178 聖地の戦い1
乱戦になって、数の少ない森人が押され始めた。
「森人達!集まってくれ!英子とセシルを中心にして、円陣を組め!互いに背を守って戦うんだ!」
すぐに森人達が集結して、円陣を組み始める。
しかし、既に何人かの森人達が敵の剣に倒れてしまっている。
残った、森人も全身傷だらけで満身創痍の状態だ。
魔力回復薬を飲んだ英子とセシルが、円陣の中から仲間の森人達に治癒魔法を飛ばす。
二人は仲間の治癒に集中していて、敵を攻撃する暇が無い。
英子もエリアヒールのような大きな魔法を使わずに、魔力回廊を温存しながら治癒魔法を小出しに発動していた。
俺はあえて円陣に入らないで外で走り回って、敵の背後から攻撃する。
森人達を包囲する敵の背を脅かすことで、森人に攻撃が集中しないようするためだ。
アスルとネルガルは少し離れた場所で剣を振るっていた。
二人だけ別次元の戦いをしていて、誰も側に近づけない。
ネルガルの兵の一人がアスルの背後で剣を振りあげたとたん、手と首が飛んでその場に崩れる。
「馬鹿野郎!邪魔だ!」
と怒りの声を上げるネルガル。
目にもとまらぬ二人の斬撃の制空圏に踏み込んで、斬撃の余波に巻き込まれたようだった。
交錯する二本の剣速が早すぎて、どちらの剣で斬られたかすらも分からない。
森人の円陣の前線では、ミルさんが金属糸の武器で正面の敵の頭を兜ごと斜めに斬り飛ばしている。
盾を構えた敵の真正面から金属糸を振り下ろし、盾ごと敵の体を半分に両断する。
凄い切れ味だ。
しかし、急にミルさんの武器の切れ味が悪くなる。
「ちっ!魔石が切れた!」
と悔しそうに言うミルさん。
「ミルさん!これを!」
俺の魔術具用に持っていた魔石の革袋を、ミルさんに向けて放る。
「助かる!」
頭上に手を伸ばして、それを受け取るミルさん。
そして、すぐに手元で握っている持ち手の中の魔石を交換して、正面の敵に斬りつける。
「前に居るのが全部敵だから、やりやすいね!」
ミルさんの圧倒的な攻撃力に恐れをなしたのか、彼女の前だけ敵兵の姿がだんだん少なくなる。
逆に、彼女の裏側の円陣に敵が集まり始めるが、そちらではハランさんが仁王立ちになって奮戦している。二本の戦斧を両手でビュンビュン振り回し、敵を盾ごと吹き飛ばしていた。
森人を包囲する敵の背後を突くために、敵中を一人で走り回って攻撃する俺の体も傷だらけだ。
何本もの剣が振り下ろされるのを転がって避けるが、どうしても全ては避け切れない。
うおーん!
うおーん!
黒衣の老人は俺の傷を治し続けている。
だが、周りで倒れた死者の霊エネルギーを吸収するのと俺の傷の治癒に忙しくて、手足を俺と同化させてパワーアップするまでの余裕が無い。
「この、くそだら!」
地を転がって敵の足に浅手を与えては、別の場所に離脱するという動きを繰り返す。
いつもより体が重い。
自称『曾祖母』の白ナメクジ女が引っ込んだ後から、体に力が入らなくなった。
(黒衣の老人の吸収してた『霊エネルギー』が体の中であの『白い女』に横取りされているような感覚がある。
思えば今までおびただしい数の霊エネルギーを吸収して来た。
あのエネルギーの一部か、もしくはもっと多くがあの『白い女』のところに行っていたのかもしれない。
あの白い女はこのガルゼイの曾祖母で、この黒衣の老人は曽祖父だ。
つまり二人は夫婦だ。
王都新市街の屋敷の屋根裏で見た肖像画での中での二人は、仲睦まじそうな様子だった。
この二人の正体は何だ?
ヒューリンさんが言うにはこの黒衣の老人は『魔人』と言うものらしい。
その魔人が俺の体を依り代として霊エネルギー、『ジン』を吸収している。
白い女は何者か分からないが、自分の事を『不完全な体』と言った。
という事は、このままジンを溜めて行けば、いつか『完全な体』になるという事だ。
奴が、完全な体になったとして、その時に何が起こるのだろうか?
