176 マード防衛戦6
真っ直ぐ最短距離を滑って私は、鎖分銅の男に迫る。
両手の先に最高硬度の氷の剣を伸ばして、それを斜めに構える。
男の赤い鎖分銅が私に向かって飛ぶ。
左手の氷の剣で受ける。
氷の剣は粉々に砕けるが、敵の赤い分銅はわずかに横に反れて、私の体に当たらない。
もう一つの分銅も右手の氷の刃で受けた。
私の両手の武器は無くなったが、すぐ目の前に敵の生身の体が立っている。
氷の上を滑るのに使っていた足の氷の刃を、目の前の男に振りあげる。
「舐められたもんだな」
苦笑いしながらぼそりと男が言う。
蹴り上げた私の足を、男の足が下からすくい上げるように、頭上に向かって払う。
私の体が宙に浮いて、その場で一回転してお腹から地面に落下した。
とっさに顔を横に向けて上を見ると、男の足が私の体を踏みつけようとしていた。
転がってそれをかわす。
鎖分銅を手元に引き戻した男が鎖を短く持って、分銅を私の体に振り下ろして来た。
更に転がってよける。
「お前ら魔法使いが、騎士に接近戦を挑んで勝てると思ったのか?むしろ接近戦はこっちの得意だ。魔法使いが俺達騎士に勝つ気なら、距離を取って遠距離攻撃の手数で攻めるしか無いんだよ!」
言いながら休みなく男の鎖分銅が私の体目掛けて振り下ろされる。
(よけ切れない)
何とか身を起こして立ち上がろうとすると、胸の真ん中を男に蹴られた。
「がはっ!」
小柄な私の体が後ろに吹っ飛ぶ。
息が詰まった。
(でも、少し距離が取れた)
蹴り飛ばされた先の空中に、氷の板を浮かべてその上に落ちる。
そのまま板の上を滑って、反対側に足から降りて、地に立つ。
休む間もなく鎖分銅が繰り出されるのを横に飛んで避けて、そのまままた氷の道を滑って、男から距離を取る。
(奇襲は失敗ですね。さすがに近接対策はしていましたか……)
「遠くからちまちま魔法を打って勝つのは、私の戦い方じゃ無いんですよ!それじゃ、敵の男共が無様に死ぬのを、近くで見て楽しめないじゃ無いですか!」
「この、変態女が!」
「股間で物を考える糞男に言われたくは無いですね!」
「言ってろ!」
「私の速さはこんなものではありませんよ!」
両腕を左右に振って、足の氷の刃を思い切り蹴って、最高速度で氷の上を滑る。
足元の氷の道が大きく削れて、横に散らばる。
「だからそれがどうした⁉」
男が大きく鎖分銅を横に回転させて、私の足元を刈り取るように振る。
跳び上がって避けると、空中に浮いた私の体目掛けて、もう一つの分銅が真っすぐ飛んでくる。
体の横、斜め上に傾けた氷の盾を出す。
盾が砕けて分銅が僅かに頭上を抜けてゆく。
地に着地して、そのまま前に進もうとするが、男が手元の鎖を小さく引くと同時に左肩に衝撃と激痛を感じる。
態勢を崩してその場で転倒した。
頭上を通過した分銅を手元の動きで引き戻して、私の体に当てたようだった。
左腕が痺れて動かなくなった。
軽めの攻撃だったので骨は折れていないようだが、これで左手はしばらく使えない。
倒れたまま、連続して氷の盾を出して防御する。
相手の鎖分銅が交互に私の氷の盾を砕き続ける。
(このまま、これを続けていたら、魔力が持ちませんね)
右手を振って百ほどの小さな氷弾を作って、敵の頭上の上空に放つ。
私の氷弾はゆっくりと放物線を描いて、広い範囲で鎖分銅の男に落ちてゆく。
男は頭上と私を交互に見て、横に走る。
そうして敵の攻撃が止んでいる間に、懐から上級治癒薬の小瓶を出して、一息に飲む。
左肩の痛みが治まる。
私の氷弾の攻撃範囲を抜けて、男がまた攻撃を再開する。
(魔力回復薬を飲む時間までは取れませんでした)
両手に氷の刃を出して鎖分銅を防ぎながら、氷の道を滑る。
鎖分銅が大きく横に振られてまた私の足を刈りに来る。
(もう、上には跳べない)
私は頭から前に跳んだ。
胸の前に氷の刃を二枚縦に作って、それに乗って頭から氷の道の上を滑る。
次に体を丸めて、全身に丸く氷をまとって転がり、直後にその氷を爆発するように辺りに飛散させる。
周囲に氷の粉が舞って、霧が発生したような状態になる。
(これで今、私の姿は見えないはず)
合わせて認識疎外の魔術具を発動して、前に走る。
もう一度、百の小さな氷弾を敵の頭上に打つ。
私の姿を探していた鎖分銅の男が、頭上を確認して横に走る。
その進路に向けて私も走る。
(ここで決める!)
