第9話 初めての新居探し
「新居の当てはあるのか」
朝食の席。先生が急にそんな事を言い出したので、私は飲んでいたオレンジジュースが変なところに入ってむせた。
「な、なんでそんな事聞くんですか」
「君は少し世間知らずなところがあるだろ。何か考えがあるのか心配になったんだ」
「ぎくり」
先生は痛いところをついてくる。
私は先生から目を逸らした。
「……もしかして、何も考えてない」
図星だった。
何も答えない私に、さすがの先生も引いているようだ。
「……だって、新居の探し方なんて、分からないじゃないですか」
「……君は、貴族の令嬢か? いや、貴族令嬢にしては……なんでもない」
先生、今失礼なことを言おうとしましたね。もう、それくらい分かるようになってしまいましたよ。
寝坊してぼさぼさのままにしていた髪を私は手で撫でつけた。
「よし、分かった。一緒に探してやる。君一人で探したら騙されたりするかもしれないからな」
「せんせぇ……」
先生に後光が差して見えた。
先生は実は、創世の女神が遣わした天使なのかもしれない。
準備を整え、先生と二人で町に入った。
赤茶のレンガで舗装された道が続き、道の脇には色とりどりの花が寄せ植えされた植木鉢が並んでいる。綺麗な町並みだが、人も多くない。聖都のおばあちゃんが教えてくれた通り、静かでいい町のようだ。
観光客のような私と先生を見ても、皆にこやかに微笑み挨拶をしてくれる。先生は住民に気さくに挨拶を返したが、私はどきどきしてしまって、なんとか会釈だけ返した。
今日は写景器を持っていないからか、先生が隣を歩いてくれた。ちらりと並んで歩く先生を見ると、先生が私よりずっと背が高いのがよく分かった。
先生は挨拶をした適当な人に声をかけて、不動産屋がどこか聞いてくれた。私一人だったら、聞くのに小一時間はかかっただろうから、私は両手を組み先生に感謝の祈りを捧げた。
教えてもらった不動産屋に入ると、恰幅のいい口ひげのおじさんが出てきた。この人が不動産屋さんなんだろう。
不動産屋さんは、簡単に挨拶と自己紹介を済ませると、私と先生を応接用のソファーへと案内してくれた。
「それで、どんな物件をお探しですか?」
不動産屋さんは、にこやかに先生に聞いた。先生が私を見るので、不動産屋さんも視線を私に移す。
「えっと……」
(私は、どんな物件を探しているんだろう……)
私が答えなきゃいけないことは重々承知しているが、いざとなると頭の中が真っ白だった。
「親子で住めるお部屋でしょうか?」
親子? 私と先生のことか?
私と先生は、互いに顔を見合わせた。
「親子じゃないです」
「え……あぁ、失礼いたしました。ご夫婦でしたか」
「夫婦じゃない。俺は、この子の雇い主だ。探しているのは、この子が一人で住む部屋だ」
不動産屋さんは、先生の言葉になぜかほっと息を吐いた。
「そうですよね、いやぁこれまた失礼いたしました」
私と先生が夫婦だったら、そんなにおかしいのだろうか。
「それでは、お嬢さんが一人で暮らすのに丁度いいお部屋をいくつかご案内いたしますね」
不動産屋さんの後について、私と先生は不動産屋を出た。
私は移動の間、先生をいつも以上に観察した。
先生の髪は銀色だ。それで老けて見えるだけかもしれない。私も初めて先生と出会った時はヴァシル様と同じくらいだと勝手に予想したが、もしかしたら見た目よりずっと若い——ということはないだろうか。だって、先生はヴァシル様みたいにお腹が出ていないし、それでいて瘦せている風でもないんだから。
そんな風に観察していると、先生は私の視線が気になったのか、少し眉を寄せた。
「言いたいことがあるなら言いなさい。ヨシュカ」
「先生の髪は元からその色ですか?」