奴には色々と質問をしたかったが、今は体の中に戻って活動を停止しているので、何も訊けない。せめて黒衣の老人と話せればいいのだが、こいつはただ『うおーん』と声を上げるだけで、コミュニケーションが全く成立しない。
(しかし、あの白い女が言っていた言葉………)
この場を離れないと、全員死ぬと言っていた。
(あれは、どういう意味だ……。何にしても、この場を切り抜けないと、質問どころじゃ無いな……)
余計な考えを頭から追い出して、目の前の戦闘に集中する。
その時、どこかで雷が鳴った気がした。
ハッとして英子を見る。
英子は治癒魔法を飛ばすのに忙しくて、雷撃の魔法を使っている様子は無かった。
(気のせいか……)
そう思った時、また雷撃の音がした。
今度は霧の向うで、空に向かって雷光が走るのが見えた。
(何だ……)
かすかな地響きを感じた。
その地響きは徐々に大きくなってくる。
(何かが来る……)
霧の向うから大型の獣が走って来るような音が聞こえてきた。
それも、一頭では無い。
何頭もの足音が同時に響いていた。
その音はどんどん大きくなる。
異変を感じたネルガルの兵が攻撃の手を止める。
防御する森人達も剣を構えたまま周囲を伺う。
(近いぞ……)
霧の向うに薄っすらと、いくつかの黒い影が見えてきた。
(一、二、……五頭の獣?魔獣か?あの大きさは、ウルスを一回り大きくしたくらいだ。………待てよ、ウルスだって⁉まさか⁉)
最悪の予想が脳裡をよぎる。
そして、恐らくその予想通りの展開になるだろう事も分っていた。
(ああ、ここでも法則発動だ。『期待は必ず裏切られ、不安は必ず的中する』ってな)
グボオオオオオオーウ!
野太い咆哮が響き、霧の中から五頭の魔獣ウルスが躍り出てきた。
(くっそ、一頭で街一つ滅ばせる魔獣が五頭だって⁉なんの冗談だよ!ここは、魔獣ウルスの巣だったんだ!そりゃ、誰も生きて帰らないはずだ!昔のソエリ族の人達はそれが分かっていて、ここを聖地にすることで、仲間の身を守ったのか⁉)
どのウルスも額の真ん中から青く透き通った鋭利な角を生やしていて、角が光ると同時に、雷撃が走る。
その雷撃の直撃を受けたネルガルの兵がたちまち黒焦げになる。
少し離れた場所で五頭の魔獣ウルスは立ち止まる。横一列に並んで次々に雷撃を飛ばす。
五頭の真ん中に立つウルスは他の個体より体が一回り大きかった。
そのウルスに見覚えがあった。
(あいつは、マードの街で俺が取り逃がした奴だ。たしか、あいつは雷撃だけじゃ無くて、『ジン』の身体強化が使えたはずだ。あの時は、セシルが居たから対抗出来た。でも、今の疲弊したセシルで戦えるのか?)
あの時の雄の魔獣ウルスは額の角が未発達で、雷撃が使えていなかったが、今はひと際立派で太い鋭利な角が、額から天に向かってゆるやかな弧を描いて反り立っていた。
その角からの雷撃が、森人の円陣に飛ぶ。
奴の目は、円陣の中に居るセシルに向いていた。
一番端に居た森人二人が体に雷撃を受けて、黒焦げになって吹っ飛んだ。
「駄目!」
咄嗟にセシルが森人達の前に光の壁を展開して、魔獣ウルスからの雷撃を防ぐ。
「まだ生きてるわ!」
虫の息の森人を、すぐに英子が治療する。
幾つかの雷撃が光の壁に当たって、跳ね返る。
雷撃が五つ同時に光の盾に当たったのを見てひやりとするが、セシルの光の盾が揺らぐ気配はない。
強い物理攻撃にはちょくちょく破られがちなセシルの光の盾だが、こういう魔法攻撃への防御力は意外と高いのかもしれない。
光の盾の外に居るネルガルの軽装歩兵達が、魔獣ウルスの攻撃に狙い撃ちされて、次々に倒れる。
普通の円盾を貫通してくる魔獣ウルスの雷撃に、ネルガルの兵が浮足立って逃げ始める。
「たっ、助けてくれ!」
セシルの光の盾に何人もの敵兵がすがりついて叫ぶ。
その悲壮な顔が背後からの雷撃で黒く燃え上がり、力なく崩れ落ちる。
「くっ………」
目の前で雷に焼かれていく敵達の姿を目の当たりにして、セシルの顔が曇る。
「おい!」
ネルガルがアスルに声をかけて、後ろに下がる。
「何だ!」
アスルも剣を振る手を止める。
