175 マード防衛戦5(カディス視点)
鉄木の棍棒を肩に担いで、ゆっくりと敵の騎士に向けて歩く。
「カディス・レイス・シトラだ。お前は?」
「俺の名か?名なんかどうでもいい。どうせ誰も知らないし、興味も無いだろ?気にするな」
「ん?お前達騎士は、名を重んずるのでは?」
「そんなお上品な立場じゃない。俺はただのごろつきだ」
「ふむ。堂々と名乗れないとは、この戦が不名誉な物であることは分かっているのだな」
「ただの、殺し合いだ。どうでもいい」
「そうか。なら、これ以上の問答は無用だな。行くぞ」
「来い」
私が鉄木の棍棒にジンを込めて叩きつけると、男はそれを真っ向から大剣で受けた。
二人の棍棒と剣の間で稲光が飛んで、力が弾ける。
(ふむ、これを受けるか)
打ちつける棍棒の力を少しづつ強くしていく。
それを、相手の男は難なく受ける。
相手もまだ本気では無いようだ。
そう言えばこの男は、さっきネイカ騎士団長の攻撃を最初のうちは黙って受けて居た。
(どのあたりで攻撃を変えて来るだろうか?)
力の強さを上げながら、私は棍棒を振り続ける。
私の体には、無限ともいえる大地の魔素が足元から常時補充されている。
大勢の敵を相手にするならともかく、一対一の戦いで私が魔力切れになる事は有り得ない。
全身に身体強化を発動し、棍棒にジンを込めて、今私にできる最大強度の攻撃で打ち付けた。
敵の大剣も何らかの魔剣である事は間違いがなかった。
そうでなかったら、私のジンを込めた鉄木の打ち下ろしをこれほど何度も受け続けられるはずは無い。
この打ち合いが永遠に続くかと思われたが、徐々に相手の方が下がっていく。
「少し待て」
と言って相手の男が先に剣を引いた。
私はあえて追撃せずに素直にその場で待つ。
「なんだ。降参か?」
「いや、そうではない。お前の実力は分かった。かなり強いな」
「ああ、多少は強い」
「このままでは押し負ける。だから、本気を出すことにした」
「そうか」
「俺は、本気を出すとかなり強くなる。まともな戦闘にならなくなるかもしれない事を先に言っておく」
「どういう意味だ?」
「強い魔獣と戦った事はあるだろう?」
「ああ」
「ここに、その魔獣の様な物が現れる」
「魔獣退治は得意だ」
男は懐から小袋を取り出した。
その中からたくさんの小さな欠片を大きな手の平ですくいあげる。
(あれは……、魔石か?)
男は一すくいの魔石を手のひらから口の中に流し込んだ。
「何をやっている?魔石を食べているのか?」
「身体強化薬の中に、魔石から抽出した魔素が入っているのは知っているか?」
「そうなのか?身体強化薬の材料までは知らなかった」
「ただ、胃から魔素を吸収するのは、かなり体に負担がある。あまりたくさんの身体強化薬を飲むと普通の人間は体調を崩してしまう」
「うむ、薬を使うのはあまり体に良くないという話はよく聞くな」
「だが、俺は特殊な体質なんだ。子供の頃、間違って魔石を口にした事がある。旨かったよ。魔石を食べると体に力がみなぎってくる」
「健康に問題は無いのか?」
「無い……わけでは無いな。体がおかしくなるんだ。何か、魔獣になってしまうような、体そのものが変わってしまうような、よく分からない状態になる」
見ているうちに男の体が不意に一回り大きくなる。
腕も少し長くなり、額の真ん中がゆっくりと盛り上がって来て、固いこぶのようなものが出来た。そのこぶの先が段々黒く尖って行き、魔獣の角の様に前に突き出す。
男の目が白目まで黒くなる。
「その姿は……、まさか魔族か?」
「お前も、そう言うのか?俺はよく分からないんだ。魔族に会った事が無いからな。だがな……、この姿になるとな……、すっげえ、いい気分になるんだ!」
男は変質した姿で体を起こす。
