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原力の殉教者  作者: とりまな
第2章 師のもとで
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将来の話

――――――――――――


 屋上の石が、夏の名残の温もりを持っていた。


 秋の風がテセラ海から吹き上がり、カエルとアウレリウスの間に置かれた茶壺の湯気をさらっていく。嵐から数週間が過ぎ、街にはすっかり日常が戻っていた。


「俺はルクスに戻り、聖騎士になるだろう」


 アウレリウスが月を見上げて言った。


「留学期間は有限だ。いずれ本国に戻り、教会の務めに就く。それが──最初から決まっていた道だ」


 カエルは杯を口に運んだ。茶の苦みが舌に残る。


「ここで学んだことは忘れない。精霊魔法との連携、お前との訓練──どれもルクスでは得られないものだった」


「……感傷的だな。お前らしくない」


「たまにはいいだろう」


 アウレリウスが杯を置き、カエルを真っ直ぐに見た。


「お前はどうする。この大学にいつまでいるつもりだ」


 カエルは黙った。


 将来のことは──あまり考えてこなかった。日々の修練と研究が充実していて、先のことに目を向ける余裕がなかった。だが、問われれば答えはある。


「俺は母の死の真相を追う」


 初めて、アウレリウスにそれを口にした。


「母さんは──学者だった。微念と微精霊に関する研究をしていた。そして殺された」


 アウレリウスの表情が変わった。冗談でないことは、声の温度でわかったはずだ。


「なぜ殺されたのか。誰が殺したのか。俺はまだ何も知らない。……でも、いつか必ず突き止める」


「復讐か」


「真相の追及だ。結果として復讐になるかもしれないが──まず知りたい。なぜ母さんが死ななければならなかったのか」


 アウレリウスが長い沈黙の後で言った。


「復讐はお前を壊すかもしれない」


「わかっている」


「わかっていない。お前は頭ではわかっても、止まらない人間だ。一度走り出したら──」


「壊れてもいい」


 カエルの声は静かだった。


「ルーナが安全なら、俺はどうなってもいい」


 アウレリウスが息を吐いた。怒りではなく、深い懸念を含んだ溜息だった。


「お前は──馬鹿だ」


「よく言われる」


「褒めてない」


 風が吹いた。月が雲に隠れ、屋上が暗くなった。


 アウレリウスが立ち上がった。


「約束しろ」


「何を」


「もしお前が道を踏み外しそうになったら──俺が止める。それを受け入れると約束しろ」


 カエルはアウレリウスを見上げた。月光が戻り、友人の金髪が白く光る。青い目が真剣だった。


「お前が止めるのか」


「俺以外に誰がいる。お前と対等に戦えるのは、この世界で俺だけだろう」


 カエルの口元が緩んだ。


「傲慢だな」


「事実だ」


 二人とも──この約束の将来の重さを知らなかった。


 カエルは立ち上がり、アウレリウスの手を握った。


「わかった。約束する」


「破るなよ」


「お前こそ」


 手を離し、二人は屋上の階段を降りた。秋の冷気が廊下に漂い、松明の灯りが壁に影を揺らす。


「アウレリウス」


「なんだ」


「帰国はいつだ」


「……まだ先だ。焦るな」


 足音が廊下に反響した。二人の影が並んで歩いていく。


 その背中を──誰が見ていたのかは、まだわからない。

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