「一時休戦だ!」
「なぜだ⁉」
「見ろ。魔獣化したウルスが五頭もいる。ここは奴らの巣だったんだ。まずは、俺達で協力して、あいつらを倒すぞ。こっちの戦いはその後だ」
「こっちの兵は、セシルの光の盾で守られている。死んでいるのはそっちの兵だけだ」
「そう言えるか?あの娘はずっと魔法を使い続けている。あの光の盾がいつまで持つ?俺の兵が死んだら、次の餌食はお前の仲間だぞ」
「なら、お前の兵が死ぬまで待とう」
「その時、俺は一人で逃げるぜ。分かるよな。俺一人なら簡単にここから逃げられる。仲間が残らず死んだ後でお前らに加勢してやる義理は無いからな。で、お前はその後どうする?お前だけであの五頭全てを倒せるのか?ああ、お前一人なら、俺みたいに逃げられるだろうな。だが、お前にそれができるのか?俺の加勢が無かったら、妹も聖女も死ぬぞ。時間が無い。どうするか今決めろ!」
「……分かった。休戦だ。あのウルス全てが死ぬか、逃げたらその時に戦いを再開だ」
「よし、約束をたがえない事を、俺は剣にかけて誓う。お前は何に誓う?」
「妹と、英子さんに掛けて誓う」
「ふん、それがお前にとって一番大事な物なのか?下らねえな」
「剣なんかに誓う方が下らないだろ。剣は所詮ただの武器だ」
「何で、お前みたいな奴に剣才があるのかね?バカバカしい話だぜ」
「それはこっちのセリフだ。お前こそ才能の無駄使いだ」
「まあ、いい。じゃあやるぞ!」
「分かった」
二人の会話は俺の『遠耳』に聞こえていた。
アスルとネルガルが肩を並べて、魔獣ウルスの前に跳び出した。
二人とも剣を振って、魔獣ウルスの雷撃を弾き飛ばす。
しかし、五頭の魔獣が発する雷撃を防ぐのに手いっぱいになり、二人の足が止まる。
「セシル!一時休戦だ!」
とアスル。
「それなら……」
セシルが光の盾を解除した。
「何を⁉」
ミルさんが驚いて声を上げる。
「皆さん、集まって下さい!全員光の盾の中に入れます!」
その声に、ネルガルの兵が円陣目掛けて詰めかける。
森人とネルガルの軽装歩兵が肩を並べて、密着していた。
「何だ⁉」
戸惑いの声を上げる森人達。
「おい、そっち、もっと詰めろ!」
構わず円陣に入って来るネルガルの兵。
「皆さん、集まりましたね!では、行きます!」
セシルが再度光の盾を張り直した。
密集した兵たちの周りギリギリを囲むように、ドーム状の光の盾が展開されていた。
その光の盾に、アスルとネルガルの取りこぼした雷撃が命中する。
「あんたって子は………」
呆れたミルさんがため息をつく。
「よし!これで、しばらく、仲間は無事だな!同時に仕掛けるぜ、アスル!」
「ああ!」
二人が前に出ようとするが、そこに五頭の雷撃が雨の様に降り注ぐ。
絶え間なく飛んでくる雷撃を剣で防ぎながら、二人は少しずつ前に出る。
二人に向かって声をかけた。
「二人とも!聞いてくれ!まず、俺が前に出て盾になる!俺に魔法は効かない!だが、あの真ん中のでかい魔獣ウルスは『ジン』が使える!あいつの『ジン』は強力だから、俺じゃ防げない!それだけ注意してくれ!」
そう言って俺は魔獣ウルスに向かって走り出した。
その俺に雷撃が降り注ぐ。
黒衣の老人が、両手の平を俺の体の前に大きく広げて、雷撃を全て弾き飛ばす。
それを見た体の大きい雄の魔獣ウルスが前に跳び出して来た。
(獣のくせに、判断が早い!)
よく見ると他の魔獣ウルスは全て雌の様だった。
(雌達を守っているのか?魔獣がハーレムかよ!正直、羨ましーぞ!)
雄魔獣ウルスが走り出したのをきっかけに、他のウルス達も二頭ずつで左右に分かれて走り出す。
中央と左右に展開したウルスから同時に雷撃が飛ぶ。
前から飛ぶ雷撃は俺の黒衣の老人が防ぐ。
左右の雷撃はアスルとネルガルが背中合わせになって、それぞれが剣で防ぐ。
俺達三人は、雷撃を防ぐので手一杯になってしまい、その場で動けなくなる。
二手に分かれた雌の魔獣ウルスは反対の方向から遠巻きにして、雷撃を打ち続ける。
真ん中の雄の魔獣ウルスが全身を発光させてこちらに突っ込んで来る。
(やばい!あれは俺じゃ防げない!)