背の高さが私より頭一つ高くなっている。
「この歳になって、まさか魔族に会えるとはな……」
「ああ、この姿を皆に見られた以上、もう、この騎士団にはいられない。あんたを殺したら俺は森に逃げる」
「こちらも殺されるわけにはいかないんだ。全力で抵抗させてもらうよ」
「この姿になるとな、手から魔力弾を討てるようになる」
「なぜそれを教える?」
「お前にあっという間に死なれたらつまらんからな」
「そうか。なら、私も教えよう。私の操る植物には魔法を防ぐ力がある。魔法を打てる植物もある。だから、安心したまえ。君がどんな手を使おうとも、私がすぐに死ぬ事は無い」
「ははは、よかった。なら、行くぜ!」
「いつでも来い」
「うおーっ!」
その場から男は上空高く跳び上がり、軽々と右手で大剣を振りあげ、全身の勢いで体重ごと真正面から振り下ろして来る。
(これは、あえて避けるべきでは無いな)
私は足元から地中に深く根を広げて、体を支えつつ、大地の魔力を体に集めて剛力の身体強化を最大水準で発動した。
こちらも鉄木の棍棒を左手一本で横に振り抜いて相手の大剣を迎え撃つ。
私の持つ鉄木が大剣を受けたところからへし折れる。
しかし、同時に相手の大剣も刀身が砕け散っていた。
手にしていた得物の柄を二人同時に手放す。
「うおう!」
反対の手で黒い魔力弾を討つ敵の男。
相手の打った弾を私は手のひらで叩き落とす。
私の両腕は魔力を弾く性質を持つ草の蔓で編まれた小手で覆われていた。
着地した相手が、数歩後ろに下がる。
横に走りながら、両手で次々に魔力弾を打って来る。
その黒い魔力弾の全てを両腕の植物の小手で跳ね返す。
「うらっ!」
今度は男が身を低くして頭から突っ込んで来る。
その顔面に右の拳を打ち下ろす。
私の拳が相手の顔面を捉えると同時に相手の拳も私の脇腹を捉えていた。
「ぐっ!」
思わず息がつまる。
相手の拳は黒い魔力弾に包まれていて、それを直接私の体に叩き込んできたのだ。
あいにく、私に同じ芸当は出来ない。
「だが、そっちもこれは出来ないだろ?」
私の拳骨の上一面に小さな粒状の植物の実がびっしりと生えた。
その左右の拳で男の顔と胸を立て続けに殴る。
私の拳が当たると、粒状の実が大音響で爆発する。
肩を緩めて爆発の反動を後ろに逃がす。
「暗黒の森の奥地には、こうして実を破裂させて、魔獣から身を守る植物もあるんだ」
拳の上の実はすぐに再生する。
私は両の拳で男を殴り続ける。
その度に爆発が起きて、男の体が揺れる。
「ぐはあ!やるな!」
男も魔力弾の拳で殴り返して来る。
魔力を防ぐ草の蔓で簡易防具を作って体に着るが、攻撃の全てを中和は出来なかった。
相手の拳が体に当たる度に、攻撃的な魔力が痛みとなって体に刻まれた。
「これは効く。たまらん」
言いながら私も相手も笑顔で殴り合っていた。
正直これほど小細工無しに全力で力をぶつけ合える相手と会ったのは初めてだ。
(真っ向勝負と言うのは気分がいい物だな)
「なあ、君!」
殴り合いながら声をかける。
「何だ、大将!」
「なぜ、神殿騎士団に居る?」
「はあ?こんな俺を拾って使ってくれたのがネルガルだけだからだ。俺はあいつにくっついてここまで来ただけだ。他に理由は無い!だが、それももう終わりだ」
と一抹の寂しさをにじませて男は言う。
「その姿がバレたからか?」
顔を殴ると話が中断するので、相手の体に攻撃を集中する。
「そうだ、それ以外に理由があるか?多分俺は魔族なんだろうな。魔族が神殿騎士団に居るなんて悪い冗談だろ?うぐっ!」
「うーむ。そうかね?なら、私が君に勝ったら、私の部下にならないか?それで、この街に住むのはどうだね?」
「はあ?大将、頭大丈夫か?俺は魔族かもしれないんだぞ?おら!」