認識疎外の効果が切れて、私の姿が現れる。
男が落下する氷弾の範囲を抜けて、私に目を向ける。
左右の手の氷の刃を連続して前に突き出す。
鎖を短く持った男の両手から早い軌道で、二つの赤い分銅が私の腕の氷の刃を砕く。
一歩下がって右手を前に突き出し、次の氷弾を打ちだそうとするが、前に走り出た男に胸を蹴られて、飛ばされる。
「ぐっ!」
痛みをこらえて、そのまま宙返りをして足から地に立つ。
赤い分銅が私の右肩を捉えていた。
肩の骨の折れる音が聞こえてきた。
更に、私の右脛に、小さく円を描いて的確に赤い分銅が当たる。
右脛の骨が折れる音がした。
私は左足一本で前に跳んだ。
左手を振りあげて、氷弾を打とうとする。
横から振り抜かれた赤い分銅が私の左腕を砕く。
男が一歩後ろに跳んで真っすぐ立つ。
左脚一本で自分の体重を支え、ふらつきながら私はその場に立っていた。
男は無表情でじっと私を見詰めている。
「なぜ、とどめを刺さないのです?」
「勝負はついた。負けを認めろ。女を殺したくはない」
「ふっ、とことん甘い男ですね。実は育ちがいいのでしょうか?いいですか、一つ教訓を与えてあげます。私は毒蛇です。毒蛇はどんなに小さくても侮るべきではありません。頭を潰してとどめを刺すまで一瞬も油断できないのです。今、私は魔力を練って一つの魔法を構築しています。この魔力は何の魔法を発動するのでしょうかね?さあ、私にとどめを刺しなさい。もし、ここであなたが私を見逃して背を向けて去るなら、その背に魔法を打ちますよ」
「なぜそれを俺に言う。黙って俺の背を攻撃すればいいだろ」
「さあ、なぜでしょうか?あなたの騎士道精神に感化されたのかもしれません。あなたは真っ向勝負で私を打ち負かした。あなたも騎士なら分かるでしょう。負けた相手に見逃されて生き恥を晒す様な屈辱は耐えられません。ここが私の死に場所です。お願いします。私にとどめを」
「……そうか、分かった」
男が手の鎖分銅を握り直す。
「あ、待ってください。それで私の頭を砕く気ですか?顔はやめて下さい。頭を潰されて醜く死ぬのは嫌ですよ。あなた、短剣くらいは持っているでしょう?それで心臓を一突きにお願いします」
「そう言って、近づいた俺に魔法を打つ気じゃ無いのか?」
「仮にそうだったとして、あなたはそれを防げるのでは?」
「まあ、防げるな」
男は右手で腰の後ろから綺麗な意匠の短剣を引き抜いた。
その刃は赤く輝いていた。
(恐らくあれも、魔鋼と魔封じ鋼を錬金した短剣ですね)
左手には赤い分銅の鎖を短く持って油断なく構えている。
男がゆっくりと歩いて私の目の前に立つ。
「くっくくく……」
思わず私の口から笑い声が漏れる。
「何を笑う?」
「甘い。とことん甘い男です。言いましたよ。私は毒蛇だと。この勝負私の勝ちです。いえ、相打ちですかね」
私の異様な様子に違和感を持った男が、後ろに下がろうとして体を動かす。
しかし、下がれない。
「むっ?」
自分の脚元を見つめる男。
男の左足が地面に張り付いて、つま先からゆっくりと凍り始めている。
「話をしている間に、私の体の前の地面を超低温で凍らせました。その上に立ちましたね。これで、あなたは死にました。その氷はあなたの全身を凍り付かせるまで、止まりません」
「くそ!」
男が私を憎々し気に睨んで、魔鋼の短剣を大きく振りあげる。
それをよける術は今の私には無い。
(まあ、今回はこれでよしとしますか)
自分の戦いをしながら、時々カディスさんと赤葉さんの様子をうかがっていたが、どうやら二人とも敵に勝てたようだった。
(後は頼みました)
目を閉じた私の頬に血の生ぬるいしぶきが掛かる。
私はゆっくりと後ろに倒れる。
痛みは感じなかった。
(胸を刺されて痛くないとは、死ぬ時は痛みの感覚がマヒするものなのでしょうか?)
