172 マード防衛戦2
敵の軍勢が一度後方に引いてゆく。
大盾兵を前面に出して、静かに待機している。
敵の間から、三人の男が前に出てきた。
一人はソエリ族の裏切り者の『黒風』だ。
(あいつは風魔法使いでしたね)
残りの二人は、昨日ネルガルを助けにやって来た敵の中に見た顔だ。
左端の黒風の右には細身で長身の軽装鎧の男。
男は肩に担いだ革袋から何かを取り出す。
長い鎖が男の足元に落ちる。
その端を二メルスほど手に持って、軽く宙で振り回し始めた。
鎖の先に小さな赤い分銅の様な物が付いている。
(鎖分銅とは、また変わった武器を使うものです)
さらに隣に大柄で体が横に太い男。
この男は体に古びた長い外套を着て、頭から頭巾を被っている。
ゆっくりと外套を脱ぎ捨てる。
素肌に胸当てをつけた、軽装鎧姿で無手の男が立っていた。
後ろから、屈強な二人の男…、恐らくは彼の従者二人で長さが人の背丈ほどもある大剣を持って運んできた。
男がその剣を片手で掴んで軽々と振りあげる。
剣を渡し終えて、彼の従者二人は後方に下がって行った。
男は握りを確かめるようにその大剣を二、三度片手で振ってみる。
先ほど下がった二人の従者が、今度は人の体半分くらいの高さの大盾を運んでくる。
男は重そうな大盾を左手で軽く持ち上げて、下の端をドンドンと何度か地面に打ち当てる。
(あいつは、剛力の身体強化使いですか?ネルガルとは真逆の身体強化のようですが、あの突破力は少し厄介ですね)
「敵は強者を出して来たな。まず、私と君を排除して、それからゆっくりと街を攻略するつもりのようだ」
「ええ、そうですね。アレを放置はできませんから、受けて立つしかないでしょう」
私とカディスさんが話していると、やぐらに騎士団長のネイカさんと、巡視隊長のオルセさんが登って来た。
「向こうは三人ですか?誰が出ます?」
とネイカさん。
「そりゃあ、まず、俺とネイカさんでしょう」
とオルセさん。
「いや、私が出よう」
とカディスさん。
「それは駄目ですよ。まだ敵の能力が分かりません。シトラ様の出番は最後です」
と続けるオルセさん。
(ああ、そう言えばカディスさんの家名はシトラでしたね。皆が『カディスさん』と呼んでいるから私も『カディス様』と名前呼びをしていましたが、不敬だったでしょうか?でも、今さら呼び方を治すのも変ですね)
「いや、しかし……」
と少し抵抗する素振りを見せるカディスさん。
「ここはお任せ下さい。我等も負ける気は有りません。仮に力が及ばなかったとしても、敵の能力くらいは暴いて見せますよ」
とネイカさん。
「お二人では人数が足りませんね」
と私が口を挟む。
「なら、君も手伝ってくれないか?」
申し訳なさそうな表情でネイカさんが言う。
「あら?ここは、『自分達二人だけで戦うから、女性の君は下がっていたまえ』と言う場面では?」
「いや、君の実力は我等より上だ。格上にその遠慮はかえって失礼と言うものだ」
「いたいけな少女をこき使うのですか?」
「見た目は幼いが、とっくに成人しているだろ?十七歳だったかな?」
「どこで調べたのですか?しかし、それは以前の話です。先日私の歳は正式に十六歳に決まったのです。失礼な」
「はて?月日と共に若返るとは、一体、どんな魔法を使ったのだろうか?」
とからかう口調のオルセさん。
「知らないのですか?ラグナ王都では、女性なら誰でも使っている簡単な魔法ですよ」
「それは、恐ろしいことだね。今日生き残って、次にラグナに行った時は注意しよう」
「何を注意するのですか?いやらしい。これだから下等な男は困ります」
私とオルセさんがふざけて話していると、大門の下に敵の強者三人が歩いて近づいてきた。
「おーい、あんたら、一騎打ちをする度胸はあるか?」