強烈な逆突きが、みぞおちの辺りに突き刺さる。
「がはっ!うむ……。ヤマでは魔族に対する偏見があまりないのだよ。というか、魔族を知らないし歴史の恨みも無い。それに、このマードの町には魔族の末裔と言われている黒髪の人間もたくさん居る。ひょっとして君と同じで正体を隠して暮らしている魔族のお仲間も居るかもしれないな。この街に住んで、同族を探すのもいいのではないか?」
「なっ!それは本当か⁉いや、だが、俺達はお前の仲間を既に殺している。ごはっ!」
「戦の上での死だ。それは仕方ない事だ。それに、君は昨日、直接は手を下していないのじゃないか?」
「なぜ、そう思う?」
「ぐっ!死んだ三人の娘の傷を見た。皆、背後から短剣で心臓を一突きにされていた。一瞬で骨まで断ち切る鋭利な短剣。多分ウヴァーの魔剣だ。君がその大きな体で誰にも気づかれずにそんな暗殺みたいな殺し方は出来ないだろう?違うかね?」
「ああ。昨日、俺達は邪魔者を排除し終わった後からあの屋根の上に上がった。密偵が待ち構える所に、ぞろぞろ大勢で出て行ったらすぐに気付かれるからな」
「あの三人の娘を殺したのは黒風だ」
「………」
「返事はしなくていい。仲間を売る真似は出来ないだろうからね。ただ、私が知っている事を伝えたかっただけだ」
「自分で手を下してなくても、同じ事だ。こうして街を攻めている。それに、もし俺が手にかけていたとしても、詫びる気は無い。武器を持ち向かって来る者を殺して何が悪い。死にたくなかったらどこかに隠れていればいいんだ」
「町が敵の手に落ちたら、皆殺しになるかもしれない。その場合、隠れていても助からない。だから、女子供も武器を手に取って立ち向かう。お前の理屈は強者の論理だ」
「強者が世界を作る」
「強者だけでは何も出来んよ。私はそれを知っている。お前は、屋根と柱しかない空っぽの家に住みたいと思うかね?」
「意味が分からないな」
「おいおい分からせてやろう」
「ぬかせ!ネルガルは恩人だ。奴は裏切れん!」
「それほど、奴を信頼しているのか?奴はついていくに足りる人物か?私は若い頃から彼を知っている。あいつは自己中心的な人間だ。自分の利益の為に他人の大切な物を平気で踏みにじる男だ」
「だから何だ?俺達は家族でも友達でもない。世間からつまはじきになった半端者がお互いの利害の為に利用し合っているだけだ。ネルガルと一緒に居れば、いい思いが出来る。他人から馬鹿にされなくて済むし、でかい顔で贅沢も出来る」
「これからもずっとそれでいいのかね?今回のこの戦いをどう思う?これは、何の大義名分も合理性も無い、かなり無謀な戦だ。それは分かっているのか?」
「だから何だ?騎士は行けと言われればどこへでも行く」
「それが地獄への道でもかね?」
「そうだ!そもそも、この世すべてが地獄だろう?」
「そう思うのかね?」
「思う!」
「なら、その思い違いを正してやろう」
「どうやってだ⁉」
「まず、君を叩きのめす!そして、私の部下にする!教育はそこからだ!」
「これから死ぬ人間がデカい口を叩く!」
「君は私を殺せない!」
「なぜ、そう言える!」
「簡単な話だ。私が君より強いからだ!」
「ははは、その言葉が口だけでないといいな!」
「それなら、約束したまえ!私に負けたら部下になると!」
「知るか!寝言は寝て言え!」
男の手の魔力弾が今度は剣の様に鋭利に尖って伸びる。
(魔力の刃か。あれは蔦の防具では防げない。一撃貰ったら死ぬな)
植物の蔓が地中から、魔鋼の円盾と戦場剣を取り出して、上に持ち上げる。
それを手に取り、敵の男の魔法の斬撃を受ける。
さっきとは打って変わって、高速剣技の応酬になった。