「前の雄ウルスがジンを使っている!横の雌ウルスの雷撃は俺が防ぐから、二人は前に出てくれ!」
そう言って足を黒衣の老人と同化させ、アスルとネルガルの頭上に跳び上がる。
俺と入れ替わりに、アスルとネルガルが前に出る。
俺の黒衣の老人が手のひらを大きく引き伸ばし左右に広げ、側面からの雷撃を弾き飛ばす。
「ふっ!」
「そりゃ!」
突っ込んで来る雄の魔獣ウルスの頭目掛けて、二人が剣を振り降ろす。
「グボー!」
頭を振りあげて、左右の二本の角で剣を受ける雄ウルス。
剣と角の間で、魔力が弾ける。
力が一瞬拮抗するが、雄ウルスの突進は止まらない。
バリバリと音がして、剣を持つアスルとネルガルが体ごとふっ飛ばされる。二人は飛ばされながら、宙返りで態勢を立て直して着地する。
しかし、ジンの直撃を剣越しに食らって一時的に体の自由が利かなったようで、がくりと片膝を着いていた。
白く輝いた魔獣が俺目掛けて突っ込んで来る。
「くそ!」
身を横に逸らして、かろうじて避ける。
雄の魔獣ウルスは、そのまま足を止めずに走り続ける。
(どこへ行く気だ?)
雄ウルスの進路の先に、セシルの張ったドーム状の光の盾がある。
勢いをつけて跳び辺り、その光るドームに突っ込んでゆく雄魔獣ウルス。
ジンをまとった角の体当たりで、セシルの光の盾が砕け散る。
「うわー!」
「ぎゃー!」
光の盾の後ろに隠れていたネルガルの兵と森人達が、人形のように吹き飛ばされて宙を舞っていた。
ミルさんが横に跳んで、転がる。
密集した人の真ん中を突き進む雄魔獣ウルスの足が、円陣の真ん中で突然止まる。
三本の角を突き出して頭を下げた魔獣の顔の前に、眩しく輝く小さな人影が立っていた。
セシルだ。
「させません!」
全身を発光させたセシルが両手で左右の角を掴み、仁王立ちで魔獣の巨体を受け止めていた。
凄い力だ。
魔法を使うとセシルの魔力回廊は疲労するが、あのジンの力はどこからともなく無限に湧いて来て限界が無い。
今の雄魔獣ウルスを止められるのは、同じジンを使えるセシルだけかもしれない。
セシルの背後で、恐怖に顔を青くした英子が身をすくめて立っている。
ミルさんがすぐに立ち上がって全員に指示を出す。
「一か所に固まると、雷撃でまとめてやられる!皆、魔獣から距離を取ってバラバラに離れるんだ!」
森人とネルガルの兵が辺りに散開する。
一部の軽装歩兵が、枯れ川の方角に逃げるが、その兵のことごとくが雌ウルスの雷撃を背に受けて、即死する。
高台の出口に走る人間から真っ先に殺されてゆく。
この魔獣たちが俺達全員に明確な殺意を持っているのが分かった。
この場の全員を一人残らず殺し尽くすつもりのようだ。
俺達を取り囲むように走って、水も漏らさぬような包囲態勢を敷いている。
四頭の雌魔獣ウルスは二頭ずつペアになって別れ、外側から連続して雷撃を飛ばす。
(こいつらには知性がある。魔獣の戦い方じゃない。これをこいつらだけで独自に考えているのか?ここは昔からソエリ族の聖地で危険な場所と聞いた。だが、あの雄ウルスがマードの街から逃げたのはつい最近の話だ。この場所に魔獣化したウルスばかりを引き寄せるような理由が何か有るのだろうか?分からない………。なあ、ガルゼイの曾祖母の人。何かこの場所の秘密に気付いて無いか?ちょっと、だけ目を覚まして情報をくれよ?)
心の中で白い女に問いかけるが、返事は無い。
なんにしても、あの包囲網を崩さないと、俺達に勝ち筋は無い。
(どうする?考えろ。何か突破口は無いか………)
俺の頭の中で思考がぐるぐる回転していた。
ストックが終わりです。
またいくらか書けたら再開します。
でわでわまたでわ。




