173 マード防衛戦3
「代わります!」
鎖分銅使いに氷弾を飛ばしながら、オルセさんの横に立つ。
「一度下がって、魔力を回復して下さい。ネイカさんがやられたので、中で防衛隊の指揮を頼みます」
と手短に話す。
「すまん!任せた!」
そう言ってオルセさんは後ろに跳び下がって、大門まで後退する。
やぐらの上から縄が下りて来て、それを伝ってするすると素早く上に登って行った。
彼が怪我をしなくてほっとした。
後は、私がこいつを倒せばそれでいい。
「待ってたぜ。お前とやりたかったんだ」
鎖分銅の男が私を見て嬉しそうに言う。
「そんなに死にたいのですか?」
「王都の闘技場でお前の試合を見た。強いのに手抜きをしていたな」
「ええ。あれはただの見世物ですから」
「お前、本気でやったらどのくらい強いんだ?」
「あなた達騎士は、いつもそれですね。どっちが強いとか弱いとか、そんな下らない話をして何の意味が?ただ、戦ってみればいいだけでしょう。死んだ方が弱くて、生きて立っている方が強い。それだけの話です。それに、戦いは必ずしも強い方が勝つわけではありません。賢い方が勝つのです。私が子供でまだ弱かった頃も、私より何倍もの実力のある敵を何人も殺しました。ただの子供と私を侮った連中を殺すのは、簡単で楽な作業でしたね」
「それもそうだな。じゃあ、やってみるか。行くぜ」
言うなり男の持つ鎖分銅の先端がうなりを上げて飛んでくる。
長い鎖の両端に、丸く赤い分銅がついていて、それが交互に飛んでくる。
あれに当たれば骨が砕ける事は間違いない。
しかし、それは『当たれば』の話だ。
私は自分の体の前に氷の壁を作って、真っ直ぐ飛んでくる分銅を受けた。
(この程度の軽い攻撃はどうという事も有りません)
しかし、分銅が当たった瞬間、私の氷の盾は、私の目の前で粉々に砕けていた。
「な⁉」
あわてて身をかわすが、勢いのついた分銅の先が私の右の胸に当たってめり込む。
「かはっ!」
分銅の一撃をくらった私は、その場で地面に倒れる。
肋骨の折れる音がして胸に激痛を感じる。
(いけない!)
態勢を立て直す間も無く、二つの赤い分銅が交互に次々と繰り出されてくるのを転がりながら避ける。
(これは普通の武器では無い……)
ただの、鎖分銅と思って油断した。
敵を舐めていたのは私の方だった。
氷の盾を斜めに傾斜させて体の前に出す。
その盾も粉々に砕かれるが、傾斜をつけた分だけ敵の鎖分銅の打撃が横に反れて、私の体に当たらない。
それを続けて敵の攻撃を何とかかわし、態勢を整えて立ち上がる。
「ほう、さすがに固い盾だな。普通の魔法使いなら、最初の一撃で、動けなくなってるぞ」
「あなた、その赤い分銅……。魔封じの腕輪と同じ素材の『魔封じ鋼』ですね。それは王家に秘匿された錬金金属です。継承権のある王族以外が使う事が禁じられているはずの物を、なぜあなたは持っているのですか?」
「あれ?バレたか。よくこれを知っているな。お前、何者だ?」
「それはこちらのセリフです。あなたこそ何者ですか?」
「身の上話は苦手なんだ。お前が俺に勝ったら教えてやるよ」
「それなら残念ですが、あなたの話を聞くことは出来ませんね。私が勝った時、あなた死んでますから」
「どうやって、勝つんだ?お前の魔法はもう通用しないぞ」
「私は元暗部の人間です。魔法無しで戦う方法もあるのですよ」
「へえ、楽しみだな。その技を見せてみろ。今後の参考にさせてもらう」
「今後があると思っているとは、おめでたい男ですね」
敵の攻撃を斜めに展開した氷の盾で防ぎながら軽口を叩いてみるが、内心で私は冷や汗をかいていた。
(さすがに予想外でした。ただの騎士と侮って、後手を踏みましたね)
相手の騎士が鎖分銅を左右の手で振り回しながら、走って距離を詰めて来る。
至近距離で右から振られた分銅が私の顔を襲う。
それを屈んで避けると、私の腹目掛けて、左手の分銅が真っすぐ飛んでくる。
(避けられない!)
