164 聖女で敵を釣る
「あいつ、もう戦えるのか⁉」
俺の後ろをワマで走るアスルが驚いている。
「驚いたな。でも上手く馬鹿が釣れたな!あいつどうする⁉」
「ガイ君!先頭を代わってくれ!」
「よし任せた!」
と一馬身ほど後ろに下がる。
「英子!ソエリの人達!アスルから離れて!左にかわす!」
直進するアスルの左方向に緩やかなカーブを描いて、俺達後続のワマはアスルのワマから距離を取る。
「何で離れるの⁉」
と英子。
「とばっちりを食うからな!ほら、見てみろ!」
アスルのワマとネルガルのワマが正面衝突しそうな勢いで、急接近する。
「うおー!」
「はー!」
ネルガルが振りかぶった魔剣が、どんどん上空に伸びてゆく。
長さ十メルスほどの高さに伸びて、真っ赤なマグマの様な色で熱を発している。
その如意棒のように長くなった魔剣を、勢いよくアスル目掛けて、振り下ろす。
「死ねー!」
憎しみに顔をゆがめて叫ぶネルガル。
真っ赤に焼けた炎の刃がアスルとセシルの頭上にまっすぐ落下してくる。
「上に盾だ!セシル!」
「はい!」
炎の魔剣の斬撃がセシルの光の盾に当たり、爆音がして、光の盾が砕け散る。
「ああ!」
と英子が悲鳴のように叫ぶ。
「大丈夫だ!よく見ろ!」
長く伸びた火の魔剣の刃を、砕けた光の盾の下から、アスルの魔鋼剣が真っ二つに切り飛ばしていた。
光の盾で火の魔剣の勢いを殺しておいてから、狙いすまして火の魔法部分の刃を断ち切ったのだ。
そのままアスルの駆るワマがネルガルに迫る。
ネルガルはもう一度魔剣を振りかぶる。
剣の長さを元に戻してコンパクトに構えている。
「お前だけは殺す!」
目を血走らせたネルガルが、火の魔剣を肩の上に立ててアスルに突進する。
「そうか⁉」
アスルがワマを飛ばして真っ向から、突っ込む。
接近した二人の剣が打ち合わされて、稲光の様な魔力の奔流が周囲に飛び散る。
「死ね!死ね!死ね!てめえのせいで俺の体は火傷だらけだ!どうしてくれる!俺の美しい体が醜くなっちまった!」
「そりゃ、気の毒にな!でも、男だろ。小さい事は気にするな!」
話しながら二人の剣が目まぐるしく交差する。
「小さくねえ!気にするぜ!治せバカ!」
「そっちにも治癒神官は居るんだろ!」
「こっちのデブは無能なんだよ!上級神官って言ってるが見掛け倒しで、口を動かす以外何も出来ねーんだ!あいつの力はせいぜい『中級』がいい所だよ!そっちの聖女達なら治せるんだろ⁉俺に寄こせよ!」
「駄目だ!お前には渡さない!」
「寄こせって俺が言ってんだよ!」
「渡さないって俺も言ってるぞ!」
お互いに相手のワマの首を斬り飛ばそうとしながら、上手くワマを動かし、互いの攻撃をかわしつつ剣を振るう。
顔のすぐそばで剣を振られても、アスルのワマは平気な様子だ。
だが、ネルガルのワマは怖気付いてきて、徐々に後ろに下がり始める。
「この、バカワマ!下がるな!」
とネルガルが罵倒する。
「ワマの練度はこっちが上みたいだな!」
同じ場所で二頭のワマがその立ち位置を入れ替えつつ、ぐるぐる回る。
その鞍の上の二人が一瞬の休みも無く剣を合わせる。
(まずい……)
他の敵の騎兵五十騎が、こちらに向かって横並びで進軍を始めた。
単騎で飛び出したネルガルを援護しようとしている。
「アスル!敵が来てる!」
と警告する。
「分かってる!セシル頼む!」
アスルが声をかけるとセシルが体の前で拳を握る。
その拳の前に光る丸い塊りが現れた。球状の光の盾の様だ。
「はー!」
その丸い光の盾が、セシルの拳の前で輝く。
「やっ!」
掛け声と同時にセシルが拳をネルガルに向けて突き出す。
(セシルの短い腕では、剣の間合いに届かないだろ?)
