168 枯れ川の渓谷での戦い3
「ギアアアアアアアアアアー‼」
アスルの方から凄い叫び声が聞こえてきた。
まるで衝撃波の様にその声が渓谷の岩壁の間に鳴り響く。
壁にへばりついた俺の頭にも、その衝撃波が響いて来た。
一瞬、意識が朦朧とする。
俺だけでなくこの戦場にいる全ての人間が動きを止めていた。
ネルガルも耳を押さえて、体を丸めている。
「ちっ!マソウの奴やられたのか⁉でも、敵も道連れにしたな。まあ、上出来だ。あいつの分体はまだ残ってるから問題ない」
とアスルと深緑の髪色の男の方を見ている。
(あれは……)
アスルの手が相手の男の首を体から引き抜いていた。
それは異様な光景だった。
アスルの手が男の生首を掴んでいた。
首は苦悶の表情で大きく口を開いている。
首の下には長い根が生えていて、下の体に続いているが、首と離れた体が、土くれの様に崩れて下の地面の上に広がっている。
アスルはその場で痙攣して、失神している。
その近くに居た敵の軽装歩兵十人くらいが、耳や目から血を噴き出して昏倒していた。
アスル達から離れて遠くに居た森人達は無事だったが、皆その場に立ちすくんで頭を抱えている。
(あれは……?そうか!あいつは人間じゃ無いんだ!あいつはマンドラゴラの魔物だ!)
マンドラゴラと言えば、引き抜くと悲鳴を上げ、その声を聴いた人間を死に至らしめるという伝説の植物だ。
首から根を広げて自分の魔力で土を固め、土の体を人間の体の様に擬態して操っていたのだ。
(まさか、人外の魔物まで部下にしているなんて、このネルガルって奴は節操が無さすぎだろ!)
倒れて痙攣しているアスルが心配だ。
俺はそっちに行こうと、壁を蹴る。
「行かせねーよ!」
それにネルガルが魔剣を叩きつけて来る。
とっさにファルカタの十字受けで防ぐが、体ごと地面に叩き落とされてしまう。
「うらうら!」
こちらに剣を振るネルガルの動きに集中する。
奴の剣が緩やかな円を描いて、俺の死角から首を刈りに来る。
「ふっ!」
ファルカタを首の横に斜めに構えて、その剣を受け流す。
シュワ!
と剣のこすれる硬質な音がした。
立て続けに剣を振るネルガル。
その瞬間、意識が研ぎ澄まされて、急に視野が広くなった気がした。
(見える!)
ネルガルの動きが手に取るように良く見えた。
シュアッ!
シュアッ!
連続して奴の剣を受け流す。
「おっ⁉お前、今、化けたな。見えてるだろ⁉俺の剣筋」
それに返事をしないで、ひたすら剣に集中する。
いや、集中というのは少し違う。
漠然と全体を視野におさめ、意識を体の周りの空間に拡散して、周囲の空気の流れを感じる。
耳元で空気がゆらぐ。
その方向に剣を斜めに振る。
シュアッ!
ネルガルの魔剣が熱気を発して俺の顔の横を通過してゆく。
「はっ!こっちも体が弱ってて、本気は出してねーけど、俺の五割の剣筋について来るなんて、大したもんだな。褒めてやるよ、ちんちくりん不細工!」
「うるせー!誰が『ちんちくりん不細工の間抜け』だ!」
シュアッ!
「ん?『間抜け』は言ってねーぞ。てめえが間抜けなのは誰が見てもそうだからな!言う必要がねえ!」
「俺の婚約者は内心でそう思ってるみたいなんだよ!お前のせいで聞きたくない事をこっちは聞かされてるんだ!全部お前のせいだ!責任とれ!」
シュアッ!
シュアッ!
「ああ?不細工で間抜けなのはてめえのせいだろ⁉人のせいにすんじゃねーよ!恨むならてめえの親を恨みな」
「その場所はとっくの昔に通り過ぎてんだよ!」
「なら、イケメンの俺に嫉妬してるのか?」
シュアッ!
シュアッ!
「は?全身やけどまみれの誰がイケメンだって?笑わせるな!」
「ちっ、これはすぐに聖女に治させるからいーんだよ」
シュアッ!
「出来ると思ってるのか?死んでも聖女はてめえに渡さねーよ!」
「なら、とっとと死んどけ!」
「お前がな!」
ギャリ!