「……若い頃はブロンドだった」
「……ブロンド」
それは……さぞお美しかったんでしょうね。
私は勝手に若い頃の先生の隣に立つ自分を想像した。
ブロンドの美青年に、地味で役立たずな聖女。
なんだか悲しくなって、気分が沈んだ。
「こちらのお部屋はどうですか?」
不動産屋さんが振り返って、手で一軒の小さな家を指した。
案内されたのは、大通りから一本裏手の通りに建つ平屋の家だ。他の建物に囲まれ、日陰になっているが、その分静かで良さそうではある。
追放された聖女が残りの人生を過ごすには、このくらいがちょうどいいのかもしれない。
不動産屋さんが玄関の鍵を開けて、家の中も見せてくれた。
板張りのリビングに小さなキッチンがあるだけの簡素な部屋だった。日が当たらないせいか、少しだけ湿気の匂いがした。
不動産屋さんは私の感想が聞きたかったのか、にっこりと微笑みながら私の顔を覗いた。
「あの……この部屋にシャワーはありますか?」
「シャワー? なんです? それは」
どうやらこの町にシャワーのある部屋はないらしい。
「なら桶にお湯をはって、体を拭くんですね……」
神殿では、そうしていた。
「あぁ、お客様。そこはご安心ください。この町には温泉がございますから、近くに共同浴場がございます」
「共同浴場……」
「裸の付き合いは良いものですよ」
不動産屋さんの朗らかな顔をよそに、私は一気に不安になった。知らない人と裸の付き合いなんかできるだろうか。
私の表情から察したのか、不動産屋さんはすぐにフォローした。さすがはプロだ。
「お嬢さん、大丈夫です。この町は治安もよく、面倒見のいい人が多い町です。最初は緊張するかもしれませんが、すぐに打ち解けて家族みたいになれますよ」
私が答えられずにいると先生が私の肩をつんとつついた。
「他の部屋も見せてもらおう。急いで決める必要はない」
「……そうですね」
その後、不動産屋さんは、いくつかの物件を見せてくれた。
湖畔に近い家。丘の上の畑付きの家。共同住宅の一室。
どこの部屋にも違った良さがあったが、どうしても今先生と過ごしている動く家と比べてしまって、決め手に欠けた。
結局私は、今日のうちに決めることができなくて、不動産屋さんには「考えてみます」とだけ伝えた。不動産屋さんは、にっこりと笑って「ゆっくり考えてもらって大丈夫です」と言ってくれた。
動く家へと戻る帰り道。私は先生に謝った。
部屋もまともに決められない自分が不甲斐なかった。
「先生、ごめんなさい。優柔不断で……」
先生は私の言葉に首を振った。
「まだいてほしいと頼んだのは、こっちの方だ。せっかくの新居なんだから、納得のいくまで悩んだらいい」
「先生……」
先生の優しさが胸に染みるようだった。
先生は腕を組み、少し考えてから口を開いた。
「明日は、仕事も探してみよう。仕事が決まれば、通うことも考えて新居も想像しやすいかもしれない」
(あぁ……先生が私の自立への道を考えている……)
ありがたい。けど……寂しかった。
「私……仕事なんて、見つけられないかもしれません」
ふと口をついて、そんな言葉が出た。
深く考えた言葉なんかじゃない。
先生がまた「大丈夫だ。ゆっくり探せばいい」とか、優しい言葉をかけてくれるのを期待したのかもしれない。
だけど先生は、私の言葉に思った以上に深刻そうに眉を寄せた。顎に手をやり、何やら考えているようである。
(あ、先生、心配してるんだ)
先生は、その後も真剣に物思いに耽っていた。
私はその横を歩きながら、両手を組んで祈った。
(先生が探している遺物がいつまでも見つかりませんように)
いけないことを祈っているのに気がついて、私はぱちんぱちんと自分の頬を叩いた。




