前が止めるのか」
「俺以外に誰がいる。お前と対等に戦えるのは、この世界で俺だけだろう」
カエルの口元が緩んだ。
「傲慢だな」
「事実だ」
二人とも──この約束の将来の重さを知らなかった。
カエルは立ち上がり、アウレリウスの手を握った。
「わかった。約束する」
「破るなよ」
「お前こそ」
手を離し、二人は屋上の階段を降りた。秋の冷気が廊下に漂い、松明の灯りが壁に影を揺らす。
「アウレリウス」
「なんだ」
「帰国はいつだ」
「……まだ先だ。焦るな」
足音が廊下に反響した。二人の影が並んで歩いていく。
その背中を──誰が見ていたのかは、まだわからない。