と手から鎖分銅をぶら下げた長身の男が、やぐらの私達を見上げながら言う。
「そちらの都合に付き合う義理は有りませんよ。……とはいえ、あなた達を殺せれば、そちらに攻め手が無くなるのも事実ですね。いいですよ。やりましょう。こちらも早期に決着をつけたいのです」
「じゃあ、下りて来い。来ないとこっちから行くぞ」
「そこで待っていなさい、愚か者!では、カディス様、ここでご覧になっていて下さい」
そう言い残して私はやぐらから大門の前の地に下りる。
ネイカさんとオルセさんも続いて飛び降りる。
その時に、大門前の氷の壁を解除して消しておく。
大門の戸がむき出しになるが、あの氷の壁を背後に残して、味方の二人が戦闘中にうっかり触れて凍ってしまう事の方が心配だ。
「私の相手は、そこの小汚い裏切り者がいいですね」
とこちらから黒風を指さして指名した。
「調子に乗るなよ、ラグナとヤマに媚びる小娘が」
「その小娘が隠れて話を聞いているのに気づきもしないで、のんきに馬鹿面を晒していたのはどこの誰でしたっけ?あの時、私がその気なら、あの場の全員を殺せましたよ。あなたは密偵としての能力が低すぎて話になりませんね。ああ。あの赤葉さんは別です。彼女は優秀ですね。この私の気配に気づいて、短刀を投じてきましたから」
「あの女はこそこそと気配を嗅ぎまわるのが上手いだけだ。戦闘は俺の方がずっと強い」
「戦闘が強いから何です?密偵は強ければいいと言うものではありませんよ。所詮は三流の力自慢ですね。あなた程度の実力では王都の暗部組織では全く通用しません」
「それなら、お前をここで殺して俺の実力を証明しよう」
「だから、脳筋は使えないと言っているのが分からないのですか?馬鹿の相手は疲れますね」
「俺に首を斬られても同じ事が言えるか、試してみるか」
周りの空気がかすかに揺らぐ。
私の背後に隠していた氷弾の一つが、自動的に顔の前に飛び出して来る。
その氷弾は何もない空間で何かにぶつかって半分に割れた。
「ウインドカッターですか?」
「ういんど?……『風刃』だ。この魔法を知っていたか。今のをどうやって防いだ?」
「見えなくても防ぐ手段は有るのですよ。今まで風魔法使いとは大勢戦っています。そいつらは、みんな死にましたよ。あなたもその頭数の一人に加えてあげましょう」
「今のは小手調べだ。この程度の魔法で簡単に死なれたら困る」
「本当は不意打ちが防がれて、がっかりしているのでしょう?顔に出ていますよ」
「そう思っておけ」
私は左のネイカさんとオルセさんに目をやる。
二人とも剣を抜いて身構えている。
オルセさんは細剣を下段に構えて頭を下げた極端な前傾姿勢になり、鎖分銅の男と向き合っている。
体を赤銅色に変えたネイカさんが幅広の長剣を上段に構え、大盾と大剣を持つ男の正面に立つ。
「ふひゅ!」
高い呼吸音を発して、まずオルセさんが動く。
彼の顔目掛けて鎖分銅が飛ぶのを紙一重で避けて、敵に斬りかかる。
残像が霞むくらいの高速で突き出された剣を、敵の男は鎖を両手で真っすぐ張って受け流す。さらに斬りかかるところに、輪にした鎖を投じてオルセさんの体に巻き付けようとしてくる。
体の周囲を取り囲んだ鎖が締め付けてくる前に、オルセさんが身を低くして横にかわす。
「おう!」
ネイカさんも同時に敵に剣を振り降ろしていた。
敵は真っすぐ突っ立ったまま軽く盾を掲げてネイカさんの剣を正面から受ける。
体と剣に発動したネイカさんの身体強化魔法が、敵の盾の上に当たって爆発するような大きな音で弾ける。
立て続けに何度も斬りつけ、敵はただ大盾で受け続ける。
一見、ネイカさんが押しているように見えるが、敵の顔は無表情で感情が読めない。
(嫌な予感がします。早くこっちを片付けてお二人を助けないと……)
私の周囲で魔力の気配が動く。