倒れたまま自分の命が尽きる時を待つ。
(ん?)
何かがおかしい。
失血で意識が朦朧とする感じが襲って来ない。
私は目を開き、首を傾けて自分の胸を見る。
私の服は血で真っ赤に染まっている。
しかし、胸元に服の破けや傷は見当たらない。
視線を上げる。
鎖分銅の男が、片膝を着いていた。
その足元に血だまりが広がっている。
男の横に、彼の左足の膝から下の部分が、凍り付いた状態で転がっていた。
「ぐううう……」
痛みに唇を噛んだ男が、自分の左の太ももを鎖で巻いて止血していた。
「自分の脚を切り落としたのですか?」
確かにあの氷結を止めるにはそれしか手が無い。
しかし、それを一瞬で決断して、実行できる人間は今まで居なかった。
「……やられたな。お前、すごく性格悪いぞ……」
額に脂汗を浮かべて男が私を睨む。
「ええ、よく言われます」
体の下の地面が盛り上がり、緑の蔦が私を抱え上げる。
蔦が私を後方に運ぶ。
「マリ君!」
太い二本の腕が私の体を受け止める。
上からカディスさんが心配そうに見下ろしていた。
「怪我は⁉」
「手足の骨が折れているだけです。この血は返り血です。私の血ではありません」
「そうか!良かった!」
嬉しそうに言うカディスさんの顔が至近距離から私を見詰めていた。
「カディス様、近すぎます。もっとお顔を離して下さい」
自分の顔が赤くなるのが自分で分かった。
「ああ、すまない」
私に言われてカディスさんが体を起こす。
「マリさん!御無事ですか⁉」
赤葉さんが私を覗き込む。
「ええ、あなたは黒風に勝ったのですね。立派です」
「それより、マリさん!あの賢者様の身体強化薬は⁉」
赤葉さんが私の懐をまさぐって、気色悪い色の『元気が出る薬』を取り出した。
その蓋を外して私の口元に近づける。
つんとする嫌なにおいが鼻を突く。
「ちょっ、何をするのです!?」
「いただいた賢者様の薬がとても効きました。マリさんもこれを飲んで元気になって下さい!」
「や、やめて下さい!こんなまずそうな薬は嫌です!」
「大丈夫です!まずいのは最初の二、三分くらいです」
「そんなに長く⁉」
私の言葉を無視して、赤葉さんが瓶の液体を私の口に注ぎこむ。
思わず、それを飲み込んでしまった。
「がはっ!がはっ!」
少し気管に入ってむせる。
「うううううう、まずいですー、まずいー……」
嫌な味が口いっぱいに広がる。
「はははは、マリ君は飲み薬が苦手かね?そんなところは子供みたいなんだなんだな」
カディスさんが面白そうに言う。
「これは私の唯一の弱点です。誰にも言わないで下さい」
「ああ、分かった、この場に居る三人だけの秘密だ」
と笑うカディスさん。
胃が熱くなって来て体に力がみなぎる。
「これも飲みたまえ」
カディスさんが自分の腰の袋から上級治癒薬を取り出す。
「治癒薬はもう、二本も飲んでしまっています。これ以上は私の体力が持ちません」
「そうか、困ったな」
「それより、私の懐に上級魔力回復薬が有りますそっちを飲ませて下さい」
「それも、負担が大きいのでは?」
「いえ、今、魔力を回復しないと、体の負担以前の話です」
と言って顔を上げて、敵の軍勢の方に視線を向ける。
「ああ、そのようだな」
とカディスさんも私と同じよう敵の軍勢に目をやる。
(敵五百の戦力のうち、敵の本陣に残った兵が百。森に入って行った兵が百。二百五十の軽装歩兵のうち、五十ほどを倒したので、残り軽装歩兵が二百。それに、完全武装の重装騎兵が五十。この無傷の重装騎兵が厄介ですね)
敵の二百の軽装歩兵が円盾と剣を構えて、こちらに迫って来る。