と思っていると、光の盾の玉がセシルの拳骨から勢いよく発射されて、ネルガルの体目掛けて飛んで行った。
拳の抜けた盾の後ろ側の穴部分から、ジンがジェット噴射の様に噴き出している。
(なんだあれ!?ロケットパンチみたいだな!また、新しい魔法を作ったのか⁉なんか、カッコいいな!)
咄嗟にネルガルが剣でその玉を受ける。
しかし、その勢いを殺しきれずに、剣を上に弾かれる。
光の盾の玉は弾かれて横に飛んで行ったが、ネルガルの腹が無防備にさらされた。
「やっ!やっ!やっ!」
立て続けにセシルの光の盾の玉がその拳から発射された。
それを更に二発までは何とか剣で受けたネルガルだが、三発目が腹の真ん中に当たって、ワマの鞍から弾かれたように落下する。
「よし!引き時だ!」
アスルは、落馬したネルガルに見向きもしないでそのままワマの首を返して、森に進路を変えて俺達の方に向かって来る。
「このまま逃げるぞ!」
俺達もワマを返して、森に走る。
スピードの乗っている敵のワマ隊は、俺達のワマ六騎を左右から包み込むように半円に包囲しながら迫ってくる。
その左右の包囲を狭めて、こちらをすり潰しにかかってくる。
「セシル頼む!」
「はい!」
セシルのバフが俺達のワマに飛ぶ。
途端に、ターボかかかったように俺達のワマが速度を上げた。
敵の騎兵はワマに鎧を着せた重装騎兵だ。
鎧の重量の分それほど脚は速くない。
徐々に敵の騎兵を引き離す。
それでも敵の中から、四騎ほどの脚の早いワマが左右から飛び出してきて、俺達に迫る。
短距離走の走り方で一気に距離を詰めて来る。
(ワマが潰れてもいいのか⁉あいつら、ここで、決めに来てるな)
その四騎の騎士の手には長槍が握られている。
槍の刃の部分に弧の字の反りが付いている。
走りながら敵を撫で切る使い方をする騎馬戦用の槍だ。
俺達は剣しか持っていないから、リーチで負ける。
迫ってくる敵に向けて、何度か英子が雷撃を飛ばすが、揺れるワマの上からでは上手く狙いが定まらない。
全く関係ない方向に空しく雷撃が飛んで行く。
「魔力の無駄だ!温存しろ!」
俺達の護衛についてくれたソエリ族の森人の一人が、英子に声をかける。
その三騎の森人達が俺達の右に一人、左に一人、後方に一人、と少し離れた位置に展開する。
左右から迫る長槍の敵騎士がその森人に向けて槍を振るう。
左右の森人が腕の円盾でそれを防ぐ。
敵の騎士の一騎が、最後尾の森人の背後につける。
そして、森人の無防備な背中目掛けて走り寄る。
最後方の森人はそれを横目でにらみ、敵の槍が自分の背に届く距離になったところで、上半身を半身だけでくるりと振り返り、手の短弓で至近距離から敵に矢を射た。
その矢が敵の胸当てに吸い込まれて、その場で敵が落馬する。
(あ!パルティアショットだ!)
かつて、ローマ帝国で有力者三人による三頭政治がおこなわれていた時代に、オリエントの宿敵パルティアにローマが討伐軍を送ったことがある。
その大軍ローマの重装騎兵隊に対して、寡兵のパルティア軽騎兵隊は、距離を取ってひたすら矢の雨を降らせる。たまらず突撃して来たローマの重装騎兵に対して、逃げると見せかけて砂漠におびき出し、振り向きざまに矢を射かける一撃離脱の戦法で攪乱し、本隊から離れ孤立したローマ騎馬隊を包囲殲滅したという話だ。
この敗戦後、ローマ軍は態勢を立て直せないまま、なし崩し的に本隊までもがパルティア軍に敗北を喫して、三頭政治の一角のクラッススが討ち死にしてしまう。
(おお!パルティアショットの実物を見れた!今は単騎での攻撃だったが、これを集団でやられたら追撃隊はたまらないだろうな)
落馬した敵は、胸当ての上から矢を受けていたので、致命傷では無いだろうが、敵の追撃を阻止できただけで上出来だ。
後方の敵を退けた森人は、右翼で二騎の騎兵に責められている森人の援護に動く。
それを見て、右翼の敵の二騎のうち、後方につけていた一騎がその森人に向けて下がってくる。
長槍を振って森人の首を撫で切りにかかる。
それを頭上に掲げた盾で後方に受け流す森人。
そのまま敵の騎馬に突っ込んで行き、敵の側面にワマごと体当たりをくらわす。
その時、自分の右足が挟まれないように、とっさに鞍の上に右脚を畳んで逃がす。
だが、相手の騎兵は対応が遅れてワマとワマの間に自分の脚を挟まれて、弾き飛ばされて、落馬する。
(この森人の人達、騎馬戦に慣れてる!)
