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【5万PV感謝】異世界転霊した陰キャモブ顔おやじはとっとと逃げたい、お前ら凄いんだから俺のことはほっとけ  作者: 寝院 駝朗
第8章 VS神殿騎士団編

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174 マード防衛戦4(赤葉視点)

懐に忍ばせた枯れ葉の束を、宙に撒いた。


火魔法でそれに火をつけて、体の周りに浮かせながら走る。


あたしの火魔法は弱い。


大きな火球を生み出すようなことはとてもできない。


でも、その代わり、小さな炎をたくさん作って、それを自由自在に動かすことが出来る。


子供の頃、里の女衆の炊事を手伝って魔法で薪に火をつけると、『便利だ』と褒められた。


でも、密偵の訓練を受け始めてからは、『役に立たない魔法だ』と皆に馬鹿にされた。


小さな火をつけるくらいの事は、火打石が有れば簡単にできる。


魔法が有れば火打石より早いけど、ただそれだけの話だ。


里の森人で、私の他に魔法を使えるのは、黒風のおじさんだけだった。


見えない風の刃で物を斬るのを見て、本当に凄いと思った。


それで、私の火魔法をどう使ったらいいか相談したけど、『女は飯炊きをしていろ』と笑われてしまった。


それでしばらく落ち込んだけど、あたしは諦められなくて、一人でいろいろ考えた。


夜に森を歩くのに便利だと思って、一度にたくさんの火を体の周りに浮かべてみた。


それで、歩いてみたけど、十分もすると、魔力回廊が疲れてしまって続けられなくなった。


試しに、枯れ葉に火をつけて、その火を浮かべてみたら、いつもより長く浮かべられた。


普通は枯れ葉に火をつけたらあっという間に燃えてしまうけど、魔法の火を枯れ葉の上に乗っけて、少しずつ燃えるように調節したら、弱い火でしばらく燃え続けると分かった。それで、できるだけたくさんの数の火を浮かべられるように練習した。


火のついた枯れ葉を自由に動かして、高く飛ばしたり、複雑な動きで物をよけながら進ませたりする練習もした。


ほんの小さな火を燃やして、それを道に落とし、その上から枯れ葉をかぶせて隠すと、夜でもそこに火がある事はばれない。それを、道にいくつも落としておくと、その側に人が来た時に、小さな火の熱が揺らいで、誰かが来たことが私の魔力回廊に伝わる。


雲が星を隠す暗い夜の森でこの魔法を使って、動物や小さな魔獣を弓矢で狩って持って帰ると、大人たちがびっくりして褒めてくれた。


正式に密偵になって仲間と任務に行く時にも、毎回このやり方で周りに敵が居ないかを確認するようにした。


私の最初に入った末端の七番組は、森人の指導者一人と新人五人だけの組で、楽で安全な任務をする事が多かった。


指導者以外は密偵技術が未熟なので、偵察相手に見つかったりして、任務が失敗することもよくあった。でも、わたしがこの組に入ってからは、任務の達成回数がぐっと上がった。


入手した情報を持って、皆で里に戻って、『よくやったお前のおかげだ』と何年も先輩の森人の指導者に褒められると、とても嬉しくて頑張って良かったと思った。


そのうち、私の魔法が、敵の気配察知に役立つと里の中でも皆に知られるようになると、新しい族長のヤシさんに呼び出された。


ヤシさんはスケベで、いい加減で、里の大人の女の人のお尻を触って、怒られているのをよく見ていた。


ヤシさんはお尻と胸の大きな女の人が好きらしいから、私みたいなやせっぽちの背の低い小娘は相手にしないって分かっていたけど、むこうは一応族長だし、何を言われるか分からないので緊張して部屋に行った。


族長の部屋に入ると、ヤシさんの隣に、奥さんのミルさんが立って居た。


「あんた、面白い探知魔法を使うんだって?」


といきなりミルさんは言った。


「その力は末端の組で使うのはもったいないね。明日から、一番組に移りな」


といきなりミルさんは言った。


一番組と言えば、七つある密偵部の一番上の組だ。


その組の十人の人員は、敵国の王城の中にまで忍び込むことが出来るほどの、凄腕の集まりと言う話で、そんな人たちの中に私が入るなんて、とても考えられなかった。


「でも、一番組は十人で人数が決まってるはず。私が入ったら、一人増えます」


と言うと、


「その心配は要らない。数日前に欠員が出た。だから、お前が入っても、十人だ。それから、これは決定だ。異論は認めない。明日から黒風の下に付け。ああ、それから、お前に正式な森人名をやる、赤葉だ。これからお前は赤葉と名乗れ。分かったな。これで話は終わりだ。もう行け」


