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【5万PV感謝】異世界転霊した陰キャモブ顔おやじはとっとと逃げたい、お前ら凄いんだから俺のことはほっとけ  作者: 寝院 駝朗
第8章 VS神殿騎士団編

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177 マード防衛戦7(ラシュー視点)

大門が開き、マードを防衛する全兵士が門から飛び出してゆく。


味方の軽装騎兵が門の横から外に走り出す。


私は弓と矢を手にした巡視隊二十を引き連れて、最後に門から出た。


私達が外に出た直後に、大門が閉ざされる。


こちらの兵が一度に敵に向けて突入する。


敵の軽装歩兵はおよそ二百。対する防衛側の軽装歩兵は百。その戦力差は二倍だ。


騎兵も敵は重装騎兵が五十。こちらは軽装騎兵が二十。騎兵戦力だけでもかなりの差だ。


こちらの兵はガイ君に貰った『元気が出る薬』を少ずつ分け合って飲んでいた。


とても効く薬で、少量でも体に力がみなぎると、皆言っていた。


私は薬を飲まなかった。


学者の私に剣を振るのは無理だから、私の分まで他の人に飲んでもらいたかったからだ。


今、私は手に弓を持っている。


昨日から一睡もしていないが、眠気は全く感じなかった。


背の矢筒には昨日の夜に徹夜で作った、特製の矢が入っていた。


学者とは言え、私も腐ってもエルフだ。


弓矢の扱いは平均的な人族より少しは上手いと思う。


それにしても、この私が武器を持って戦場に立つ日が来るとは思わなかった。


「人生とは何があるか分からない物だな……」


私は人でなくエルフなので『人生』と言う言葉は、用法としては間違っているのだが、『エルフ生』と言う言葉は無い。人族以外の種族も慣用句としてこの『人生』という言葉を使うし、その事を誰も気にしない。


こんな些細な言葉の使い方をいちいち気にしてしまうのは、私が学者だからかもしれない。


私はエルフだが、この国に住む他のエルフと違って、肌が褐色で髪も黒髪だ。


エルフにもいくつかの種族があって、私の様な容貌のエルフはこの北の大陸では『黒エルフ』と呼ばれている。


私の種族の故郷は南の大陸らしいのだが、私自身は南の大陸に行った事は無い。


生れも育ちもこの北の大陸だ。


親はあちこちの街を移動して生活していたようで、その旅の最後に流れ着いたのがこのマードの街だ。


私が成人する前に父は森の魔獣にやられて死んでしまった。


その翌年、母も流行り病でこの世を去る。


家族が居なくなった私は、親の残した金を持ってラグナ王都に行き、平民にも門戸を開いている名門の私塾に入学する。


学費は高かったが親の残してくれた遺産と、裕福な商家の子息の家庭教師の仕事などをして、何とか学業を続けることが出来た。


ある日、私は王立魔導研究所の門の前に立っていた。


中に入れる当てがあったわけでは無い。


ただ、どんな所かと興味があって、観光気分で行ってみた。


そこには、美しい白亜の宮殿のような洗練された巨大な建築物が建っていた。


(これが、あの高名な王立魔導研究所か……)


門番が私を胡散臭そうに見ていたので、すぐにその場を離れた。


大通りを少し進んで振り返った私の目に、門の内側の広場から空に飛び立つ、白い物が見えた。


大きな翼を左右に広げた純白のワマが優雅に空を舞っていた。


その背に、一人の人物が横向きに足を揃えて座っている。


体にぴったりと張り付く黒い服を着て、金の長い髪を後方にたなびかせて前を向く横顔が私の目に映る。


耳が横に長く、先が尖っている。


作り物の様に整ったその横顔が私の目に鮮烈な印象で焼き付いていた。


(エルフだ。しかし、なんて美しい人だ……)


すぐ側の屋台で魔道具を売る店主の男に声をかける。


「あ、あの人は誰か分かりますか?」


店主の男は、私の顔をみて一瞬戸惑った様子になる。


「黒髪……、その耳はエルフか、あんたの様な種族のエルフが居ると聞いたことがある。だが、この街でその黒髪は目立つな。黒髪は魔族の色なんだ。外を歩く時は帽子でも被った方がいいぞ」


「ああ、次から気をつけます。それより、あの飛んでいくワマに乗っている人が誰なのか知りたいのです」


「あの人を知らないって事は、あんた観光客か?あれは、賢者ヒューリン様だ」


「あれが……。美しい方だと聞いてはいましたが、あれほどとは……」


「観光客の中にはこの近くに宿をとって、一目ヒューリン様を見ようと、毎日ここに通ってくる人間も居る。それでも、一度も見られずにこの王都を離れる人間の方が多いんだ。あんた、ついてるぞ」