私は懐の隠しから取り出した魔鋼の短剣でそれを受ける。
受ける短剣の刃が敵の分銅の一撃で砕け散る。
「くっ!」
短剣の柄を手放して、円の動きで敵の右側面に回り込むように移動してかわす。
なかなか攻め手が掴めない。
「おいっ!」
氷の檻に閉じ込めた黒風が私と戦っている騎士に声をかける。
「これを壊せ!二人でそいつを殺すんだ!」
と言う。
(まずいですね……)
今、あの黒風を解放されて、二対一になったら、かなり不利になる。
というか、勝ち筋がほぼ無くなる事は間違いない。
カディスさんの方を伺う。
カディスさんと敵の大男は真っ向勝負を繰り広げていた。
カディスさんが鉄木の棍棒を振ると、相手が魔剣の大剣を同じように振る。
二人の間で剣と棍棒が激突して、ものすごい爆音が辺りに鳴り響く。
どちらも一歩も下がれない息詰まる攻防が続いていた。
カディスさんに助けを求める事は出来なさそうだ。
こちらに、あの黒風と戦える個人技の有る人間は誰も残って居ない。
「んー、どうしよっかなー、それ、壊したら、お前、俺の一騎打ちを邪魔するだろ?」
「何を言ってるんだ⁉俺達の目的はマードの町の攻略だ!遊ぶんじゃない!」
「あ?『俺達』だ?誰に向かって口を利いてるんだ、この裏切り者風情が。てめえみてえな糞が俺と対等だと思うなよ」
「俺に指示を出せるのは、お前でも神殿騎士団長のネルガルでもない。上級神官の、スーナン様だ。真面目にやらないなら、この事は報告させてもらう」
「ちっ、偉そうにすんなよ。上級神官ごときが何だ?昔なら、顎で使ってやった連中だぜ。とは言っても、余計な事を言いつけられたらネルガルの野郎の立場が悪くなるか?しょーがねーなー」
一度後ろに下がった騎士が、鎖分銅を氷の檻に飛ばす。
「わっ!馬鹿!いきなり壊すな!」
粉々に砕けた氷の檻の中から黒風が飛び出して来る。
「あち!あちち!何をやってるんだ!氷の欠片が体について、皮膚が少し凍ったぞ!全部壊さないで端っこだけ穴をあけてくれれば良かったんだ!」
「うるせーよ。注文の多い奴だなー。氷のかけらくらい、てめえで何とかしやがれ」
「夜盗風情が……」
「あ?てめえ、もう一回言ってみろ。誰が夜盗だ?」
鎖分銅の騎士が私への攻撃を止めて、黒風に体を向ける。
「夜盗だろ。お前の頭が夜盗上がりなのは事実だ」
「あいつはともかく、俺は夜盗なんかやったことねーんだよ。取り消せ」
冷たい目で鎖分銅の騎士が黒風を睨む。
何だかよく分からないが、敵同士で揉め始めた。
この隙に、懐から上級治癒薬と上級魔力回復薬を出して、一気に飲み干す。
残り三分の一くらいに減っていた魔力がいっぱいに回復して、折れたあばら骨の痛みが引いてゆく。
骨が砕けてなくて、きれいに折れただけだったので、上級治癒薬だけで上手くくっついたみたいだった。
(この薬、すごい効き目です。あの偉そうなエルフ。賢者と呼ばれるだけのことは有りますね。腹立たしい事ですが……)
「ああ、分かった、分かった。そんなにムキになるな。俺が悪かった。取り消す」
呆れたように黒風が言って首を振る。
「ふん!言葉に気をつけろ。次は無いからな」
そう言い捨てて、鎖分銅の騎士が私に向き直る。
黒風がゆっくりと横に動いて、私の後ろに回り込みにかかる。
(さあ、どうしますか?氷の道を使って高速で移動して、敵をかく乱しながら戦うしかありませんね。一か所で立ち止まっていたら、挟み撃ちをされてしまいます。まあ、なんとかなるでしょう)