ネルガルの剣を真っ向からファルカタ十字受けで防いでおいて、そのまま体当たりをするように前に体を預ける。
黒衣の老人との同化の力とセシルのバフとで、体に力がみなぎっている。
(今の俺なら、弱っているこのネルガルに力負けはしない!)
その俺のぶちかましを真っ向から受け止めるネルガル。
「舐めるな、クソガキ!てめえ程度の技量で、俺に正面から通用すると思ってるのか⁉」
「なら力で示せよ!お前は口だけ将軍か⁉」
「おりゃ!」
鍔迫り合いをしつつ、ネルガルの膝蹴りが俺の腹に突き刺さる。
体が後ろに吹っ飛びそうになるが、両足のかぎ爪で大地の岩場を掴んでこらえる。
「ちっ!」
すると、急に奴が力を抜いて、俺の剣を斜め前に流して斬り降ろす。
思わずつんのめって、転びそうになった。
追い打ちで奴の肘が俺の後頭部に叩きつけられる。
目から火花が散った。
だが意識は失わない。
俺はそのまま前に転びながら、剣を奴の股間目掛けて真っすぐ切り上げる。
「うお!」
とネルガルがとっさに後ろに跳んでそれをかわす。
(いける!技量では負けるが、黒衣の老人の力の底上げと、バフの割り増しの体力で、何とか対抗出来ている。やはり、ネルガルは昨日のダメージがかなり残っているみたいだ)
俺はアスルの方に目をやる。
敵兵の一人が倒れたアスルに向かって剣を振りあげている。
「アスル!」
その敵兵にセシルの光の丸盾が当たって、弾かれたように体ごと吹っ飛んでいく。
光の盾の当たった敵の胸当てが割れて、あばらの砕ける音がしていた。
―セシル視点―
石の巨人が目の前に立っている。
大きな拳骨が上から落ちて来る。
(怖い……)
迫力が凄くて、足が震えて、体が動かなくなった。
思わず目をつむって、腕で頭を守りながら、ジンを集める。
石の拳を防ぐとその部分のジンが薄くなる。
それで、またジンを集めると次の石の拳が降ってくる。
それを繰り返していると、全然反撃が出来ない。
相手の拳骨の一撃は強くてとても重い。
ジンが薄くなった体であれが当たると、体が潰れてしまうかもしれない。
そう思うと、怖くて前に出られなくなった。
(どうしよう……)
相手の石の巨人は両手を交互に振り回していて、やり返す暇が無い。
私は自分を守るだけで精一杯になってしまった。
それでも、ガイさんがネルガルに斬られて危なくなった時に、とっさに右手でバフを飛ばした。
ガイさんの体に火の魔剣を振り降ろされそうになった時には、丸くした光の盾を飛ばして、剣を弾いた。
相手のネルガルはガイさんより強いみたいだから、助けてあげないとガイさんが死んでしまう。
もう誰も死なせたくない。
そうして、ガイさんの方を気にしながら身を守っていると、すぐ側で凄い叫び声が聞こえてきた。
その声を聴くと頭が叩かれたみたいにふらふらした。
兄さんの方を見ると、兄さんが相手の首を体から引き抜いていた。
その相手の首が大声で叫んでいた。
首の下には根っこみたいなものが生えていて、それが体から抜けると、赤茶色の体が土みたいにぼろぼろと崩れていった。
意識が遠くなるけど、今気絶したら、石の巨人の拳骨で潰されてしまうと思ったから、自分に治癒魔法をかけて、気絶しないように一生懸命頑張った。
でも、兄さんは体を震わせて、気を失っているみたいだった。
(何とかしないと……)
ガイさんの方を見ると、なんだかガイさんが急に強くなって、ネルガルを攻め始めていた。
ネルガルがガイさんに押されて、苦しそうな顔をしている。
これなら、しばらくガイさんは大丈夫みたいだ。
相手の兵隊の一人が、倒れている兄さんに向かって剣を振りあげている。
「駄目!」
その敵の胸の辺りに球にした光の盾を飛ばして、やっつけた。
でもそれで、自分の守りが弱くなって、石の巨人の拳骨をお腹に貰ってしまった。
私の体が後ろに倒れて地面に叩きつけられてしまった。
「あっ!」
その体に相手の左右の拳骨が次々に振り下ろされる。
体が下の固い地面にめり込む。
「うおー!」
知っている声がして、大柄な背中が、倒れている私の横を走って行った。
その大きな背中が両手を広げて、相手の石の巨人の片足にしがみつく。
(ハランさん!?)