とっさに尖氷追尾弾を二十個ほど発動して、体の周りに発射する。
見えない斬撃でそのほとんどが半分に割れる。
(少し、氷弾が余るかと思いましたが、そうでも無かったですね。そこそこはやるようですね)
足元に氷の道を作ってその上を滑り、黒風に迫る。
氷弾を立て続けに発射した。
黒風の体の周りでその氷弾が全て弾ける。
構わずそのまま突っ込む。
左右の手の先に氷の刃を伸ばして、黒風に突き出す。
両手の短剣で氷の刃を受ける黒風。
ただの短剣では無い。
ウヴァーの角を削って作った魔剣だ。
あの、透明で白く発光する刃に触れられたら、私の細い腕など簡単に落ちてしまう。
あの短剣を一撃でも貰ってはいけない。
空中に足場を作って跳び上がり、黒風の首を狙う。
風が巻き上がって、一瞬奴の姿が掻き消える。
咄嗟に後ろに跳ぶと、短剣を振る黒風が目の前に姿を現して迫って来る。
(認識疎外の魔術ですね)
足先に氷の刃を伸ばして、奴の腹の辺りを蹴り上げる。
跳び下がって、また奴の姿が消える。
(それが自分だけの技と思わないで下さい)
私も認識疎外の魔術具で姿を消して、横に飛びながら身をかがめる。
体が消えている間に氷の刃を長く伸ばし、思い切り横に振って回転させながら、奴の居そうな辺りに投げる。
風が巻き上がって、上空に黒風の姿が現れる。
目が私を探している。
(間抜けが!上に逃げるなんて素人ですか?)
「喰らえ!」
姿を現した私は、一度に何十もの細かい氷弾を下から奴に向かって打ち出した。
突風が巻き起こり、奴の体が横に飛ぶ。
その先の地面に着地しようと黒風が下りてゆく。
(そこに下りますよね)
その落下地点には既に私の氷壁が敷き詰められていた。
落ちて来る黒風に向かって、無数の氷の槍が地面から突き出して来る。
「うおっ!」
慌てた声を出し、黒風が右手を振る。
氷の槍がその手の一振りで全て斬り飛ばされる。
さらに風が巻き起こり、奴の体が少し浮かんで、私の氷壁の尽きる少し先の地面に落下する。
上手く着地出来なかった黒風が無様に地面に倒れる。
「ははは!どうしたのですか⁉ほらほらほら!」
その背に氷弾を討ち続ける。
黒風が地を転がって避ける。
立ち上がって、両手の短剣で氷弾を撃ち落とす黒風。
続けて懐から何かを取り出そうとする素振りを見せるが、それをさせる間を与えず、奴の体の周りに、氷檻を立ち上げる。
「捕まえました!」
上に飛び上がれないように屋根の蓋をして、周囲を完全に取り囲む。
「とどめです」
奴を捕まえた氷の檻の隙間に、手の氷の刃を突き入れようと右手を振りあげた。
「待て!見ろ!仲間が死ぬぞ!」
と後ろを指さす黒風。
横目でそちらを見る。
敵の大剣が、剣を持つネイカさんの両腕を斬り飛ばしているのが見えた。
刃など付いていない様に見える太くて無骨な剣なのに、細剣の様な鋭い斬り口だ。
あの大剣も何らかの魔剣なのだろう。
「ネイカさん!」
そちらに氷弾を飛ばす。
その氷弾を敵の大男が大盾で防ぐ。
捕まえた黒風はいつでも殺せる。
氷弾は速さを優先するため、固さと冷たさを犠牲にしていて、奴の魔法でも防げていたが、氷檻は最高硬度と冷たさで生成したから、奴程度の魔法では簡単に壊せない。
ただ、氷の硬度を上げると、そこから氷の槍を伸ばすことも出来なくなってしまう。
固さと冷たさを優先するか、自由な攻撃を優先するかで魔法の構築の仕方が変わってくるのだ。
黒風は氷檻の中で悔しそうにただ立っている。
あの檻に触ると手が凍って砕けてしまう事は、奴も分かっているみたいだ。
半死人は放って置いて、大盾と大剣の大男に向かい氷の道を滑って走り寄る。
途中から氷の道を斜め上に持ち上げて、大男に向かって跳び上がる。
体の周りを氷壁で囲んで大きな氷の塊になり、勢いをつけて大男に向けて落下する。
(弾き飛ばしてやる!)