もっと大勢の敵に囲まれて、袋小路に追い込まれて戦った事もある。
あの時も何とかなった。
相打ち狙いの捨て身攻撃をこちらが仕掛けると、大抵は相手の方が先に引く。
仲間がたくさん居る中で、自分一人が敵との相打ちで死ぬのは皆嫌なのだ。
自分たちが有利な戦いをしている状況では、自分が逃げても大勢いる他の誰かが代わりにやってくれるという甘えが出る。
その心の隙に付け込むことでこちらに勝機が生まれる。
そうやって今まで生き残って来た。
(さあ、これから死兵になりますか。いつもの事です。そう言えば、英雄スズキハルマの言葉でいいのが有りましたね。『切り結ぶ、剣の下こそ地獄なれ、一歩進め、先は天国』でしたか?まあ、この『天国』には、『勝利』と『敗北』の二つの意味があるのでしょうけど……。要は、危険を冒して捨て身で勝機を掴めという言葉ですね)
死ぬ覚悟が出来て、全身に力がみなぎる。
(そう言えば……)
ガルゼイからもらった非常用の薬が、もう一種類有ったのを思い出した。
その瓶を懐の隠しから取り出す。
高そうな透明の小瓶の中に、黄土色のドロリとした液体が詰まっている。
キラキラと光る金属粉の様な物がその中で輝いている。
(気持ちの悪い色……)
この『元気が出る薬』と呼ばれるものを飲むか迷っていると、大門のやぐらの上で人が騒いで居る声が聞こえてきた。
「駄目だ!行ってはいけない!」
治癒師のセロンさんの声だ。
直後に、やぐらの上から飛び降りてくる人の気配があった。
黒い小柄な人影が、私のすぐ横にふわりと軽やかに着地する。
「加勢します」
とその人影は、若い女性の声で言う。
「あなたは……」
「赤葉です」
「大丈夫なのですか?」
「ええ、問題有りません」
そう答える赤葉さんの体がふらついている。
「そうは見えませんね」
「肉の盾くらいにはなれます。その隙に敵を倒して下さい」
「……いい心がけです。それなら、この薬を飲みなさい。王都の賢者様お手製の『身体強化薬』です」
「そんな貴重な物を私に?」
「ええ。あなたがすぐに死んでしまったら、困りますからね。これで元気になって、私の為に少しでも多く時間を稼いでください」
「分かりました」
赤葉さんは私が手渡した気色悪い色の薬を躊躇なく飲み干した。
「おい!なぜ攻撃しない!何をぼんやりと待っているんだ!」
黒風が鎖分銅の騎士に文句を言う。
「あ?そう思うならお前が勝手に仕掛けろよ。俺ばかり当てにするな。いいじゃねえか。ちょっとくらい待ってやったって。相手はか弱い女達だぞ。相談くらいさせてやれ」
手から鎖分銅をぶら下げたまま、長身の騎士は面倒臭そうにそう言った。
「がはっ!ごほっ!」
薬を飲み干した赤葉さんがむせる。
「味はどうですか?」
「酷い味です。でも、その分、効きそうな気がします。お腹が熱くなって、体に力がみなぎってきました」
「やっぱり、まずいのですね。なら、私は飲むのを止めましょう。この世の最後に味わうのがその不味い薬では、死んでも死に切れません」
もう一本残っていた『元気が出る薬』を私は懐の隠しに戻した。
「ふん!お前が俺の相手をするのか赤葉。男に媚びて出世するしか能のない奴め」
赤葉さん向かって不機嫌な声で言う黒風。
「そう思っているのはあんただけです。あんたこそ、声の大きさしか取り柄が無いくせに」