さすがに今の疲弊した三人であれと戦うのは無理だ。
赤葉さんが私の懐から魔力回復薬を出して飲ませてくれた。
魔力が体に満ちる。
しかし、魔力回廊のほうがかなり疲弊している。
カディスさんの緑の防壁が敵兵の前に立ち上がる。
歩兵となっている敵の騎士達がそれを剣で斬り飛ばしながら前に出る。
「うむ……、さっきの敵との戦闘で魔力回廊がかなり疲れてしまったようだ」
「では、私が」
私の氷壁がカディスさんの緑の壁の後ろに立ち上がる。
その壁に敵の魔法杖から火の魔法が打ち込まれる。
私の氷の壁がその火の爆発で溶け始める。
「私の魔力回廊も駄目ですね……」
二人とも魔法を一度解除する。
敵兵が私達を包囲する。私は自分たちの周りに半球状に氷の壁を立ち上げて、避難場所を作った。その壁の周りからカディスさんが植物の蔦の鞭を伸ばして、敵兵を攻撃する。
敵兵は何人かその鞭で吹き飛ばされるが、後から後から迫って来て、私の氷の壁を剣で攻撃する。敵の魔鋼剣の攻撃で、私の氷壁が徐々に削られる。
「ところで、カディス様」
「なんだい?」
「なぜこの者達を、ここに?」
氷の壁の中には私達三人以外に二人の男が倒れていた。
一人はカディス様と戦っていた大男。もう一人は、私と戦った鎖分銅の男。
「うむ。この魔族の男はなかなか強い。神殿騎士団を去ると言うから、それなら部下に出来ないかと思ってね」
「それでは、もう一人は?」
「ああ、彼の顔に見覚えがあってね。五年ほど前にラグナの王都で、王に謁見する機会があった。行きたくは無かったのだが、ラグナはいわば半分敵地の様な場所だ。謁見の場に護衛兵は連れて行けないから、従兄のヤーゲンに護衛を頼まれて、仕方なくついて行った。その場でこの彼を見た気がする。まだ少年だったが、凛々しい目をしていたので印象に残って居る。ひょっとして、彼はラグナ王家の関係者かもしれない。だとしたら、ここで死なすわけにはいかない。そのことが今後どんな影響を及ぼすか分からないからね」
「そうですか。この男の使っていた赤い分銅は『魔封じ鋼』と言われる魔力を無効化する錬金金属です。これを所持することを認められているのは、継承権のある王族だけです」
「くくくく……」
横で倒れている鎖分銅の男がおかしそうに笑う。
「俺は要らない人間だ。俺一人どこでくたばろうと、あいつらは何も感じないぜ。俺が死んでせいせいしたと思うくらいだろうな」
「それでもだ。君の死が、彼らにヤマを攻める大義名分を与えるかもしれない。君も自分の死をそんな事に利用されるのは嫌だろう?」
「ああ?ああ……、そうだな。それはちょっと嫌かもな。死ぬのは別に構わんが、それで奴らが得をすると思うと、胸がむかむかする」
「決まりだな」
「だが、どうする?こいつら、俺が居ようと関係ないぞ」
と氷の壁を剣で斬りつける敵の騎士達を見る鎖分銅の男。
「さっきの勝負、私の勝ちでしたね?だから、あなたの正体を教えなさい」
と彼に話しかける。
「いや、引き分けだろ?俺もお前も生きてるからな」
「私は手加減してあげたのです。だから私の勝ちです」
「そうは見えなかったぞ」
「私は毒を使わないであげました。毒を使っていれば、ちょっと傷を与えるだけでもあなたに勝てたんです」
「いや、かすり傷も付けられていないからな。俺の怪我は俺が自分でやったものだ。お前は俺の足を凍らせただけだろ?それなら毒は関係ないじゃないか」
「ちっ!」
「舌打ちしても駄目だ。勝負は引き分けだ。むしろ俺の方が勝っていた。だが、接近戦で前衛無しであれほど戦える魔法使いには初めて会った。お前、やっぱり強いな」