「シュアの仇だー!」
ハランさんの背中の筋肉が盛り上がって、石の巨人の足を持ち上げようとしている。
石の大きな拳がハランさんの背中に振り下ろされる。
「危ない!」
とっさにジンと治癒魔法を飛ばす。
石の巨人の拳骨がハランさんの背中の真ん中に落ちて、何本も骨の折れる音がした。
同時に私のジンと治癒魔法が当たって、すぐにハランさんの怪我が癒される。
「ガッー!」
血を吐きながら、ハランさんが石の巨人の足を持ち上げる。
巨人の足が地面からゆっくりと浮かんで、大きな石の体が傾いた。
それで、石の巨人の拳骨の攻撃が少し止まった。
ハランさんが叩かれたのを見て、何だか凄く腹が立って、今まで感じていた怖い気持ちが薄くなった。
「しつこいんですよ!」
私のお腹を叩いていた石の巨人の腕を両手でしっかりつかむ。
相手が腕を引き上げると私の体もそのまま、上に引っ張られた。
石の巨人の手が大きく振りあげられたてっぺんで、私は手を放す。
振り回された勢いで私の体が横に飛ばされる。
岩壁がぐんぐん迫ってくる。
その壁を蹴る。
跳ね返ってそのまま反対の壁に飛ばされる。
反対の壁をまた蹴る。
今度は斜め下に向かって蹴り降ろした。
私の体が上にぐんぐん高く浮かんで、下で戦っている人たちの姿が小さくなる。
石の巨人がこっちを見上げている。
巨人の頭の辺りに、生身の普通の人の頭が見えている。
さっき石壁を作っていた敵の騎士が、巨人の中に潜り込んでいる。
その頭のある方向に私は落ちていく。
体の後ろからジンを噴き出して、落ちる方向を少しずつ変えて、頭の真上に落ちるように調節した。
石の巨人は両腕を大きく振りかぶって、私が落ちて来るのを待ち構えている。
私も両方の腕を引いて、拳の前にジンと光魔法の魔力を集める。
私の拳の前で、金と銀に光る平たくて丸い板みたいなものが出来て、ぐるぐる回っていた。
これが何だか分からないけど、凄い力が詰まっているのを感じる。
これを当てれば何でも壊せる気がした。
背中からジンを強く噴き出して、体を速く落とす。
相手の石の右拳が振られて私の顔に迫る。
それを私も右の拳で受ける。
相手の腕が凄い音で粉々に砕ける。
その砕けた石の欠片で前が見えなくなる。
でも次の左の石の拳が目の前に来ている事は分かっていた。
何も見えないけど、左の拳を思い切り突き出した。
その左拳がまた固い物を砕く感触が腕に伝わって来た。
一瞬、砕けた石の欠片の間から下が見えた。
相手の騎士の顔の上に岩の壁が左右からせり上がって来て、顔の前でピッタリと閉じていた。
そこに、私は体ごと落ちて行った。
「行っけー!」
自分のおでこの前に思い切りたくさんジンを集める。
顔の前で、光る金銀の丸い板が回転していた。
怖くて目をつむる。
顔の前で何かが砕ける凄い音が聞こえてきた。
次に体がくるくる回って、どっちが上か下かも分からなくなった。
背中が地面にぶつかるような、跳ね返りを感じた。
全身をジンで守っているから痛くはないけど、何がどうなっているのかが全く分からなくて、怖くなった。
体が転がるのが止まって、やっと静かになる。
ちょっとの時間が凄く長く感じた。
恐る恐る私は目を開ける。
うつぶせの私は肘を立てて体を少し起こした。
辺りには砕けた石がたくさん散らばって、目の前に石の欠片の小山が出来ていた。
そのてっぺんの真ん中の崩れた石の山の間から、人の腕が一本上に突き出していた。
その腕は手首から先がぴくぴく動いて何かを探るように手を握ったり開いたりしている。
(勝ったの?相手はまだ生きてるみたい。でももう戦えないはず……)
石の小山のてっぺんにハランさんがゆっくりと登って来る。
ハランさんの手には、一本の長剣が握られていた。
敵兵が使っていた剣を側で拾ったみたいだった。