「こういうのも嫌いじゃない。昨日はネルガルに後れを取ったが、決して私も弱いわけではないんだ。言い訳になってしまうがね。むしろ、こういうのは君の得意では無いのでは?」
男の両手の魔力斬の攻撃を盾で何度か受け流してから、戦場剣を男の肩に振り下ろす。
男が額の黒い角を振って、それを弾く。
「ほう!角にはそう言う使い方もあるのだね。結構丈夫なんだな。便利な物だ」
「余裕ぶるな!糞が!」
「だんだん、言葉が汚くなってきたな。余裕がないようだ」
「やかましい!」
「魔族がどんなものかと思ったが、案外普通なんだな」
「何を!馬鹿にするのか⁉」
「いや、違う。人族やエルフとそう変わらないという話だ」
「舐めるな!」
斬りあいながら私達は会話を続けた。
「それなら見てろ!」
後ろに跳び下がった男の姿が宙に浮かぶ。五メルスほどの高みに静止してから、連続して魔力弾をこちらに打ってきた。
左右に走りながらその攻撃をかわす。
私は地中から長い植物の蔦を何本も地上に立ち上げる。
その先をくねらせて、高速で男に振る。
パンッ!と高い音が鳴り、連続で植物の鞭が男に襲い掛かる。
私の植物鞭の打撃に体を滅多打ちにされた男は、真っ逆さまに地上に落下した。
「空ではそんなに早く飛べないようだ」
高所から落下して地面にめり込んだ体を起こして、男が跳び起きる。
そして、男は懐から袋を取り出し、残りの魔石の全てを口の中に流し込む。
「あの高さから落ちて、平気なのかね。魔族は丈夫なんだな」
「がっ!がはっ!がはっ!」
苦しそうに腹を押さえてむせる大男。
顔に脂汗をかいて身悶えする。
「うむ。魔石を無尽蔵に食べられるわけでは無いのだな。少し安心した」
「がぁー!」
叫びながら、こちらに突進してくる。
「もう少し君と戦いたい気もするが、仲間が心配だ。この辺で決めさせてもらう」
魔鋼の円盾と戦場剣を私は横に投げ捨てた。
私の体の周りに、固い鉄木の板が張り付き始める。
いくつものかけらが組み木細工の様に組み合わされて、強固な鎧が出来上がる。
私の拳の周りにも、鉄木が幾重にも取り囲み、拳の外周が段々大きくなる。
魔族の大男が頭から私に突っ込んで来る。
ガギャ!
硬質な音がして、男の角が私の防具の腹の部分に突き立つ。
鉄木で包まれて巨大化した右手の拳を、思い切り私は振りかぶっていた。
魔族の男は、魔力弾の拳で私の胴を何度も殴りつけている。
重ねた鉄木の防具に亀裂が入る。
「ふんっ!」
それに構わず、全身のバネを使って右の鉄拳を男の後頭部に振り下ろす。
バキッ!
と固い物同士を打ち鳴らす音がして、魔族の男の頭が地べたに叩きつけられる。
固い大地に跳ね返って、男の頭がその場で浮かび上がる。
「ふんっ!」
目の前に浮かんだ男の頭に、もう一度、今度は左手の鉄拳を振り下ろす。
どちゃっ!
少し湿った音がして、男の頭がまた地べたに叩きつけられる。
連続して何度も鉄木の拳を男の後頭部に振り下ろす。
男の頭がだんだん地面にめり込んでゆく。
男が顔を地面につけたまま動かなくなった。
血まみれの拳を引いて、男の横にしゃがんで様子を伺う。
「いかん……、少しやり過ぎたか?」
顔を覗き込むと、うつぶせに倒れたまま、かすかに呼吸をしている。
「良かった。死んで無いな。しかし、ちゃんと生きているとも言い難い状態だ。英子君とセシル君が戻ったら、治癒をたのむとしよう。それはそうと……」
顔を上げて私はマリさんの姿を探した。
少し先で、赤葉が膝を着いてしゃがみ込んでいた。
彼女の背後に首を半分ほど断ち切られた黒風の亡骸が倒れている。
(そうか。赤葉は勝ったのか。仲間の仇を取ったんだな)
彼女の目線の先を追う。
そこには敵に対面するマリさんの姿が有った。
彼女と敵の間で、血しぶきが宙を舞っていた。
胸を血に濡らし、仰向けでゆっくりと彼女は倒れてゆく。




