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【完結】恋愛不要な婚姻のはずですが、軍人公爵様に毎日甘やかされてもよろしいのでしょうか?  作者: たちばな立花


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10.ダンスの上手な断り方

 ミネルヴァは慌てて淑女の礼をとる。


「お久しぶりです。おかあさま」

「ええ、久しぶりね。二人の仲のいい姿が見られて嬉しいわ」


 継母は優しい笑みを浮かべると、ミネルヴァの頬を撫でる。


「殿下、至らない娘で大変でありませんか?」


 継母の問いにミネルヴァの肩が小さくはねる。

 ミネルヴァは唇を噛みしめた。


(ミネルヴァ、平常心よ。平常心)


 感情を表に出してはいけない。

 どんなときもミネルヴァは真一文字に唇を結び、なんでもないふりをする。

 アドルフがどんな回答をするのか、それだけが不安で心臓が張り裂けそうだった。

 アドルフは優しくミネルヴァの肩を抱く。

 次は、ミネルヴァの肩が大きくはねる。


「問題ありません。ミネルヴァが来てから、屋敷が明るくなりました」

「まあ、お優しいのですね」

「本当のことです」


 ミネルヴァはホッと胸を撫で下ろした。


(よかった)


 まだ何も役には立っていないが、迷惑にもなっていないようだ。

 継母は笑みを深める。


「久しぶりに娘とゆっくりお話がしたいのですが、少し、娘を貸していただけますでしょうか?」

「もちろん、構いません。ミネルヴァ、私は適当にしているから、ゆっくり母君と話してくるといい」

「はい」


 アドルフは優しくミネルヴァの背を叩くと、人集りの中へと消えていった。


「ミネルヴァ、外でゆっくりお話しましょう」

「はい。おかあさま」


 ミネルヴァは継母に促されるまま、会場の外へと向かう。

 パーティの終盤になると、ここも人で賑わうのだが、庭園はまだ人がいなかった。


「シュダルン公爵家ではどう?」

「とてもよくしていただいています」

「殿下は怒ったりしていない?」

「はい。いつも優しいです」

「……そう」


 継母は頷いてから、考え込むように黙った。

 何かおかしなことを言っただろうか?

 もしかしたら継母は、ミネルヴァがひどい目にあっていないか心配しているのかもしれない。

 ミネルヴァはアドルフやシュダルン公爵家のみんなが、悪い人だと勘違いされるのはいやだと思った。


「本当に、よくしていただいています!」


 料理がとてもおいしいこと、お布団がふかふかなことをを思い出して、ミネルヴァは想わず頬を緩めた。

 すると、パチンと軽く頬を叩かれる。


「また顔が緩んでいるわ」

「申し訳ございません」


 ミネルヴァは慌てて両手で頬を押さえる。

 またやってしまった。

 継母は深いため息をついた。


「本当に心配だわ。あなたは思っていることが感情に出やすいの」

「はい」


 ミネルヴァは唇を噛みしめる。たくさん練習したのに、失敗してしまったようだ。


「そうよ。そうやって顔を引き締めなさい」

「はい」

「教えたことは忘れていないわね?」

「……はい。忘れていません」


 継母のため息が再び聞こえて、ミネルヴァはスカートを握りしめた。

 彼女の手がミネルヴァの頬を撫でる。


「叱っているわけではないのよ、ミネルヴァ。私はあなたのことが心配なの」

「はい。わかっています」


 いつも継母には気苦労をかけている。すべてはミネルヴァが不器用なせいだろう。

 結婚してまで心配をかけているのだ。申し訳ない気持ちで胸がいっぱいだった。


「毎日教えを守って生活しているわね?」

「……はい」

「もしそれで殿下に叱られたら、すぐに相談なさい」

「はい。おかあさま」

「私は会場に戻ります。あなたは少しここで心を落ち着かせてから戻りなさい」


 継母はミネルヴァの頭を撫でて背を向ける。

 ミネルヴァは彼女の背中を見つめながら、胸を押さえた。


(おかあさまに嘘をついてしまったわ)


 継母の教えを守ることはできていない。

 おいしい料理をお腹いっぱい食べてしまっている。

 きっと今のミネルヴァの生活を見たら、継母は卒倒してしまうだろう。


 ミネルヴァはベンチに座りながら、パーティー会場を見つめた。

 窓の奥から影が見える。

 男女が手を取り合って踊る影だ。


(楽しそうだわ)


 くるくる回る影が笑っているように見えた。

 ミネルヴァは立ち上がり、影と同じポーズを取る。


(私もアドルフさまと踊れたらいいのに)


 もれ聞こえる音楽に合わせて揺れてみた。

 ステップはわからない。

 だから、くるくる回ってみる。


 ふわふわでひらひらのドレス。

 見つめ合いながらするダンス。

 楽しそうに笑い合う会話。

 どれも、ミネルヴァの憧れだ。


「たらら~」


 音楽に合わせて口ずさむ。

 そう、こんな感じ。回って、足を軽やかに動かして。

 みんなもこんなふうに楽しいのだろうか?


