研究者の道
――――――――――――
カエルは十七歳になった。
大学での地位は確固たるものになっていた。精霊学と神格構造学の両方で最上級の評価を受け、教授陣が論文の共著者に名を連ねるよう求めるほどだった。
研究棟の談話室で、マグヌスの同僚教授と話す機会があった。
リヴィウスという男で、神格構造学の理論家だった。細身で、銀縁の眼鏡をかけた中年の人間族。カエルの両系魔法に以前から強い関心を持っていた。
「カエル、少し時間をもらえるか」
リヴィウスが談話室の椅子を引いた。カエルが腰を下ろすと、教授は前のめりになった。
「単刀直入に聞く。精霊魔法と教会魔法を同時に行使するとき、微念と微精霊はどう干渉する?」
「干渉……ですか」
「別々に走っているのか、それとも混じり合うのか。お前の身体感覚として、どう感じる?」
カエルはしばらく考えた。
日々の訓練で何度も経験していることだが、言語化するのは初めてだった。精霊語を紡ぐとき、微精霊が応じる。典礼語を唱えるとき、微念が動く。それを同時にやるとき──。
「古代語の言い回しを使うと、最初から一つの液体になる感覚です」
リヴィウスの目が見開かれた。
「一つの液体……?」
「精霊語と典礼語を別々に使うと、二つの流れが並行して走ります。干渉はしますが、混じらない。でも古代語──源語のフレーズで統合すると、微念と微精霊の区別が消えるんです。同じ流れの中にいる、としか言えません」
リヴィウスが椅子から身を乗り出した。顔が紅潮している。
「それは──生きた証拠だ! 同源仮説の!」
教授の声が裏返り、談話室にいた他の学生が振り返った。リヴィウスは構わず続けた。
「微念と微精霊の同源性を体感的に──しかも意図的に再現できる生きた術者がいるとは! 論文を書かせてくれ、データを取らせてくれ、実験に──」
「リヴィウス教授」
穏やかな声が割り込んだ。
マグヌスが談話室の入口に立っていた。いつから聞いていたのかわからない。笑みを浮かべているが、目の奥に静かな重みがある。
「あまり彼を実験対象にしないでくれ。まだ若い。研究に巻き込むのは早い」
「しかしマグヌス、これは──」
「わかっている。学術的意義は私も理解している。だが、段階がある」
リヴィウスが渋々引き下がった。マグヌスの言葉には、大学内で誰も逆らわない重みがあった。
教授が去った後、マグヌスがカエルの隣に座った。声を落として言う。
「他の教授に余計なことを話すな」
「余計なこと、とは?」
「お前の体感──微念と微精霊が一つになる感覚のことだ。学術的に非常に重要だが、だからこそ危険でもある」
カエルは師の目を見た。
「危険、ですか」
「同源仮説は三百年前に異端判定を受けている。東方教会ではある程度の自由があるが──お前が『生きた証拠』だと喧伝されれば、ルクスが黙っていないだろう」
カエルは頷いた。師匠の忠告は理にかなっている。図書館で見つけた弾圧記録が脳裏を過ぎった。エレノア・ヴァイスは論文を書いただけで異端とされた。生きた証拠となれば、それ以上の危険がある。
「お前の能力は、まだ世に出すべきではない」
マグヌスの声は優しかった。弟子を守る師匠の、当然の言葉に聞こえた。
「わかりました、師匠」
「焦るな。お前の価値を理解できる世界が来るまで、力を蓄えておけ」
マグヌスが立ち上がり、談話室を出ていった。
一人残されたカエルは、窓の外を見た。テセラ海の上を鳥が渡っていく。
今は、力を蓄える時だ。
カエルの名声はさらに広がっていた。「両系魔法使い」の噂は、ヘスペリアの外にも届き始めている。