と何だか分からないうちに話が終わる。


部屋を出て、頭がついて行かなくて、ぼんやりしてしまった。


以前、黒風のおじさんに馬鹿にされた事を思い出して、少し嫌な気持ちになった。


でも、翌日から一番組に入って他の九人の人達に挨拶する。


「ふん!ミルの奴は何を考えているんだ。こんな小娘が役に立つのか?」


いきなり黒風さんが文句を言っていた。


すると別の一人がその黒風さんの肩をぽんと叩いて、


「ミルに考えがあるのだろう。聞く所によると、この娘、変わった探知魔法を使えるらしい。なあ、例えばだ。この前の任務に、もし探知魔法の使える人間が居たら、どうだったと思う?一人の犠牲も無く、あいつも今この場に居たかもしれないとは思わないか?」


「それより、戦える戦力を増やすのが先だ。困難は力で突破するものだ」


納得のいかない様子の黒風さん。


「おい、俺達は密偵だぞ。敵に気付かれないように動いて情報を得るのが本分だ。戦闘するのは任務の失敗した時で、それも最後の手段なんだぞ」


と他の人が言う。


「そんなことは言われなくても分かっている。ただ、この組に貧弱な小娘が入るのは認められん!入れるならここじゃ無くて、もっと下の組でいいだろ」


「この組が一番死ぬ奴が多いんだ。今年だけで何人死んだ?」


「死ぬのが怖いか?」


「無駄死にしたくないだけだ」


「ふん、それなら好きにしろ。お前らがこいつの尻拭いをしろよ。俺はこのガキの面倒を見るのはごめんだ」


と怒って黒風さんはどこかに行ってしまった。


黒風さんが怒るのも当然だと思った。


それで、ぼんやり立っていると、他の先輩たちが笑顔で声をかけてくれた。


最初に黒風さんと話をしていた人が私の側に来て、頭をぽんぽんと軽く叩く。


「副組長の黄刃だ。よろしくな。お前を歓迎する」


と言ってくれる。


そのおかげで、緊張が少しほぐれた。


それから、黒風さん以外の八人の先輩に色々教わりながら任務をこなすようになった。


皆が、それぞれの得意な技術を、少しずつ交代で私に教えてくれて、だんだん私の密偵としての能力も上がって行った。


最初の数回は比較的安全な任務だったけど、それでも、他国の有力者の屋敷に忍び込んだりして、当時の私にとっては凄く緊張する大変な任務だった。


そうして任務の回数をこなすうちに、だんだん任務の危険度が上がり、毎回死に物狂いの日々が始まった。


周りを敵に包囲されてしまうような、危険な事もあった。


でも、そんな時も、私の気配探知の魔法で事前に敵の位置を察知して、何とか切り抜けることが出来た。


それで、私がこの一番組に入ってからと言うもの、死人が全く出なくなった。


一番組の人員も固定で全く変わらなくなって、私にとってこの組は居心地のいい場所になった。黒風さんも私に優しくはしてくれなかったけど、私を目の敵にすることは無くなって、存在を黙認してくれるようになっていた。


黒風さんはこだわりが強くて頑固だけど、組で一番強いし、いざと言う時には頼りになる。私なんかの為に皆が黒風さんと仲が悪くなるのは嫌だから、私は一生懸命に黒風さんのいう事を聞いた。


