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【完結】恋愛不要な婚姻のはずですが、軍人公爵様に毎日甘やかされてもよろしいのでしょうか?  作者: たちばな立花


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22/32

22.公爵夫人のお仕事

「どうせ、よくないことを考えているんだろう?」


 アドルフが呆れ気味で言った。


「また失敗をしてしまいました」

「それは知らないことが多いからだ。これから知っていけばいい。そのために私たちがいる」

「ですが、完璧なアドルフさまの妻は、完璧でなければならないです」

「それも母君に言われたのか?」


 ミネルヴァは小さく頷く。

 結婚前、父からはアドルフがとても強く、素晴らしい男であることしか教えてもらっていなかった。

 そんな中、継母はアドルフのことをいろいろと調べて教えてくれたのだ。

 彼は王族であり軍人で、令嬢からの人気も高く完璧な人間だと。


 一緒に暮らすようになって、その言葉は本当だと思った。

 アドルフは人格者だ。


『完璧な夫の側にいるためには、完璧でならなければならないわ。ミネルヴァならきっとできるはずよ』


 継母はそう言ってミネルヴァを送り出してくれたのだ。

 アドルフは小さく笑い、ミネルヴァをソファーに促した。二人で並んで座る。


「私は完璧ではない」

「そんなことはありません! 王族で強くて優しくて……完璧です!」


 思わず声が大きくなる。

 ミネルヴァは慌てて両手で口を覆った。

 淑女は大声など出さないのに、また大声を出してしまった。


「私が軍人なのは、優秀な兄と比べられないためだ」

「それでも、すごいです。おとうさまもアドルフさまは素晴らしい人だと言っていました」

「社交も嫌いだし、本当はダンスもたいして好きではない。それから、猫にも懐いてもらえない」


(猫……)