「ふん!なら、体が治ったら再戦しますか?」
「何を言っている?俺は騎士としてもう終わりだ。片足の騎士に何ができる?」
「聖女が居ます。彼女たちが無事に戻ったら、その程度の怪我はパパッと治せます」
「何?それは本当か?聖女の治癒魔法とはそれ程のものなのか?」
「ええ、あなたの切れた足はどこに?」
「俺の足?」
「ああ、それならそこにある」
カディスさんが側の地面を指さした。
凍り付いた足が凍った蔦に撒かれたものがすぐ側に落ちていた。
「必要になるかと思って取っておいた」
なんてことも無いような顔で微笑むカディスさん。
その彼の背後で私の氷の壁に敵の火魔法が打ち込まれている。
「ああ……、でも、どうやら再戦は無理そうですね。カディス様、もうすぐ私の氷壁は破られます。カディス様はこの男をかかえて、街壁の向うに退避して下さい。あなた様ならそれが出来るはずです。そっちの魔族の男の事はお諦め下さい」
「いや、そんな事は出来ない。逃げるなら、マリ君と赤葉を抱えて逃げる」
「今さっき、この男を死なせられないとおっしゃったでは無いですか。私は元暗部です。いつどこで死んでも構わない人間です。この赤葉さんも私と同じ想いのはずです。王族のあなたが、今なすべきことを見誤ってはいけません」
と同意を求めるように赤葉さんの方を見る。
赤葉さんは私の目を見て満足そうに笑顔で頷いた。
私たち二人の女子の様子に困惑して、カディスさんが眉間にしわを寄せる。
「私は、王族に向いていないのだ。王族として正しい決断ができるのは従兄のヤーゲンの方だ。私は弱い。心の弱い人間だ……」
大きな体で肩を落として俯くカディスさん。
その弱気で無防備な姿に、私の胸がきゅっとして心臓の鼓動が早くなる。
(この人だけは生かさないといけない……)
そう思うが、このまま私達を残したままでは、彼は行ってくれないだろう。
(ミーファ姉様、ごめんなさい……)
「赤葉さん」
「はい」
穏やかな顔で赤葉さんが真っすぐ私を見詰める。
「分かっていますね」
「ええ」
赤葉さんは小ぶりな鉄の短剣を手にしていた。
「私もすぐに行きます」
と言って彼女はその短剣を私の心臓の上にあてる。
「待て!何を…」
カディス様の顔が蒼ざめる。
私は目を閉じる。
その時、大きな地響きがした。
「これは?」
地響きは街の大門の方から響いてきていた。
思わず目を開けてそちらを見る。
透き通った氷の壁の向うで、街の大門がゆっくりと開いてゆくのが見えた。
「カディス様と勇敢な仲間を死なせるな!敵を蹴散らせ!突撃!」
開いた大門の向うから、マードの騎士団と巡視隊の混成部隊百四十の恐らく全ての兵が走り出して来た。
「何を⁉敵の強者を倒した今、ただ籠城していれば、このまま街を守れたのに!なんて、愚かな事を!」
まさかの展開に私は呆然としてしまった。
(戦のド素人ですか⁉しかし、王族のカディスさんが危機にあると判断したならその決断も分かります。うかつでした。のんびり話をしていないで、もっと早くカディスさんを逃がしておくべきでした)
街壁の外の敵はまだ無傷で歩兵二百に重装騎兵五十が居る。歩兵二百はともかく重装騎兵五十が難敵だ。マードの騎士団のうち二十ほどが騎兵だが、こちらの騎兵は鎧のない軽装騎兵だ。
敵の完全武装の重装騎兵に突撃されたら、この街の騎兵などひとたまりもない。
(どうしよう……)
私は絶望に打ちひしがれていた。
(この戦、負けました……。この街はもう終わりです……)




