第74話:新たな日常
世界料理会議から戻って、1週間。
カフェ・ミルフォードは、以前にも増して賑わっていた。
「いらっしゃいませ!」
「ケントさん!世界料理大師になったんですって!?」
「サインください!」
「写真撮らせてください!」
お客さんたちの反応が、変わった。
以前は、普通のお客さんとして接してくれていたのに――
今は、有名人を見るような目で見られる。
「うーん……」
「ケント、困ってる?」
リナが、心配そうに聞いてくる。
「ああ、少し」
「みんな、俺のことを特別視しすぎてる」
「仕方ないよ」
リナは笑った。
「だって、世界料理大師なんだもん」
「でも、俺は変わってないのに……」
その時――
店の扉が開いた。
入ってきたのは――
豪華な服を着た、貴族らしき男性。
「失礼する」
「いらっしゃいませ」
「私は、ノーブル侯爵と申す」
男性は、丁寧に名乗った。
「ケント殿、あなたに依頼がある」
「依頼……ですか」
「ああ。来月、我が家で晩餐会を開く」
「そこで、あなたに料理を作っていただきたい」
「報酬は、金貨1000枚」
「1000枚!?」
途方もない額だ。
「どうか、お願いします」
侯爵は、深く頭を下げた。
「……」
俺は、少し考えた。
「申し訳ございません」
「お断りします」
「え!?」
侯爵が、驚いた。
「金貨1000枚でも、足りませんか?」
「いえ、そういうことではなく……」
「俺は、この店で料理を作り続けたいんです」
「外での仕事は、受けていません」
「そうですか……」
侯爵は、残念そうに頷いた。
「分かりました」
「でも、もしお気が変わったら」
「いつでもご連絡ください」
侯爵は、名刺を置いて去っていった。
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**その日の午後。**
今度は、商人が来た。
「ケント殿、私は大商会のマーチャントと申します」
「ケント殿の名前を使って」
「レストランチェーンを展開したい」
「王都、帝国、新大陸――」
「世界中に、『ケントの店』を作るんです」
「報酬は、利益の50%」
「お断りします」
「即答ですか!?」
「はい。俺の名前を使った商売は、したくありません」
「そうですか……残念です」
商人も、去っていった。
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**夕方。**
今度は、王国の大臣が来た。
「ケント殿、国王陛下からの親書です」
大臣は、封書を差し出した。
開けると――
『ケント殿を、王国専属料理長に任命したい』
『王城に住居を用意する』
『年俸は、金貨10000枚』
「……」
「どうです?」
大臣が期待の目で聞いてくる。
「申し訳ございませんが」
「お断りします」
「ケント殿!」
大臣が、声を荒げた。
「これは、国王陛下からの直々のご依頼ですぞ!」
「分かっています」
「でも、俺の答えは変わりません」
「俺は、この村で料理を作り続けたいんです」
「……」
大臣は、深くため息をついた。
「分かりました」
「陛下に、そうお伝えします」
大臣も、去っていった。
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**夜。**
閉店後、みんなで話し合った。
「ケント、すごいオファーばかりだったね」
リナが言った。
「ああ……」
「でも、全部断っちゃったね」
「うん」
「後悔してない?」
ユウが聞いてきた。
「全然」
俺は即答した。
「俺の居場所は、ここだから」
「この村で、みんなと一緒に料理を作る」
「それが、一番幸せだ」
「ケント……」
リナが、嬉しそうに笑った。
「私も、ずっとここにいたい」
「僕もです」
ユウも頷いた。
「俺もです、師匠」
ソラも笑顔だ。
「よし、じゃあこれからも」
「みんなで、この店を守っていこう」
「おー!」
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**翌日。**
朝から、いつも通り店を開けた。
「いらっしゃいませ!」
すると――
一人の少女が、入ってきた。
10歳くらいだろうか。
ボロボロの服を着て、痩せている。
「あの……」
少女は、遠慮がちに言った。
「お腹、空いてるんです……」
「何か、食べ物をいただけませんか……」
「……」
俺は、すぐに答えた。
「もちろん。座って」
「本当ですか!?」
「ああ。何が食べたい?」
「えっと……」
少女は、恥ずかしそうに言った。
「オムライス……食べたことないんです……」
「オムライスか。分かった」
俺は、厨房に入った。
心を込めて、オムライスを作る。
少女のために。
お腹を空かせた、この子のために。
「お待たせ」
オムライスを、少女の前に置く。
「わあ……」
少女の目が、輝いた。
「綺麗……」
「さあ、食べて」
少女は、スプーンを取った。
一口。
「――!」
少女の目から、涙が溢れた。
「美味しい……」
「こんな美味しいもの……初めて……」
少女は、泣きながら食べ続けた。
「ありがとう……ございます……」
「どういたしまして」
「……」
少女は、全て食べ終えた後――
俺をまっすぐ見つめた。
「あの……」
「お願いがあります」
「何?」
「私を――」
少女は、深く頭を下げた。
「弟子にしてください!」
「え?」
ーー第75話に続く