「そうなんですか……、ありがとうございます。それじゃ、この、魔石を一つ頂けますか?」


「ははは、この程度の話で儲けようとは思わんよ。無理に買う必要は無い」


「いえ、どうせ、実験に必要ですから。それに、ここは他の店よりお安いようです」


「それが、分かるのか?という事はあんた魔術師か?」


「その卵です」


「そうかい。なら今後は贔屓にしてくれよ」


「ええ、お願いします」


それから、私はラグナ王立図書館に通って、賢者ヒューリン様の著作を読み漁った。


ヒューリン様の著作は禁書とされている物も多い。


実際に王立図書館所蔵の目録に書名があっても、特別な許可の有る人物にしか閲覧を許可していない著作ばかりだ。


賢者様が記されたとされる膨大な書作目録の中には、書名だけが残って居て、実物が失われている物もある。


実際に図書館で閲覧可能なのは、ほんの十数冊ほどだけだった。


その数少ない閲覧可能な著作も、その場で書き写すことが禁止されているので、図書館で内容を必死に記憶して、自室に帰ってから写本する作業を毎日続けた。


王立図書館所蔵の未読本が尽きると、知り合いのつてを頼って、ヒューリン様の著作の写本を買いあさる日々が始まる。


ただ、ヒューリン様の著作とされる物には偽物が多い。


大金を払って買った本が偽書と分かって、頭に来て床に叩きつけたのも一度や二度では無かった。


彼女の著作はあらゆる分野を網羅していて、本当にこれを一人のエルフが書いたのかと思うほど広範囲に渡っていた。


『賢者ヒューリン』とは一人のエルフの事でなくて、大勢の専門家集団の総称なのでは無いかと、つい疑いたくなってしまうほどだ。


そう考えないと、自分と彼女の才能の差に絶望してしまいそうになる。


彼女は百年前に、忽然とこの王都に姿を現したという。


あれほどの人物がそれまで名を知られていなかった事を考えれば、実際の年齢も百歳そこそこなのだろうと想像できた。


私達普通のエルフは、寿命が二百歳くらいと言われている。


伝説の『真祖エルフ』は五百年以上生きるというが、それはさすがに常識的に有り得ない。


吟遊詩人の夢想が生んだ、大げさなお伽噺なのだろうと思う。


王都の私塾に入った時の私はまだ二十歳くらいの若者だった。


あと百八十年で寿命になるまでに彼女と同じだけの著作を書けと言われても、まず不可能と言うしかない。


そんな凡庸な自分に出来るのは、賢者ヒューリン様の足跡を研究する事だけなのだろう。


その方が知の探究を深めるのに、遥かに近道だ。


王都の私塾で五年学ぶ間に、いくつかの学位を取り、中級魔術師の資格も取った。


知識量だけなら上級魔術師に劣らない自負はあったが、上級魔術師の試験を受ける資格が私には無かった。


何の後ろ盾も無い平民が中級魔術師に成れただけで破格な事だったので、その事に不満は無かった。


私塾を修了してから、王都で職探しをしたが、私の黒髪の見た目が悪いという事で、良い仕事に就くことは出来なかった。


それまで続けていた、商家の家庭教師の仕事が終わったのを機に、私は故郷のマードに戻った。


ラグナ王都での暮らしは刺激が多くて退屈しなかったが、正直少し疲れている自分を感じていた。


私はやはり根が田舎者なのだろう。


安全で派手な都会より、魔獣のいる危険な森の側の街に住む方が、自分の性に合っているようだ。


親から受け継いだ家に住み、領都の商人からの依頼で魔術具を作って卸すことで、生計を立てる暮らしを始めた。


その後、旅人だったシスと知り合って所帯を持ち、家を改装して宿屋を始めた。


深遠なる闇の世界の探求に寝食を忘れて没頭した日々は遠くなり、いつもの日常に埋没する平凡で穏やかな日常が続く。


辺境の地にあって、学術書は入手が困難だ。


過去の知識の貯蓄を役立てることで何不自由なく生活は出来ていたが、私の知識は過去の一点で止まっていて、学者としてはほぼ死んだような状態だった。


ある日、宿の泊り客の少年のガイ君が、自分の師匠を『賢者ヒューリンだ』と言った。


その軽い言葉に、自分の憧れの賢者様をからかわれたような気がして、少し気分が悪くなった。


それで、大人気なく、馬鹿にした態度で彼の言葉を一笑に付してしてしまった。


彼の言う事を信じなかったあの時の自分の態度を、今、私は深く恥じている。


もっと、彼と話をしておけば良かった。


ヒューリン様の普段の様子なども、訊いてみたい。


(ああ、私は今死ぬわけにはいかない。この戦いに勝って、ガイ君と共にヒューリン様の事をたくさん語り合うんだ)