石の小山のてっぺんでハランさんは足を止めて、まだ動いている手を見つめる。
そして、その剣先を下に向けて大きく振りかぶって、腕の付け根に深々と突き刺した。
崩れた石の間から血がたくさん流れて来る。
石から突き出していた腕はそれきりピクリとも動かなくなった。
動かなくなった腕を見下ろして、ハランさんは悲しそうな顔でかすかに微笑んだ。
(そうだ、兄さん!兄さんはどこ⁉)
あわてて立ち上がった私は辺りを見回す。
すぐ近くに倒れている兄さんを見つけた。
そっちに走る。
「兄さん!」
すぐに治癒魔法をかけたけど、兄さんは目覚めない。
兄さんの体はどこも悪くない。
何かの力で眠らされているみたいだった。
兄さんの手が敵の首を掴んでいる。
その首はびっくりした顔で大きく口を開けている。
首だけになってもぴくぴく動いている。
まだ生きているみたいに見える。
ハランさんが側に来た。
兄さんの手が掴んでいる首を引きはがして持ち上げる。
それをじっと見つめてから高く振りあげて地面に叩きつけた。
どちゃっ!
大きな音がして首が転がる。
ハランさんが剣を振りかぶり、転がった首の顔の真ん中に振り下ろした。
敵の頭が真っ二つに割れて半分に切れる。
半分になった断面からは赤い野菜を切ったみたいに、平たく滑らかな切り口が覗いていた。
人間じゃない。
何かの魔物みたいだった。
「アスルは俺が運ぶ!」
私の横に来たハランさんが兄さんの体を抱え上げる。
私はガイさんの方を見た。
ネルガルと戦うガイさんも私達を見ていた。
「行け!こっちは気にするな!」
「はい!」
私は兄さんの魔鋼剣を拾って、兄さんの腰の鞘にそっと納めた。
私達は仲間の方に向かって走り出す。
仲間の森人たちと戦っている敵がこっちを振り返って、大勢で斬りかかってくる。
とっさに自分達の体の周りに、丸い筒の光の盾を作った。
相手の剣はその盾の表面をつるつると滑って行く。
そのまま敵を押しのけながらどんどん前に進む。
仲間の森人の所にたどり着くと、みんな道を開けて私達を後ろに逃がしてくれた。
一番後ろに居る英子さんの所まで下がる。
ハランさんがそっと兄さんを下に降ろす。
「エイコさん!兄さんが起きないんです!」
「さっき凄い声がして、『呪い』の気配が辺りに充満したのを感じたわ。あれにやられたのね!?」
「呪い?呪いですか?治せるんですか?」
「呪いの解呪は今までやったことが無いの。でも何とかして見せる。ただ、すぐには解呪の魔法を構築できないと思う。少し時間をちょうだい」
「お願いします!私はガイさんを助けに……」
そう言って顔を上げて、ガイさんの居る方を見る。
ネルガルに飛びかかったガイさんが、お腹を蹴られて、後ろに飛ばされているのが見えた。
その場でネルガルが右手を高々と上げて背筋を伸ばす。
「二軍兵下がれ!一軍と交代だ!」
良く響く声が谷全体に響く。
その声で今まで森人達と剣を交えていた、敵兵が素早く下がってゆく。
森人達がその背中に追い打ちの攻撃しようとしていた。
「待て!その場で待機!何かある!」
とミルさんの綺麗な高い声が谷に響いて、森人達の足が止まる。
谷の下の方に敵の荷物持ちの五十人くらいの人達が来ていた。
背中に背負っていた荷物を下に下ろして、中から剣を引っ張り出している。
取り出した剣を腰に下げてそれぞれが陶器の小さな壺を取り出して、中の液体を飲み干した。
荷物持ちの人達の体から、何かの強い力が立ち昇って来るのが見えた。
なんの薬を飲んだのかは分からなかったけど、すごく嫌な感じがした。
前で戦っていた敵兵が、今まで荷物持だった人達の間から後ろに下がっていく。
そして、荷物持ちから騎士に変わった人達が剣を抜いて、円盾を構える。
彼らはきれいに整列して、坂の下から静かに私達を見上げていた。




