表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
原力の殉教者  作者: とりまな
第2章 師のもとで
30/46

カエルの孤独

――――――――――――


 大学の屋上は、カエルの定位置だった。


 講義棟の最上階から螺旋階段を登ると、平らな石の屋上に出る。ヘスペリアの街並みが一望でき、テセラ海が地平線まで広がっている。風が強い日は身が切られるようだが、晴れた夜には星が降るように近い。


 誰も来ない場所だった。


 カエルは石の手すりに背中を預け、夜空を見上げていた。北に長尾星が淡く光り、東にテセラ座の七つ星が並ぶ。辺境村で母と見た星座と同じだ。当たり前だが──同じ空の下にいるという実感は、どこにいても変わらない。


 十七歳。大学で最も注目される学生。精霊学と神格構造学の両方で最上位。港の嵐を単独で鎮めた英雄。


 だが──友人は、一人もいなかった。


 嫌われているわけではない。入学当初の露骨な差別は減り、今は敬意を持って迎えられることの方が多い。教授陣は期待を込めてカエルの名を呼び、下級生は憧れの目で見送る。


 だがそれは──距離だ。


 畏怖。


 同年代の学生がカエルに話しかけようとして、途中でやめる場面を何度も見てきた。「おい、あれが両方使いの」「話しかけんの?」「いや……やめとく」。壁は敵意ではなく、圧倒的な実力差から生まれている。カエルが親しみやすく振る舞えば済む話かもしれないが──どう振る舞えばいいのか、カエルには分からなかった。


 辺境村の頃から、同年代の友人はいなかった。母とルーナ。それがカエルの世界の全てだった。母が死に、ルーナの回復に全力を注ぎ、マグヌスの下で修練に没頭した。友人という概念を、そもそも知らない。


 ルーナは元気だ。精霊魔法の才能を伸ばし、お師匠様と過ごす時間が増えている。兄妹二人だけの時間は──減った。夕食は三人で食べるが、ルーナはマグヌスとの会話が弾んでいることが多い。カエルは黙って聞いている。


 寂しいとは思わなかった。ルーナが幸せならそれでいい。母が死んだあの夜に誓ったことだ。


 だが──。


「母さんは……友人がいたんだろうか」


 声に出した。星が瞬くだけで、誰も答えない。


 マグヌスは母の同志だったと言っていた。母にはマグヌスがいた。では自分には──?


 石の手すりが冷たい。冬の風がテセラ海から吹き上げてきた。


 カエルは強い。誰よりも強い。それは事実だ。だが強さは、隣に立つ者を遠ざける。実力が高ければ高いほど、並べる者がいなくなる。


「俺と同じくらい強い奴が来てくれないかな」


 我ながら子供じみた願いだと思った。だが口にしてしまうと、胸の奥の空洞が際立つ。


 強い奴。対等に語れる奴。魔法について、世界について、夜を徹して語り合える奴。


 そんな人間が──存在するのだろうか。


 星が流れた。一筋の光がテセラ海の上を横切り、消えた。


 カエルは屋上から降り、住居に戻った。居間の灯りが窓から漏れている。


「おかえり」


 マグヌスが茶を淹れていた。ルーナはもう寝たらしい。


「遅くまで何をしていた」


「星を見ていました」


「そうか。……カエル」


「はい」


「来月、ルクスから留学生が来る」


 カエルは手を止めた。


「留学生?」


「教会魔法の優秀な学生だ。東方教会との学術交流の一環でね。しばらく大学に滞在する」


「そうですか」


 特に興味はなかった。ルクスの学生なら、カエルの両系魔法を嫌悪するだろう。教義で禁じられている力だ。面倒が増えるだけかもしれない。


 だが──マグヌスが去った後、カエルは窓の外を見た。


 ルクスから来る留学生。教会魔法の使い手。


 同年代で、対等に戦える相手が──来るかもしれない。


 その期待を抱いた自分に、カエルは少し驚いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