昨夜は一睡もせず、彼からもらった賢者様の魔術書を読みふけった。


ヒューリン様の魔術式は、簡素で合理的で、一切の無駄がなく、何より文様の見た目が優美で美術的視点から見ても美しい。


一つ一つの術式は単純すぎるほど簡潔でも、その術式同士をつなぎ合わせて多面的で複雑な効果の魔術を発動することが出来る構造になっている。


こういう発想は従来の魔術には無かった。


従来の魔術式は、一つの魔術ごとに複雑で難解な式を、木の根か蜘蛛の巣のように縦横に張り巡らして創るものだった。


式が大きいほど魔力の効率が悪くなり、術式を発動するための魔石の費用も高くなる。


難解な術式を間違いなく正確に描くのは、熟練の魔術師にとっても非常に困難な作業だった。


それに対して、賢者ヒューリン様の術式は、誰でも覚えられる単純なわずか数十種類ほどの小さな術式を、様々な順番と位置で単純に並べる事で、多様な新しい効果を生み出せる。


その組み合わせはほぼ無限と言ってよく、おそらく、この新しい魔術式の組み合わせの効果を検証するだけで、私の一生は終わってしまうに違いない。


『ワマでも分かる初級魔術式』と言う本は『初級』と謳ってはいるが、その実『奥義』と呼んでいいほどの至高の著作だ。言うならばその内容は『入門にして最終到達地点』と呼べるほどの高度なものなのだ。


今、私の懐には憧れの賢者ヒューリン様の直筆の魔術書がある。


ガイ君がくれた物だ。


この本をどこかに隠して置こうかとも思ったが、どこに隠すのも心配で、結局、自分で持って来てしまった。


(私が死ねば、この本は失われる)


だから、ここで死ぬわけにはいかない。


背中の矢筒から矢を一本引き抜いて、弓につがえる。


(この目の前の敵を、私は躊躇なく殺す!)


そう決意して私は巡視隊の二十人と共に走る。


前を走る騎士団の騎士百人が、敵の軽装歩兵部隊とぶつかって戦闘が始まった。


氷の壁を地面から半球状に展開した場所に、カディス様とマリさん達が居る。


突撃の勢いで押し進み、こちらの騎士団が氷の壁に到達した。


直後に氷の壁が消える。


先頭を走っていたオルセ巡視隊長が、真っ先にそこに飛び込む。


少しして、彼は小柄なマリさんと赤葉さんを両肩に抱えて、後ろに下がって来る。


後方の仲間に二人の女性を託して、オルセ巡視隊長はすぐに前線に戻って行った。


女性を受け取った騎士達は大門の前まで下がる。


やぐらの上から垂らされた太紐を、手早く二人の女性の脇に通して括る。


太紐が引かれて、マリさんと赤葉さんは上のやぐらに引き上げられた。


後からカディス様が、二人の大きな敵の男を肩に担いで走って後退して来た。


カディス様が大門に到達すると、足元から太い木の柱が立ち上がり、三人の体をやぐらの上に持ち上げる。


(カディス様は、なぜ、戦っていた敵の騎士を連れていったのだろうか?捕虜にする気か?)