ただ、黒風さんは族長のヤシさんを嫌っていて、任務で指示された以外の事を独断ですることがよく有った。


それを仲間に指摘されると『俺のやり方の方がいい。望む結果が出れば奴も黙るしかない』と言ってまったく気にしない。


それで、何度もヤシさんに注意されていたけど、その場だけ謝っておいて、陰で『あいつは現場を分かってない。あんな弱い奴の言うことが聞けるか』と文句を言っていた。


黒風さんがヤシさんに面と向かって文句が言えないのは、いつもヤシさんの隣にミルさんが居て、黒風さんを睨んでいるからだとみんなが言っていた。


ミルさんは女性だけど凄く強いらしい。


皆の話では、黒風さんより強いという。


実際に二人は真剣勝負をしてないみたいだけど、魔法無しの模擬戦ではミルさんが全勝していると聞いた。


森で強い魔獣と戦った時に、黒風さんの風刃が通じなかった魔獣の首を、ミルさんが金属糸の魔術武器で、一瞬で斬り落としたというのは里で有名な話だ。


新しい族長のヤシさんは弱くてスケベだけど、ヤマの政府に知り合いが多くて、ソエリ族の為の優遇政策をヤマ政府と交渉して、いくつもまとめたという話だ。


ソエリの女の子は小柄で顔の綺麗な子が多くて、性格も穏やかと言われていて、一部のヤマ人から人気がある。


昔はソエリの女性がヤマにさらわれて売られる事が有ったから、ソエリの女性を部族の外に出すことが禁じられていた。


しかし、ヤシさんはソエリの若い娘を自分の助手にして、ヤマ人との交渉に連れて行き、ヤマ政府の重鎮や財界人に、結婚相手として紹介するようなこともしていた。


それで、ヤマの政府の偉い人の奥さんや第二夫人になったソエリ族の女性も結構いるみたいだ。


「女を差し出して、ヤマに媚びを売ってやがる」


と黒風さんは怒っていたけど、ソエリの女の子たちは皆ヤシさんの助手になりたがった。


マードの町に居ても金持ちとの良縁は無いし、ヤマの偉い人の夫人に成れれば、大きい賑やかな街で不自由なく暮らせるからだ。


ヤシさんもそうして嫁いだソエリ女性を通じて、ヤマ中枢の情報を得ていたみたいだ。


もちろん、マードに残りたい女の子も居て、そう言う子は前族長の経営する食堂で女中の仕事をして、お客さんの中でいい人が居たら結婚したりしていた。


一度、ヤシさんが助手の女の子に手を出して、ミルさんに追いかけられてたくさん叩かれていたことがあった。その浮気相手の子はミルさんと仲のいい妹分みたいな子で、ミルさんとずっと一緒に居る為にヤシさんの第二夫人に成りたかったみたいだ。


けど、ソエリ族は第二夫人を認めていないから、お妾さんの扱いになってしまうので、『それは認められない。あんたはちゃんとした所に嫁に行くんだ』とミルさんに説得されていた。その後、彼女はミルさんの紹介で、食堂の常連の巡視隊長の奥さんになっていた。