ミルさんが護衛につけてくれるだけあって、三騎ともかなりの実力者のようだ。
森人の駆るワマ達は練度こそ高いが、それほど脚の早い種では無い。
セシルのバフが有っても完全に敵を振りきるほどの差はつけられていない。
ずんぐりとして太い体形は、むしろ重量物の運搬に向いているように見える。
しかし、体当たりの肉弾戦では、そのずんぐりとした体形が破壊力を生む。
低い位置からこちらにぶつかられた敵の細いワマは、トラックにぶつけられた乗用車の様に吹っ飛んでいた。
その様子を見て、こちらを攻撃している左右の敵のワマが少し距離を取る。
遠い間合いから近づいては離れるヒットアンドアウェイの戦法に切り替えて、槍を突いてくる。
それを円盾でかわし続けるソエリの森人達。
ワマのフットワークは敵の方が上なので、小刻みに動かれては体当たり戦法も使えない。
「もうすぐ森だ!このまま突っ込むぞ!」
先ほど英子に声をかけた森人が指示を出す。
「木にぶつからないか⁉」
不安になって訊き返す。
「うちのワマ達は訓練を積んでいる!信じろ!」
と短く返す森人。
目の前にみるみる森の際が迫ってくる。
(こえー!)
ついワマの速度を緩めそうになるが、我慢して全速でとばす。
右に居た森人が俺達の前に出て、先頭に立つ。
横に追撃して来た敵の重装騎兵が躊躇して少し遅れる。
「行くぞ!」
その森人のワマは一切速度を緩めないで、木々の密集する森に突っ込む。
俺達六騎のワマはほぼ同時に森の中に飛び込んだ。
体のすぐ横を太い木の幹が通り過ぎてゆく。
すぐ頭の上を木の横枝がギリギリでかすめる。
少し遅れて、後方で激しい激突音と木の枝の折れるようながする。
横目で振り向くと、俺達すぐ後ろを追って来た二騎の敵のワマが、木の幹や枝に激突して、転倒していた。
その、敵騎士に向けて、森に潜んでいた森人が飛びかかり、短刀で首を掻き切る。
俺達六騎のワマは森から少し入った場所で停止する。
後方から追って来た敵の騎兵隊に向けて、森から一斉に矢が射かけられる。
ほとんどの矢は敵の鎧に弾かれたが、鎧の隙間に刺さって暴れるワマも居る。
そのワマは騎乗していた重装騎兵を振り落とし、狂ったように飛び跳ねて森の反対方向に走り出す。
敵の騎兵達は森の前で急停止する。
その頭上に矢の雨が降り注いでいた。
敵騎兵達は慌ててワマの首を返して、撤退し始めた。
落馬して取り残されて倒れている重装騎兵に、森人が踊りかかって、鎧の隙間から首を掻き切る。
こちらの矢の射程外まで引いた場所で、敵の騎兵が隊列を組みなおしていた。
そこにネルガルのワマも合流する。
憎々し気にこちらを睨んでいる。
自分のワマを降りて単身でこちらに走り出そうとするのを、他の騎士達に止められている。
「かなり頭に来てるみたいだな」
俺は自分のワマを降りて、隣のアスルに言う。
「気の短い奴だな」
と呆れたように言うアスル。
「アスルに怒ってるんだよ」
「何でだ?俺が何かしたか?」
「アスルはいつも、自分が何かやった自覚が無いよな」
「うん。それでいつもセシルに怒られる」
「そうよ兄さん。でも、あの男をやっつけてくれたのは、凄くかっこよかった」
ワマからぴょんと飛び降りながらセシルが言う。
「おっ!珍しくセシルが褒めてくれたぞ!どうしたんだ?」
「なによ、いつも褒めてるじゃない。なんで、そんな事言うの兄さん?」
ふくれっ面でむくれるセシル。
「あそこじゃ、矢が届かないわね。あたしの出番ね。ちょっと行って来る」
英子が小走りに森の際まで行って杖を構える。
ドドン!
ドドドン!