とにかく、これでカディス様達は無事に保護出来た。


後は私達が敵を倒せばいいだけだ。


こちらの騎兵二十騎が歩兵を大きく回り込んで敵騎兵側面に迫り、矢を射かける。


その矢は重装騎兵の鎧に当たって跳ね返る。


敵の重装騎兵隊は隊を三つに分けて、それぞれ別の方向に走らせる。


マードの軽装騎兵二十に対して、重装騎兵十騎をぶつけて来る。


数は少ないが、完全武装の騎兵の集団の突破力は侮れない。


こちらの騎兵は進路を変え、敵に背を向けてその場を離れる。


その背を追う敵の重装騎兵十騎。


敵の残りの騎兵四十が二手に分かれて、マード軽装歩兵の両翼を挟み込むように回り込んでくる。


あの鎧の騎兵に左右両翼から挟まれたら、こちらの歩兵はあっと今に壊滅させられてしまう。


「皆、矢をつがえろ!土色の矢!」


大きく回り込んだ敵騎兵がみるみる迫って来る。


「構え!………撃て!」


私の合図で、矢をつがえた巡視隊の二十人の半数ずつが、それぞれ左右方向に矢を放った。


矢は上空高く弧を描いて緩やかに落下して敵の前の地面に刺さる。


こちらの兵の左右の地面に十本ずつの矢が突き立っていた。


「馬鹿め!どこに矢を打っている!踏みつぶせ!」


と指揮官らしき先頭の敵騎兵が叫び、敵の重装騎兵がこちらの両翼に突撃して来た。


先ほどの矢が突き立った地面の上を敵騎兵が通る。


次の瞬間、敵の騎兵の前列が同時に前にふっとび、大きく回転しながら転倒した。


ワマに騎乗していた兵達が、弾かれたように宙を舞って飛んで行く。


後続のワマ達も、前で転倒したワマに足を取られて次々に転倒する。


「何だ⁉何が起きた⁉」


さっき叫んでいた敵の指揮官が、倒れて地面に横たわったまま、驚きの声を上げていた。


「見たか!この矢の先には、私が昨夜徹夜で魔術式を刻んだ魔石を取り付けてある!」


予想以上の効果に興奮してしまい、敵の言葉に答えるかのように私は声を上げていた。


この術式は『ワマでも分かる初級魔術式』からの応用で作ったものだ。


土魔法で物を作る時に、新しく魔法で土を作るのでなく、その場にある地面の土を使う場合には、固い土を一度柔らかくする必要が有る。


その、土を柔らかくするまでの術式を魔石に刻んでおいた。


矢の突き立った周囲の地面は手でこねられるくらい柔らかくなっていて、そこに敵のワマは足を取られて転倒したのだ。


(魔石は貴重な物だが、ちょうど領都のヤマ西商会からの仕事で、何種類かの魔術具の制作を依頼されていたところだ。その魔術具の材料になる魔石の在庫が大量に家にあって助かった)


「次!赤い矢、撃て!」


私の指示で今度は、赤い色に染められた矢が、転倒した敵の騎兵に真っ直ぐ射かけられる。


その矢は敵の鎧に当たると大爆発して、火炎が立ち昇り、敵の鎧が火に包まれる。


「ぎゃぁー!」


「熱い!」


「うわー!」


敵の騎兵のうち、半数くらいが火だるまになる。


無事だった騎兵も戦闘どころでは無くなり、散り散りになって逃げだす。


その背に、追い打ちの爆裂矢が打ち込まれ、その九割が壊滅する。


(よしっ!これで、こちらに向かってきた敵の騎兵はほぼ無力化した)


爆裂矢の魔石には発火の術式を刻んである。


ヒューリン様の本の中に、魔石から火を出す術式があった。それを応用して、力の向かう先を外でなく魔石の中に設定して、火の魔術を魔石内に閉じ込める形にした。


行き場を無くした火の魔術が魔石の中で膨張し、飽和状態で限界を迎えて爆発する仕組みだ。


これにも、ごく単純な魔術式しか使っていない。


マードの軽装騎兵二十騎が平原の向うからこちらに向かって戻って来る。


その背後に敵の十騎の重装騎兵を引き連れている。


「巡視隊は全員左翼に移動!」


騎兵の戻ってくる方向に巡視隊の弓矢部隊を移動させた。


「土色矢、狙え!」


こちらの軽装騎兵の背後の地面に矢が落ちるように狙いを定める。


「撃て!」


大きく弓なりに飛んだ矢が地面に刺さり、その上にワマで差し掛かった敵の重装騎兵が次々転倒する。


すると、それを確認したこちらの騎兵がすぐに騎首を返して、転倒した敵の騎兵に突撃する。


矢が土を柔らかくする効果はほんの十五秒ほどしか続かない。


すでに固くなった地面の上をこちらの軽装騎兵が疾走して、地に倒れた敵兵の上を駆け抜ける。


敵の重装騎兵は、鎧の上からワマの足で踏み砕かれ、逃げようとした者もこちらのワマの体当たりで吹き飛ばされる。


敵騎兵を殲滅したマードの無傷の騎兵隊が、そのまま大きく敵の背後に迂回してゆく。


その騎兵に対して、敵の魔法杖隊二十人が杖を掲げ、火魔法を放つ。


騎兵隊が進路を変えて、その魔法をかわす。


敵歩兵部隊の背後に整列した魔法杖隊のせいで、こちらの騎兵隊が敵の背後を突くことが出来ない。


歩兵戦力だけなら、敵がこちらの二倍はある。


防衛側の士気の高さで、現状戦力は拮抗しているが、時間の経過とともにこちらが不利になるのは間違いない。


敵歩兵の背後を守る、あの魔法杖隊を何とかする必要が有る。


火魔法の届かない距離で、遠巻きにマードの軽装騎兵が待機する。


(では、次の策だ)