この巡視隊長さんはヤシさんの友達なんだけど、ミルさんを好きになって結婚の申し込みをしていたことがあるという噂もあった。


浮気のバレたヤシさんは、みんなの見ている前で『ごめんよー、ミルー』と泣きべそをかいて頭を抱えていて、その時はみんな怒るより呆れて笑っていた。


ただ、こういうヤシさんのやり方に怒っている男達や年寄りも居て、批判もかなり多いという話も聞いた。


そうは言ってもヤシさんは一応族長なのだから、敬意を払ってちゃんという事を聞いた方がいいとあたしは思う。


でも、そういう話を黒風さんに言うことは出来なかった。


今にして思えば、もっと私がしっかりと自分の意見を言っておくべきだったと思う。


それで、何が変わったかは分からないけど、何か少しは変わった気がする。


昨日の日の出前、異変を感じた私達一番組は、森の深部に偵察に出た。


この日、黒風さんはなぜか姿が見えず、私達の偵察に同行しなかった。


薄っすらと夜が明け行く森の中で、一軍の武装した兵を私達は見つけた。


「かなりの数だ。皆、防具や武器が揃いだな。盗賊の類では無い」


黄刃さんが冷静な様子で言う。


「あの装備はラグナ王都の神殿騎士団の物。でも、なんで森の中に神殿騎士団が?」


「武具やワマの足に布を巻いて金属音が出ないようにしている。マードに奇襲を仕掛ける気だ」


「数は、歩兵がおよそ四百五十に、騎兵が五十。それと荷物持ちの従者が二百五十ほど」


「従者が少ないな。荷物を少なくして、移動速度を上げているようだ」


「急いでマードに知らせないと」


「ああ、行こう」


「何人かこの場に残す?」


「いや、嫌な予感がする。敵に気配察知の得意な人間が居るとまずい。全員で行こう」


「では、私の火で敵の気配を探ります」


「頼むぞ、赤葉」


そうして、私達は敵の斥候を避けながら、マードの町を目指して進む。


少し森を戻ると、私達の前方に人の気配を感じた。


「誰かいます。これは……、黒風さんの気配」


立ち止まった私達の前に、黒風さんが現れた。


「ああ、黒風さん、今までどこに居たんです?敵の神殿騎士団が森を進んでくる。早くマードの町に知らせないと」


「………」


黒風さんは無言だ。


彼の背後から一人の人が歩いて来る。


茂みの間から、一人の美しい人が現れた。


女性の様な顔で、口を開かなかったら男か女か全く分からないところだった。


黒風さんを見たその男、ネルガルは言った。


「こいつらがそうか?」


まるで知り合いみたいにネルガルが黒風さんに話しかける。


「気付かれた。こいつらの中に探知魔法を使える奴がいる。危なく逃げられるところだったぞ」


「へえ、そうか。見つかったのは仕方ねえ。だがまあ、こうして俺の姿を見たんだ。全員ここから生かしては返すわけにはいかねえな」


と笑うネルガル。


「黒風さん!どういう事ですか⁉」


と彼を問い詰める。


その私の言葉を無視して、


「加勢するか?」


と彼はネルガルに向かって言った。


この言葉で疑いは確信に変わった。


(裏切ったんだ!)


「ああ?俺の遊びを邪魔するんじゃねーよ。てめえは引っ込んでろ。邪魔だ」


とめんどくさそうにネルガルは言った。


実力者の黒風さんにこんな口を利く人間は、今まで見た事が無い。


つまり、それだけ力に自信があるという事だ。


あたし達九人の森人に囲まれて、まったく動じていない。


「それなら俺は消えるぞ。必ず全員始末しろよ」


と言って黒風さんはネルガルの背後の森に消えて行った。


本当に加勢しないで行ってしまった。


でも、これで一対九だ。


「赤葉、こいつは強い。青脚、紫草を連れて三人で逃げろ。お前は小柄で森の走りが一番速い。ここは俺達に任せるんだ」


と副組長の黄刃さんが言う。


「でも、こいつがいくら強くても、この九人にかなうとは思えない。近づかないで全員で遠巻きにして仕留めましょう」


私もこの男が強い事は分かった。


だから、なおさらここは全員で戦うべきだと思った。


そうしないと、この男に勝てたとしてもかなりの死人が出る気がした。


あたしは仲間に一人も死んで欲しくなかった。


しかし、この判断が間違いだったことをこの直後に知る。


奇跡的にあたし一人逃げ延びて危機を街に知らせられたけど、あたしもあの場で仲間と一緒に死んでいてもおかしくなかった。そうしたら、このマードの町は無防備なままで敵の軍勢に蹂躙されていただろう。


仲間の命を救おうとして町全体を危険にさらしてしまった。


あたしが生きて街にたどり着けたのは運でしかない。


しかも、もし聖女様の治癒が無かったら、街に着いた直後に死んでいた。


密偵として、有り得ないくらい無能な失態をあたしは犯してしまった。


本当に情けない。


しかし、そんな自分の情けなさ以上に、今はこの目の前の男、黒風が許せない。


元々あの時に死んでいた命だ。


仲間を全て死なせておいて、私だけのうのうと生き永らえようとは思わない。


あたしはここで死ぬ。


でも、最悪でも、黒風の腕の一本くらいは道連れにしてやる。


そうでなかったら、あの世で仲間に合わせる顔が無い。


黒風と同じような風魔法を使う敵と戦うこともあるかもしれないと思って、その対策も考えてきた。


それを生かす時が来た。


(あんたが馬鹿にしたちっぽけな魔法でも、ちゃんと戦えることを見せてやる!)


黒風が手を振り、私の炎が揺れる。


その軌道を読んで最小限の動きで黒風の風刃をよける。


立て続けに放たれる風刃の全てを、身をひねってかわす。


(いける!)


