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原力の殉教者  作者: とりまな
第1章 森の遺産
11/46

原力の光

―――――――――――


 遺跡の最深部は、別の世界だった。


 下層のさらに奥——母が今まで開けなかった三つ目の封印を解き、石段を降りる。壁の紋様が密度を増し、光が強くなる。空気が重い。微精霊と微念の気配が等しい濃度で充満し、二つの力の境界が曖昧になっている場所。


 石室の中央に、台座があった。台座の上には何も載っていない。ただ、台座そのものが——光っていた。石の内部から滲むような淡い金色の光。白でも青でもない。


「ここが、この遺跡で一番古い場所」


 シルヴィアが台座に手を触れた。光が指先に吸い寄せられるように揺れる。


「そして、最も重要なこと。今日教えるのは——」


 母がカエルの前に跪いた。目線を合わせる。


「すべての魔法は、かつて一つだった」


 カエルは何度かその話を聞いていた。古代語の性質。分化以前の言語。しかし母の声には、これまでとは違う重みがあった。


「古代語はその時代の言葉。だからこの言葉を使うと、二つの力が争わずに流れる。でもね、カエル——争わないだけじゃないの。本当に深い古代語を使うと、二つの力が分かれる前の状態に、一瞬だけ戻ることがある」


「……一つに?」


「一つに」


 母が古代語のフレーズを教えた。


 それは祈りだった。呪文だった。そして——歌でもあった。子守唄の旋律に乗せた、原初の言葉。母が毎朝口ずさんでいたあの古代語の歌が、形を変えてそこにあった。


「唱えてみて」


 カエルは目を閉じた。


 古代語を口にする。舌の上で音が転がり、胸の奥から微念が応答する。同時に、石室の空気中の微精霊が集まってくる。二つの力がいつもの溝に沿って流れ始める。白と青が並走し、手のひらの上で螺旋を描く。


 ここまではいつもと同じだった。


 しかし——歌の最後の一節を紡いだとき、何かが違った。


 二つの光が——触れた。


 白い光と青い光が螺旋の頂点で接触し、境界が溶ける。溶け合った瞬間、掌の上に第三の色が生まれた。


 金色。


 温かい。いや、温かいという言葉では足りない。胸の奥の一番深い場所から、全身の末端に向かって広がっていく光。微念でも微精霊でもない——その両方であり、どちらでもない。分かれる前のかたち。


 原力。


 金色の光が掌の上で回転した。一秒。二秒。三秒——


 光が散った。


 白と青に分離し、やがて消える。カエルの手のひらに残ったのは、微かな温もりと、指先の痺れだけだった。


「……消えた」


「一瞬でいい。一瞬だけ、あなたは——」


 シルヴィアの目から涙が零れた。笑いながら泣いている。


「二つの力がまだ一つだった頃に、触れたのよ」


―――――――――――


 午後。


 珍しく三人で出かけた。


 シルヴィアがルーナの手を引き、カエルが隣を歩く。遺跡周辺の森は深いが、母は道を知っていた。獣道を縫い、沢を渡り、苔むした倒木を越える。ルーナは母に抱えられたり自分で歩いたりしながら、蝶を追い、花を摘み、鳥の声に耳を傾けた。


 母がいつもより明るかった。


 笑い声が多い。冗談を言う。ルーナの花冠を自分の頭に載せて「どう?」と聞く。カエルが「似合ってる」と答えると、シルヴィアは少女のように笑った。


 不自然なほどの明るさだった。


 森の奥で、古い石碑を見つけた。


 苔に覆われた石柱。人の背丈ほどの高さで、表面に古代語の碑文が刻まれている。文字は風化して薄れていたが、カエルには読めた。


「『ここに眠る者、二つの流れを一つに束ねし王。その名は忘れられ、その力は地に還る』」


 声に出した瞬間、石碑が淡く光った。金色の——あの金色だ。原力の色。光は数秒で消えたが、石碑の表面が一瞬だけ若返ったように、苔が退き、刻まれた文字が鮮明になった。


 シルヴィアの顔色が変わった。


 一瞬だけ——恐怖に似た表情がよぎった。しかしすぐに笑顔に戻す。


「昔の人の記念碑ね。さ、帰りましょう」


 母の声が硬い。カエルは碑文をもう一度見つめた。二つの流れを一つに束ねし王。忘れられた名前。地に還る力。


 ——忘れられた、とはどういうことだ。


 問いは飲み込んだ。母が帰りたがっている。それだけで十分だった。


―――――――――――


 帰り道、ルーナが蝶を追いかけて走った。


 木の根に足を引っかけ、前のめりに倒れそうになる。カエルの右手が動いた——精霊魔法で風のクッションを作り、妹の身体を受け止める。ルーナはふわりと浮いて、笑い声を上げた。


「ありがとう、兄さん!」


「気をつけろよ」


 シルヴィアが微笑んだ。


「ありがとう、カエル。あなたがいてくれて、本当によかった」


 何気ない言葉だった。母がいつも言いそうな、当たり前の感謝の言葉。


 けれど今の母の声には——遺言のような響きがあった。


 カエルにはわからなかった。なぜその言葉が、いつもより重く聞こえるのか。なぜ母の手が、自分の手を握る力が、今日だけ少し強いのか。


―――――――――――


 遺跡を出る時、シルヴィアが足を止めた。


 振り返って、遺跡の入口を見つめる。蔓草が入口を覆い隠し、石の構造物は森に溶け込んでいる。


「もし——お母さんに何かあったら」


 カエルの心臓が跳ねた。


「この遺跡に来なさい。一番奥の棚に、大切なものを隠してある」


「母さん、何を——」


「何もないわよ。念のため」


 シルヴィアは微笑んで歩き出した。


 ルーナが母に駆け寄り、手を繋ぐ。三人の影が夕陽に長く伸びる。帰り道の森は静かで、微精霊の光が木々の根元で穏やかに明滅していた。


 家に着くと、ルーナが先に風呂に入り、夕食を食べ、あっという間に眠った。


 シルヴィアが台所を片づけている。カエルがルーナの寝室から居間に戻ると、母が手を止めていた。


「カエル」


「なに」


「少し——大人の話をしましょう」


 母の目に、涙の跡がきらりと光った。

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