正直、この策を実行することに私は躊躇した。


しかし、ぜひこの作戦をやりたいと、彼ら自身が強く志願した。


(みんな、頼んだ……)


整列した敵の魔法杖隊の背後に、突然、黒い密偵服の小柄な一団が現れた。


彼ら……いや、彼女ら、ソエリ食堂で働いていた給仕の娘達は、手の短弓につがえた矢を敵の魔法士達の背に打ち込む。


魔法の杖を持った敵の魔法杖隊は、その背後からの矢の攻撃で全員倒れた。


彼女らソエリ食堂の娘達には、認識疎外の魔術具を持たせていた。


通常、認識疎外の魔術はほんの数秒しかその効果を発揮しない。


一つの屑魔石で、五回は認識疎外の術を使えるが、一度術を発動させた後、数秒は魔石を休ませる必要が有り、途切れずに連続使用することは出来ない。


しかし、十個ほどの魔石を術式でつなげて魔術を連続発動し、それを何度も魔石間で循環させることで、連続一分間姿が消せるように魔術具を改良した。


彼女達は術式を発動させてから大門のやぐらを飛び降り、足音を殺しながら敵魔法杖隊の背後に一分間で到達するという離れ業をやってのけたのだ。


敵魔法杖隊を倒したソエリ食堂の娘達が森の方向に向かって走る。


その娘達を敵の軽装歩兵が追う。


ソエリ食堂の娘達は、すでに一分間連続で走り続けた直後で、これ以上走る体力が残っていない。


おぼつかない足取りで、ふらつきながら必死に彼女たちは敵から逃げる。


足をもつれさせて、後方の数人の娘達が転んだ。


敵の歩兵がその背に剣を振りあげる。


「ああ!駄目だ!」


今まさに剣を振り降ろそうとしていた敵歩兵の喉に、前方から飛来した矢が突き立っていた。


「勇敢な娘達を死なすな!」


こちらの軽装騎兵隊が土煙を上げて突進してきていた。


逃げるソエリ族の娘達の間を通す精密射撃で、敵の歩兵だけを正確に射貫いていた。


走るワマの上からあれほど正確に敵に矢を当てられるなんて、凄い練度だ。


(やはり、ヤマの兵が強いというのは本当の事だったんだな)


ラグナとの戦いでヤマが一度も負けた事が無いという話が納得できた。


それ以上走れなくなり、膝を着いてへたり込むソエリ食堂の娘達の間を抜けて、軽装騎兵二十騎が敵歩兵の背後を突いた。


長剣を抜いた騎兵隊が、敵歩兵を斬り飛ばし、撥ね飛ばしながら、走り抜けてゆく。


「うわー!騎兵だ!」


「反転だ!大盾隊は来い!」


「駄目だ、間に合わない!」


敵の背後を一方的に蹂躙する軽装騎兵隊。


「攻め時だ!出し切るぞ!死力を尽くせ!」


傷だらけのオルセ巡視隊長が味方に檄を飛ばす。


前後を挟まれた敵歩兵はあっという間に総崩れになった。


隊列も何もなく、敵神殿騎士団の騎士達は我先に逃げ出し始める。


「逃がすな!敵兵はまだ多い!再集結されたら、立て直されるぞ!今ここで敵主力を殲滅するんだ!」


勝ちを意識し始めた仲間に、オルセ巡視隊長の冷静な言葉が飛ぶ。


広い平原で逃げ惑う敵兵の背を、こちらの騎士団の騎兵と歩兵が、情け容赦なく追撃する。


私も腰の戦場剣を抜き、逃げる敵の背を追う。


普段の運動不足のせいで、息が切れて肺が爆発しそうだ。


(辛い!苦しい!でも、ここで敵を逃がすわけにはいかない!やるしかない!頑張れ私!もう少しだ!あと少しだけ頑張れば全て終わるんだ!それまでの辛抱だ!)


人生で初めて振った剣が、敵の背に突き刺さる嫌な手ごたえを意識しながら、必死で私は走り続けていた。

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