やれる自信はあったが、それが確信に変わった。


黒風も真っすぐこちらに走って来る。


奴の姿が目の前に迫る。


(怖くない)


死を覚悟したら、心が穏やかになって、視野が広くなった。


目の前の景色の一つ一つがくっきりとよく見えた。


(なんだろう……)


前から走って来る黒風の動きが遅く感じた。


体捌きに変な癖があって、肩の揺れが大きい。


(体術だけなら、こいつより黄刃さんの方がずっと上)


跳び上がった黒風の体が背後からの突風で、急に加速度を上げた。


向かい風を正面から受けた私の足が前に進まなくなる。


風の加速を受けた素早さで、黒風のつま先が私の顔目掛けて走る。


それを前に転びながらかわす。


私の上を風に乗って通過してゆく黒風。


空中に浮かんだ私の燃える葉を蹴散らしながら、少し先の地面に着地する。


私はまた懐から枯れ葉を周囲に撒いて火をつける。


「その、貧弱な火魔法で何をする気だ?」


馬鹿にした口調でせせら笑いながら、黒風が振り返る。


また、目の前の炎が揺れる。


私は後ろにのけ反って風刃をかわす。


喉の前で鋭く空気が動くのを感じた。


前後左右から感じる火の探知のままに体を動かして、見えない攻撃をかわし続ける。


その私の眼前に黒風が迫っていた。


左右の手にそれぞれウヴァーの角の短剣を持っている。


私は両手で小さな鉄の手裏剣を同時に二本投じた。


黒風の手の一振りできれいに切断される私の手裏剣。


私はウヴァーの角の短剣を持っていない。


この高価な魔剣は部族に貢献のあった実力者にだけに、特別な褒美として渡される物だ。


一度、私にも貰える話が有ったけど、その時は『こいつにはまだ早い』という黒風の反対で、駄目になってしまった。


普通の短剣であの魔剣と刃を合わせることは出来ない。


私に出来るのはただ避け続ける事だけだ。


横に飛びのきながら、また懐から枯れ葉を取り出して撒く。


葉の表面にまた小さな炎が灯るが、そこに黒風が体ごと突っ込んできて、私を追って距離を詰める。


黒風の体から突風が起こって、私の周囲に浮かぶ燃える枯れ葉の全てを上空に巻き上げてゆく。


バラバラに千切れた私の枯れ葉が、くすぶりながらゆっくりと辺りに落ちていく。


私の顔目掛けて、白く輝く二本の短剣の刃が繰り出される。


左右に身を低くして、時には転がりながら、黒風の短剣をかわし続ける。


「ちょこまかと、逃げるしか能が無いのか?ほら、かかって来い!


黒風の攻撃はよく見えていた。


避け続けるだけなら問題ない。


懐を探り、最後の枯れ葉を体の周りに撒いて炎と共に浮かべる。


「馬鹿の一つ覚えが!」


また、突風が起きて、さっきと同じように私の枯れ葉がバラバラになって巻き上げられる。


火の子を散らしながら、千切れた枯れ葉が辺り一面に散らばって落ちる。


「馬鹿の一つ覚えはあんたの事。強い魔法に頼ってばかりで、基礎的な技術を磨くことを怠っている。だから弱い」


「逃げるだけの小娘が大口を叩くな!」


「今もそう。あたしを殺すことに必死で、周りが何も見えていない」


「何を⁉」


「あたしはただ逃げていたんじゃない。あんたに勝つために仕掛けをしていた。それも、もう終わった」


「やかましい!とどめだ!」


体の周りの気配探知の炎を失った私目掛けて、風刃の魔法が迫る。


軽く首を傾かせただけで、それを避ける。


また、風刃がいくつも飛んでくる。


その全てを最小限の動きで簡単にかわす。


「は?なぜだ?なぜこれをかわせる?お前の探知魔法は全部吹き飛ばしたぞ」


警戒して私から距離を取る黒風。


ゆっくりと黒風に向かって私は歩く。


「無駄。全部見えてる。もうあんたの攻撃はあたしに届かない」


子供の頃から使っている安物の鉄の短剣を懐から取り出し、私は右手に構えた。


「あたしの探知魔法は地面に小さな炎を隠して、その上に立ち昇る熱のかすかな揺らぎで、人間の動きを察知する。火のついた枯れ葉を空中に撒いて魔力探知するのは、移動した先の地面に私の火が置いて無いからそうするしかないというだけの事。あんたは、私の魔法に興味が無かったから、そんな事も知らない」