(アドルフさまと踊ったら楽しいのかしら?)


 アドルフと踊る姿を想像して、ミネルヴァは頬を染めた。

 気持ちが軽やかになっていく。

 ミネルヴァはみんなの動きを思い出してステップというものを踏んでみた。しかし、足先がドレスの裾に絡んで体勢を崩してしまう。


「きゃっ!」

「危ないっ!」


 ミネルヴァが叫んだのと同時に、聞き慣れた声が耳に入ってきた。

 しかし、その声に意識を向けることはできなかった。

 ミネルヴァは転んだときの衝撃に備えて、ギュッと目をつむる。

 ドサッと大きな音とともに、ミネルヴァは倒れ込んだ。

 しかし、予想していた衝撃はこなかった。


 理解ができず、おそるおそる目を開けると、目の前にアドルフがいたのだ。ミネルヴァの下敷きになって。

 ミネルヴァは目を瞬かせた。


「アドルフさま?」

「怪我はないか?」

「はい。平気です」

「そうか。よかった」


 アドルフはわずかに笑うとミネルヴァの頭を撫でる。

 ミネルヴァは慌ててアドルフの上から下りた。


「も、申し訳ございません……!」

「気にするな。それより、一人で何をしていたんだ?」

「ダンスのようなものです」

「ああ、そうだな。楽しそうだった」


 アドルフが肩を揺らして笑う。

 そんなふうに笑うのをあまり見ない。

 なんだか少しだけ恥ずかしかった。


「挨拶にも飽きたし、少しここで話をしよう」

「はい」


 アドルフは起き上がると、ミネルヴァの手を引いてベンチに座る。

 ミネルヴァは彼の隣に腰掛けた。

 音楽と笑い声が屋敷からもれ聞こえる。


「なぜ、いつもダンスを断っているんだ?」

「ダンスができないからです」

「できない?」

「はい。秘密にしていて申し訳ございません」


 ミネルヴァは消え入るような声で言うと、ギュッとドレスを握りしめた。

 パーティーに来る前に言うべきだったのだ。けれど、本当のことを言うのは恥ずかしかった。

「貴族の娘のくせにダンスもできないのか」とアドルフにがっかりされたくなかったのだ。


「習わせてもらえなかったのか?」

「いえ……! おかあさまはちゃんと、教えてくださいました!」


 ミネルヴァは思わず大きな声を出した。慌てて両手で口を塞ぐ。

 継母に淑女らしくないと怒られたばかりだ。


「たくさん練習したのですが、ダンスは上手にできなくて。おかあさまが上手な断り方教えてくださったのです」


 幼いころのミネルヴァは、いつも継母を困らせていた。

 ダンスの練習の初日。ミネルヴァは教えられたステップを踏むことができなかった。

 あまりの下手さに、継母が大きなため息をついたのを覚えている。


『あなたはダンスが下手ね。このままではパーティーには行けないわ』

『もっと頑張ります!』

『そうね。でも、苦手なものを無理にする必要はないわ。あなたはダンスより上手な断り方を覚えたほうがいいわ』


 かくしてダンスの練習の日は、『上手な断り方』を練習する日になったのだ。


「上手な断り方か。……あまり上手ではなかったがな」


 アドルフは苦笑をもらす。

 ミネルヴァは肩を落とした。


(せっかく公爵夫人として認められる日にしようと思ったのに……。失敗してしまったわ)


「ダンスが嫌いなわけじゃないんだな?」

「はい」


 みんなのように才能があったら、ミネルヴァもダンスを踊ってみたかった。

 いつも羨ましかったのだ。


「よし。なら、私が教えよう」

「え?」


 ミネルヴァの素っ頓狂な声が庭園に響いた。


 ◇◇◇


 突然始まったダンスレッスン。

 昼食後の一時間。アドルフがミネルヴァのために用意してくれた時間だ。

 サリとクロイが見本を見せてくれる。

 聞けばサリは貴族の子爵家の家の出なのだという。縁あってシュダルン公爵家で仕事をしているらしい。

 貴族の出ということで、ダンスも得意なようだ。


 二人の見本を見て、アドルフと一緒にダンスを踊る。

 これがとても難しい。


「ひゃっ!」


 ミネルヴァの叫び声が響く。

 転びかけたミネルヴァの腰をアドルフが支えた。


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