氷壁の周りには無数の氷の刺を伸ばしておいた。
大盾で真っ向からそれを受ける大男。
「ふん!」
男の太い声が聞こえる。
凄い轟音で大盾が私の氷の壁と激突する。
視界がぶれて全身に衝撃を感じた。
私の体が周りの氷壁ごと後方に飛ばされて、地を跳ねながら転がる。
ぐるぐると何度も回転して上下が分からなくなる。
(なんて怪力)
「逃げて下さい!」
ネイカさんの方に声を出す。
両手を斬られたネイカさんがその場で膝を着く。
彼に向けて大剣を振りあげる大男。
その時、大男に向かって、緑色の鋭い槍状の物が、地中から何本も突き出して来る。
それをまた大盾で受ける大男。
体の周りの氷壁を解除して私は立ち上がる。
私の前に上から何か大きなものが落ちて来て、地を揺るがして着地する。
大柄な人の後姿がすぐ目の前に立っていた。
見慣れた広くて逞しい背中。
その背を見て、つい、ほっとして安心してしまう自分を感じた。
カディスさんがそこに居た。
彼は何の武器も持っていない。
太い両腕をぶらりと下げて、これから散歩にでも行くような様子だ。
大門の前から伸びてきた緑の蔦が、傷ついたネイカ氏の体を掴んでやぐらの上に運んでいる。
「ぐっ、すみません……、不甲斐ない……」
苦しそうに体を丸めたネイカさんは、そう言いながらやぐらの上に消えて行った。
彼の切断された両手と剣も、蔦が上に運んでいた。
やぐらの上に治癒神官のセロンさんと数人の顔が見えた。
上から私達の対決を見ていたみたいだ。
(切り口が綺麗だったから、すぐに治療すれば腕はくっつくかもしれません。でも、上級神官の治癒魔法であの傷の完治は難しいでしょう。ネイカさんはもう戦えませんね)
「この敵は私に任せて欲しい。私向きの相手だ。君はオルセを助けてやってくれ」
オルセさんの様子を伺う。
彼は敵の鎖分銅を何とかかわし続けていたが、攻め手が見つけられず防戦一方になっている。
敵の分銅は遠近どこからでも攻撃が飛んできて、軌道の予測がしづらい。
今は何とかかわせているけど、疲れて少しでも足が止まったら、あの変幻自在な攻撃をよけられないだろう。
オルセさんの顔には焦りの色が見える。
それに対して、敵の鎖分銅使いは顔に笑みを浮かべてまだ余裕の様子だ。
「武器はどうしたのですか?」
とカディスさんに訊ねる。
「ああ、いつも使っている小さな円盾と戦場剣であれと戦うのは無理だ。別の武器にする」
「しかし、その武器はどこに?」
「ここにある」
身を屈めて地面に触れるカディスさん。
地面から剣の柄の様な物が突き出している。
その柄の様な物を掴んでゆっくりと上に引く。
地面の下から黒く太い物体が引き出される。
カディスさんの背丈ほどもある無骨な鉄柱の様な物体が姿を現した。
「それは?」
「武器だ。昨日作って、地中に隠して置いた」
「それは鉄の棍棒ですか?」
「鉄では無い。これは木だ。森にはこう言う木もあるんだ。この木は『鉄木』と一般に呼ばれている物だ。固いが弾力もあるから簡単には折れない。鉄より軽く、鉄より硬い。打撃武器としてこれより優れたものを私は知らない」
地中から取り出したばかりの鉄木の太い棍棒を、片手で持ち上げて肩に担ぎ、敵の方にゆっくり歩くカディスさん。
「さあ全力で来い。小細工は無しだ」
と落ち着いた声で言うカディスさんの言葉に、敵の大男がにやりと笑った。
彼は左手の大盾を軽々と上に掲げ、無造作に後ろに投げ捨てる。
自分の大剣をカディスさんと同じように片手で肩に担いで、ゆっくりとこちらに歩いて来る。
お互いの得物の届く距離で、二人は向かい合って立ち止まる。
「それなら、ここはお任せします」
そう言って私はオルセさんの援護に向かった。
私の背後で、固い重量物同士をぶつけ合うような激突音が響いていた。




