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原力の殉教者  作者: とりまな
第2章 師のもとで
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学術決闘

――――――――――――

 ヘスペリア大学の決闘場は、大学本棟の地下にあった。


 精霊学部の成績評価には模擬戦が含まれる。学期末の試験として、学生同士が術式の攻防を競い、教授陣が評価する。闘技場ではないが、石壁に囲まれた地下空間は十分な広さがあり、観覧用の石段が三方を囲んでいた。


 カエルの対戦相手が発表されたとき、周囲がざわめいた。


 ヴェルナー。精霊学部の上級生で、四年目の秀才。風属性と水属性の複合術式を得意とし、過去二年の模擬戦で無敗を誇る。


「一年坊主が相手か。すぐに終わるな」


 ヴェルナーは長身で、金髪を後ろに撫でつけた人間族の男だった。余裕の笑みを浮かべ、軽く手首を回している。


 観覧席には五十人近い学生が詰めかけていた。「両方使い」の噂は学内に広まっており、カエルの試合を見に来た者が多い。


 カエルは石壁を背にして立ち、息を整えた。


「開始」


 審判の教授が手を上げた。


 ヴェルナーが先に動いた。精霊語の詠唱が速い──三年の訓練で磨き上げた、無駄のない術式構築。風の弾丸が三連で飛来し、続けて水の鞭が横薙ぎに襲いかかる。


 カエルは精霊魔法で応じた。


 足元の石から微精霊を借り、地の壁を瞬時に立ち上げる。風の弾丸が壁に突き刺さり、砕けた破片が散る。水の鞭を横に跳んで躱し、反撃の風刃を放った。


 ヴェルナーが水の盾で弾く。風刃が散り、水飛沫が宙を舞う。


「やるな、一年坊主」


 ヴェルナーの目が変わった。遊びが消え、本気の気配が立ち上がる。


 複合術式──風と水を同時に操り、竜巻のような渦を生み出した。地下空間に暴風が吹き荒れ、石段の観覧者が身を屈める。


 カエルは押された。精霊魔法同士なら、経験と練度でヴェルナーが上だ。三年の蓄積は伊達ではない。風壁を張るが、渦の圧力に押し込まれる。足が滑り、背中が石壁に近づいた。


「終わりだ!」


 ヴェルナーが渦に水の槍を乗せて突き込んだ。観覧席から悲鳴が上がる。


 カエルは──切り替えた。


 右手で精霊語を紡ぎながら、左手の指先に典礼語の祈祷句を走らせた。


 光の結界が、カエルの前に展開された。教会魔法の防御結界──テウルギアの清浄な白光が、渦と水の槍を正面から受け止めた。衝撃波が地下空間を震わせ、観覧者の髪が一斉に靡く。


 結界が渦を弾き返した瞬間、カエルは精霊魔法を重ねた。


 弾き返された渦の力を借り、風の刃を三方向から同時に放つ。ヴェルナーが水の盾を張るが──教会魔法の結界が発する微念の波が、微精霊の制御を僅かに乱していた。盾が揺らぎ、風刃がヴェルナーの法衣の裾を切り裂いた。


 ヴェルナーが膝をついた。


「……勝負あり」


 審判が手を上げた。


 地下空間に沈黙が落ちた。そして──拍手が起きた。最初はまばらに、やがて大きく。


「両方使ったぞ……」「精霊魔法と教会魔法を同時に……」


 だが拍手の中に、別の声もあった。


「あれはルール違反じゃないのか? 精霊学の模擬戦で教会魔法を使うのは──」


 声は複数の学生の間で波紋のように広がった。審判の教授がティベリウスに目を向ける。


 ティベリウスが立ち上がった。


「模擬戦の規定は『使用魔法の系統制限なし』だ。制限があるのは致死術式と禁呪のみ。教会魔法の使用は規定違反ではない」


 議論は収まったが、完全には消えなかった。観覧席を出るとき、「あれは公平じゃない」という囁きが聞こえた。


 地下空間の出口に、マグヌスが立っていた。


 穏やかに拍手をしている。だがその目に浮かんでいたのは、保護者の安堵ではなかった。


 学者としての、純粋な知的興奮。


 二つの系統が実戦で同時に機能する瞬間を目撃した者の、抑えきれない光がそこにあった。


「よくやった、カエル」


 マグヌスの声は静かで温かかった。


「師匠。……両方使うのは、やはり目立ちすぎますか」


「目立つことを恐れるな。ただし──」


 マグヌスが歩き始めた。カエルが隣に並ぶ。


「使い方は考えろ。お前の力は特別だ。だからこそ、見せる相手と場を選ぶ必要がある」


 外に出ると、夕暮れの風がカエルの汗を冷やした。大学の回廊を歩く学生たちが、カエルを振り返る。畏怖と好奇と、僅かな敵意。


 名声が広がっていくのを感じた。しかし同時に、カエルは気づいていた。


 賞賛する者は増えたが、隣に立つ者はいない。


 同年代の友人は──一人もいなかった。

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