「だから、何だ!」


「あんたは、その風魔法で、私の火をバラバラにして辺り一面に撒いてくれた。おかげで、この当たり一帯全部に私の小さな火が散らばっている。自分で同じ事をやろうとしたら、隙が出来てすぐにやられてしまった。だから、あんたの風魔法を利用した」


「馬鹿が!そんな物は、この場を少し横に移動すればいいだけの事だ!」


黒風が走り出そうとする。


「それはもうできない」


一歩足を進めようとする黒風の足元で大きな火柱が上がる。


その火は蛇のように鎌首をもたげて黒風の首に食らいつこうとする。


「うわ!」


あわてて後ろに跳び下がる黒風。


「逃げながら、この辺りの何か所かに、森の奥で採れる毒の油を撒いた」


反対側に走ろうとする黒風の前でまた火柱が上がる。


「それなら、上に逃げればいいだけだ!」


風魔法で上に跳び上がる黒風。


「無駄。あんたの体にも毒の油をかけておいた。それと、既に私の小さな火があんたの背中に張り付いている」


上空で黒風の足と背中がいきなり発火して、大きく燃え上がる。


「うわー!」


態勢を崩して地面に落下し、転がって体の火を消そうとする黒風。


「それが消えない事は知っているはず」


「ぐわー!」


燃える服を上も下も脱いで、下履き一つのみっともない姿になる黒風。


黒風の首に蠟で封印された二枚貝が紐で下げられていた。その貝殻を両手でこじると、二つに分かれた貝殻の中から黒い粉が出て来る。零れ落ちる黒い粉を魔法の突風が空中に巻き上げた。


「死ね!」


風で巻かれた黒い粉が大きく広がりながら私に向かって飛んで来る。


「毒の黒い風。それを使って来ることも、知ってた」


私は左手で握りこぶしくらいの陶器の丸壺を取り出す。


丸壺の入り口に詰まった太い紐を歯で引き抜き、中の毒油を口に含んだ。


それを黒風の『毒風』に向かって、吹きつける。


一面に大きな炎が巻き上がり、黒い毒風が跡形もなく一瞬で燃え尽きた。


「なめるな!クソガキがー!」


ウヴァーの短剣を構えて半裸の黒風が、私目掛けて走って来る。


その場に突っ立って、私は待ち受ける。


飛んできた三つの風刃を最小限の動きで避ける。


白く輝くウヴァーの短剣を大きく振りあげた黒風が目の前に居た。


「うおー!」


それを振り下ろす黒風の横をすり抜けて、私は彼の後ろに背中合わせで立つ。


「がは!」


黒風がうめきながら膝を着く音が聞こえた。


私の右手の短剣は血で濡れていた。


「言いましたよ。急所をえぐって楽に死なせてあげるって」


右手の短剣が黒風の首の骨と骨の間を断ち切って反対に抜けた感触が手にあった。


「この薄くて細い安物の短剣が折れないように使うのは大変なんです。小さな頃からこれを使っていたおかげで、生き物の骨の間を真っすぐ切るのがとても上手くなりました」


背後で黒風が倒れる音を聞いて、あたしもその場で膝を着く。


貰った身体強化薬の効き目が切れたみたいで、急に体から力が抜けた。


あたしの体力も気力も魔力も限界だった。


気が遠くなる。


(勝った……。でも、生き残っちゃった……。みんな……。あたし、どうしよう……)


顔を上げ、目線を動かしてマリさんの姿を探す。


(あ、あそこに……)


マリさんの背が敵の騎士の前に立っていた。


その二人の間から血しぶきが宙に噴き上がっている。


(あれは?どっちの血?)


胸を血で濡らしたマリさんの体がゆっくりと後ろに傾き、そのまま小柄な体が力なく仰向けに倒れる。


敵の騎士は肩を揺らして荒く呼吸をして、血だまりに片膝を着いている。


彼のそばに鎖分銅が落ちている。


右手にぶら下げた短刀をからは血が滴っていた。

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