英子の杖から雷撃が敵の騎兵隊に立て続けに飛ぶ。
その全てを、ネルガルが火の魔剣で受ける。
刃を長く伸ばした火の魔剣に弾き飛ばされた雷撃が、辺りの草原に着弾して火花を散らす。
「くっそ!あの馬鹿!なんで、昨日の今日であんなに元気なのよ!弱って死んどきなさいよね!」
苛ついて英子が文句を言う。
ネルガルが騎兵達に何か言っている。
それで、敵の騎兵が大門の方に引き返してゆく。
「ああ!行っちゃう!」
英子が慌てた声を上げる。
「待て、騎兵を戻しただけだ。ほら見ろ。騎兵と入れ替わりに、軽装歩兵がこっちに来るぞ。森に入ってくるつもりだ」
「百くらいは居るね。森で迎え撃つにはちょうどの数じゃないかい?」
とミルさん。
「でも、あの中にどれくらい強者が居るか分かりません。油断しないで行きましょう」
「じゃあ、まずは森の深部に向かって撤退だね」
と言うと、ミルさんは他の森人達に何か指示を出す。
指示を受けた森人達は、十頭のワマを草原の方に放ち、尻を叩いて追い立てる。
ワマ達の後姿が見る見る遠ざかり、草原の向うに走り去ってゆく。
「連れて行かないんですか?」
「森の奥には危険な魔獣も多い。あの子たちを連れては行けないよ」
と優しい目線でワマ達の後姿を見送るミルさん。
「そうですか。では、この先の道案内は頼みます。ミルさん」
「任せな。森の中は庭みたいなもんだよ。あいつらに地獄を見せてやろうかね」
と意地悪くニヤニヤ笑うミルさん。
「だが、警戒して深く追ってこなかったらどうします?」
「ガイ君。その心配は無いぞ。ネルガルの奴は体にやけどが出来てそれを聖女に治してもらいたいみたいだ。だから必ず追って来る」
と自信満々に言うアスル。
「でも、なんで聖女が火傷を治せるって知ってるんだ?」
「知ってる訳じゃ無いだろ?聖女ならどんな怪我でも治せるって思ってるだけなんじゃないか?あいつの頭は単純そうな感じだから、あんまり深く物を考えてないと思うぞ」
「確かにそんな感じだな」
「ああ、俺も深く物を考えないから、あいつの事が何となく分かるんだ」
「兄さんはあんな嫌な奴と違うわ!」
「そうか?あいつは嫌な奴なのか?」
「凄く嫌な奴よ。ガイさんの事を、『ちんちくりん不細工の間抜け』って言ったのよ!」
(ん?)
「セシル。ちんちくりん不細工は言ってたけど、『間抜け』は言って無かったと思うぞ」
とセシルの間違いを訂正する。
「あ、ごめんなさい。じゃあ『ちんちくりん不細工のアホ面』でしたか?」
「いや、『アホ面』も言ってなかったはずだぞ」
「えー、それなら、『ちんちくりん不細工』のなんて言ってましたか?」
「いや、『ちんちくりん不細工』だけで充分じゃないか?それ以上何が必要なんだ?」
「そうですか……?なんか一言足りない気がするのですが……」
「他には『不細工なゴミムシ』とは言ってたが……」
「うーん、そう言う感じじゃ無いんですよね。『ちんちくりん不細工の無能?』『ちんちくりん不細工の人間失格?』んんー、なんだったかよく思い出せません」
「………。俺、最近ある疑念を持っているんだが。実はセシルさんって、意外と『ドS』だよね。セシルさん、俺を痛めつけるの、好きだよね。ねえねえ、俺を虐めるのって、そんなに楽しい?ねえ、人を虐めるのってどんな気持ち?」
「また、冗談ですか?あまり面白くありませんよ。あと、『どえす』ってどんな意味ですか?」
「いや、冗談じゃ無いんだが……」
と言う俺の声は尻すぼみに小さくなってゆく。
「おふざけはそこまでよ。撤退よ。ほら、あと残ってるのは私達だけよ」
と言ってぱんぱんと手を打ち鳴らして注目を集める英子。
「はっ!」
当たりを見回すと、森人達はとっくに森の奥に消えていた。
皆、足音を立てないから、全然気が付かなかった。
(うっかり遠耳を発動して無かった……)
草原の方から盾と長剣を持った軽装歩兵百人が、こちらにまっすぐ迫って来る。
「みんな、行こう!」
森人達の後を慌てて追い、俺達は森の深部を目指す。