 ミネルヴァは目を瞬かせた。アドルフは猫が好きなようだ。

 彼は誤魔化すように笑うと、ミネルヴァの頭を撫でた。


「完璧である必要はない。今のミネルヴァに私たちはじゅうぶん助けられている」

「私は何もできていません」


 ミネルヴァは唇を噛みしめた。


「そんなはずはない。『妖精さん』のおかげで屋敷は活気づいている」


 ミネルヴァは目を丸くした。


「ち、違います! 私は何も……! 妖精さんではありません!」

「まだしらを切るのか?」


 アドルフにジッと見つめられ、ミネルヴァは目を泳がせた。

 誰にもバレていないはずだ。

 早朝、誰も起きていない時間にこっそりとやっていた。

 しかし、アドルフの目は確信を持っている目だ。ミネルヴァは肩を竦めた。


「アドルフさまは知っていたのですか?」

「ああ。クロイの仕事だけじゃなく、みんなの仕事を手伝っていたんだろう?」

「はい。そうです」

「どうしてこっそり手伝っていたんだ?」

「それは……」


 ミネルヴァはアドルフから視線を逸らす。

 顔を見て言うことはできなかった。


「最初のころにアドルフさまから『何もしなくていい』と言われたので、バレたら怒られると思ったのです」

「……ん? 悪い。どういう意味だ? たしかに『ここに慣れるまでは何もしなくていい』とは言った記憶はある。だが、それとどう繋がるんだ?」


 アドルフが首を傾げる。

 ミネルヴァはおずおずと言った。


「夫人として認められるようになるまで何もするなという意味ですよね?」

「……そうか。君の魔法にかかれば、そう解釈できるのか」


 アドルフはがっくりと肩を落とした。


「悪い。そうつもりで言ったわけではない」

「そうなのですか?」

「言葉のままの意味で言っていた。屋敷の管理はおいおいゆっくり覚えればいいと」

「では、私は勘違いをしていたのですか?」

「いいや。私が言葉足らずだったせいだ。悪かった」


 ミネルヴァは大きく頭を横に振った。

 アドルフが悪かったことは一度もない。ミネルヴァはここにいるあいだ、ずっと幸せだった。

 この恩を報いるために、『妖精さん』を頑張っていたのだ。


「この屋敷の人間にとって、ミネルヴァはすでに素晴らしい女主人だ」

「本当ですか? 女主人として私は何もできていません」

「そんなことはない。百聞は一見にしかずだ。行こう」


 アドルフはミネルヴァの手を引いた。

 部屋を出て、一階のホールに降りる。そこにはシュダルン公爵家で働く使人たちが集まっていた。

 ミネルヴァとアドルフを見つけると、ワッと歓声が上がる。


「奥さま、いつもありがとうございます」

「奥さまのおかげで、みんな助けられています。ようやくお礼が言えます」


 ミネルヴァがホールに降りてすぐ、使用人たちがわらわらと集まってくる。

 みんな笑顔だ。

 ミネルヴァは突然のことに目を白黒させた。

 隣に立っていたアドルフが両手を二度叩く。


「ほら、ミネルヴァが驚いている。順番に」


 彼の声がホールに響いた。その瞬間、統率の取れた軍隊のように使用人たちはミネルヴァの前に一列に並ぶ。

 一人一人、ミネルヴァに感謝を述べていく。

 ミネルヴァは頬を緩めながら、何度も頷いた。彼らの言葉を聞くたびに胸が熱くなる。


 お礼を言われるのは、人生で初めてだった。


(みんなに喜んでもらえて嬉しい)


 胸が一杯になった。――その瞬間だ。

 目からポロポロと涙がこぼれた。


「奥さま!? 大丈夫ですか?」

「はい。大丈夫です」


 使用人たちに尋ねられ、ミネルヴァはすかさず頷いた。「大丈夫」と言ったが、涙は止まらない。


 ミネルヴァは今まで何をしてもダメだった。

『夫人の嗜み全集』は半分しか覚えられず、継母を呆れさせた。

 ダンスは踊れず、継母に「上手な断り方」を考えさせる羽目になったこともある。

 そのせいで、アドルフにも苦労をかけた。


 何もできない自分自身に憤ることは多々ある。それでも、必死に前を向いて頑張ってきた。


 ミネルヴァはずっと、誰かに認められたかったのだ。


「私、頑張ります。もっと」

「今のままでじゅうぶんだ」


 アドルフがミネルヴァの肩を抱く。

 ミネルヴァはアドルフに抱きついて、子どものように声を上げて泣いた。

 こんなに泣くのは久しぶりだ。

 父が辺境の地に行くたびに寂しくて、泣いていたことはあった。けれど、すぐに泣いても意味がないのだと気づいてから、泣くことはなかった。

 涙を流すミネルヴァに、使用人たちがあたたかい声をかける。それすら嬉しくて、なかなか涙はとまらなかった。


 ◇


 ひとしきり泣いたあと、ミネルヴァは涙を拭った。

 いつの間にか、使用人たちはホールから去っていた。アドルフがミネルヴァを気遣って、使用人たちを持ち場に帰してくれたのだろう。

 アドルフがミネルヴァの頭を撫でる。


「これでわかっただろう? みんなミネルヴァを必要としている」

「はい。私、嬉しいです」


 ミネルヴァを必要としてくれる人がいる。そんなことは一度も考えたことがなかった。


「私、もっと頑張ります」


 ミネルヴァは力強く拳を握る。


(『教え』に反したら、おかあさまに嫌われてしまうかもしれない。でも、私はもうアドルフさまの妻だわ)


 ミネルヴァはシュダルン公爵家の女主人になったのだ。

 女主人として認めてくれたアドルフやみんなに報いたい。たとえ、それが継母との関係に亀裂が入ることになったとしても。

 泣いてばかりの女主人ではみんなを不安にさせてしまう。


 パチパチと拍手がホールに響く。ミネルヴァに拍手を送っていたのは、アドルフの補佐官――クロイだ。彼はにこやかな笑みを浮かべた。


「奥さまは本当に素晴らしい女主人です」

「ありがとうございます」

「いつか少しずつ私の仕事をおわけしていこうと思っていましたが、そんな必要はありませんでした」


 ミネルヴァはクロイの言葉に青ざめた。


(やっぱり私に仕事は任せられないと言うことかしら?)


 補佐官のクロイからしてみれば、ミネルヴァは未熟すぎたのかもしれない。

 肩を落としそうになったとき、アドルフの手が乱暴にミネルヴァの頭を撫でた。


「ミネルヴァ、また変に解釈しただろう?」

「そ、そんなことは!」

「なら、どう解釈したのか言ってみろ」



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