「いつかお前を殺してやろうと思っていたんだ。まあ、これはこれでいい機会だな。楽に死ねると思うなよ」
「私に敵をいたぶる趣味は無い。あんたは急所をえぐって、楽に死なせてあげます」
「あんたじゃ無い。組長と呼べ」
「元組長でしょ。現組長は私です」
「部下を全て死なせた、無能が」
「その部下はあんたの裏切りで死んだんです。かつての仲間にどうしてそんな酷いことが出来るのですか」
「大義の為だ。偉大なソエリ族の誇りを復活させるための犠牲だ」
「違う。あんたは自分がソエリ族の族長に成れなかった事を恨んでいるだけ。つまり、私怨です。みんな知ってる。本当に下らない男」
「貴様!前族長の息子と言うだけで、あの貧弱な女好きのヤシが族長になる方がおかしいだろ!」
「皆の入れ札で決めた事。あんたは皆の人気が無くて、札を集められなかった。それだけの話」
「あんな物は無効だ!かつてソエリ族の長は、強い者同士が戦って、勝ったものがその地位に就いていた。その伝統を無視した、あんな腑抜けたやり方が認められるものか!」
「時代に取り残され、過去の価値観でしか生きられない哀れな男。これ以上話しても無駄」
「おーい、そろそろいいか?」
のんびりとした声で鎖分銅の騎士が言う。
「ええ、お待たせしました。それにしてもあなたは随分甘い人間ですね。騎士道精神と言う奴ですか?私は騎士では無いので、その配慮は必要ありませんでしたよ。でも、その甘さに付け込ませてもらいます」
「一騎打ちだからな。弱っている女を二対一で倒したら、仲間から笑われて馬鹿にされちまう」
「はー……、騎士と言う生き物はずいぶん愚かなのですね」
「そうだ。愚かだ。だが、その愚かさに命を賭けるのが騎士だ」
「あなた、元高位貴族ですね。しかし、私の知らない顔です。ひょっとして元王族……」
「よけいな詮索はするなよ。どうでもいいだろ。下らねえ」
「そうですね。申し訳ありません。では、再開しますか」
「よし、行くぞ」
後方の黒風と赤葉さんを視界の隅に収めながら、私は氷の道を作って、鎖分銅の騎士に向かって飛び出す。
赤葉さんも黒風に向かって、身を低くして走る。
彼女が懐から何かを取り出し宙に撒く。
たくさんの枯れ葉が彼女の周りを舞う。
その一つ一つに炎が灯り、赤葉さんと一緒に黒風の方に動く。
黒風が右手を振ると、赤葉さんの枯れ葉の炎が揺れる。
その揺れた方向から、赤葉さんが身を反らせる。
鋭利な刃物がかすったように、彼女の服の肩口がかすかに切れる。
周囲の炎が揺れるたびに、体を動かして、黒風のウインドカッターを彼女は紙一重でかわしている。
(大丈夫そうですね……)
その様子を確認して、私は改めて鎖分銅の男の方に向き直る。
氷の道の方向を小刻みに変えて、進路を予測させないように動く。
動きながら氷弾を鎖分銅の騎士に向かって飛ばす。
横に僅かに跳んでそれをたやすくかわす鎖分銅の騎士。
(動きながらでは、どうしても攻撃が単発になって、簡単によけられてしまいますね。しかし、今はこれを続けないと、こちらがあの魔封じ鋼の連続攻撃を食らってしまします。毒を使えれば少しは楽が出来るのですが……。今回は使わないと決めたのです。それで死んだとしても仕方ありませんね)
動きながら次の攻め手を考える。
(どちらにしても、あまり時間は掛けられません。赤葉さんの体力がどれだけ持つかも分かりません)
私は両手の先に最高硬度の氷の刃を伸ばし、一気に鎖分銅の男目掛けて距離を詰めた。




