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原力の殉教者  作者: とりまな
第2章 師のもとで
36/46

夏の嵐

――――――――――――


 テセラ海が荒れたのは、夏の盛りだった。


 二年前の嵐とは規模が違う。黒雲が水平線から押し寄せ、海面が白く泡立ち、暴風が大学都市の海岸壁を叩いた。マナ濃度の計測器が振り切れ、大学が緊急対応を発令した。


「全術師に出動命令。海岸防衛壁の結界を最大出力で維持せよ」


 大学の鐘楼から、鋭い警鐘が鳴り響いた。


 カエルが海岸壁に駆けつけたとき、アウレリウスはすでにそこにいた。白い法衣が暴風に靡き、聖光の結界を壁面に展開している。他の術師たちが──精霊魔法系と教会魔法系がそれぞれ別の区画を担当して──防衛線を維持していた。


「カエル、来たか!」


 アウレリウスが振り返った。風で声がかき消されそうになる。


「この嵐は普通じゃない! マナの質が変だ!」


 カエルは精霊魔法の感覚を研ぎ澄ませた。暴風の中の微精霊が──恐怖と興奮の入り混じった異常な状態にある。前回の嵐と似ているが、それだけではない。


 嵐の奥に──何かがある。


 通常のマナとは異質なエネルギーの波動。かつて、辺境の遺跡で感じた力に似ている。原力──微念と微精霊に分化する前の、根源的なエネルギー。


「カエル、左翼の結界が破れそうだ!」


 アウレリウスの声が飛んだ。海岸壁の左端で、精霊魔法の結界が嵐に押されて亀裂を走らせている。


「行く!」


 カエルが走った。左翼に到達し、精霊魔法で暴風の向きを逸らす。風に意志を語りかけ、海岸壁を回り込むように流れを変えた。同時に、背後からアウレリウスの聖光が飛んできて、結界の亀裂を修復した。


「二人で──」


「わかってる!」


 言葉がなくても動けた。訓練の成果だ。


 カエルが精霊魔法で嵐の風向きを制御し、アウレリウスが教会魔法で結界を補強する。二人の連携が海岸壁全体に影響し、防衛線が安定していく。他の術師たちが驚いた目で二人を見たが、構っている暇はなかった。


 嵐の核心が近づいた。


 黒雲の中から、白金色の閃光が走った。雷ではない。マナの過剰放電だ。その光の中に──カエルは感じ取った。


 遺跡で感じたものと同じ力。


 古い。途方もなく古い、何かの残り香。微念でも微精霊でもない──その両方の根にあるもの。


「アウレリウス! 嵐の核心を逸らせるか!」


「やる!」


 二人が全力を出した。カエルの精霊魔法が嵐の外周を掴み、内側に向けて圧縮する。アウレリウスの聖光の結界が嵐の核心を包み、海岸壁から逸らす方向に押した。


 嵐が軋んだ。


 暴風が海岸壁を外れ、沖へ向かって流れを変えた。黒雲が裂け、その隙間から強い陽光が差し込んだ。


 嵐が通り過ぎた。


 海岸壁の被害は最小限だった。壁面の一部が剥がれ、港の小舟が何隻か転覆したが、人的被害はない。


 カエルは膝に手をつき、荒い息を吐いた。全力の連携を長時間維持した消耗が、全身に圧し掛かる。


「……やったな」


 アウレリウスが隣に座り込んだ。法衣が塩水で濡れ、金髪が額に張り付いている。


「ああ。やった」


 二人とも笑う力もなく、しばらく海を見ていた。嵐が去った後のテセラ海は、嘘のように穏やかだった。


 だがカエルの心には、引っかかりが残っていた。


 嵐の核心にあったエネルギー。あれは何だったのか。辺境の遺跡で感じた力──母が研究していたものに通じる、根源的な何か。


「カエル」


 アウレリウスが声をかけた。


「考え事か。お前のその顔は、碌でもないことを考えている時の顔だ」


「……よく見てるな」


「友人を見るのは当然だろう」


 カエルは黙った。友人。その言葉が、自然に口から出てくる人間が隣にいる。それだけで──嵐の後の疲労が、少し軽くなった。


 嵐の中の原力の波動のことは、まだ誰にも話さなかった。

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