第8話 先生との別れ
私は最後の一日、もらった写景器で時間の許す限り絵を残した。
貸してもらった客間。
窓から見える景色。
シャワーに魔導セル部屋。
フリフリのエプロンをしたビビちゃん。
どうしても先生の絵がもう数枚欲しくて、御者台に座る先生の隣にも座らせてもらった。写景器を持っているせいか、先生がいつも以上に眉を寄せるので、結局は横顔を眺めているだけになってしまった。
「先生は、どうして旅をしているんですか?」
「……君が構えている写景器を下ろしたら、話してもいい」
仕方がないので、写景器を御者台の背もたれと自分の腰の間に置いた。先生は、前を向いたまま御者台の足置き場から生えた金属の棒に手を置いている。金属の棒には、ビビちゃんと同じ水色の石がはめ込まれた小さな板がついていた。
「古代遺物を探してるんだ。魔導セルやこの家も古代遺物だ」
「それは先生のお仕事ですか? 遺物を直して、売ったりとか?」
「売ってはいない。……だから、仕事というより趣味に近いかもな」
趣味のために旅に出るだなんて、私には想像もできない生き方だ。
「そんなに遺物が好きなんですか?」
どこか住まいを定めて、仕事をして、結婚しようと思ったことはないのだろうか。
「好きというか……まぁそうだな」
先生は少し言葉を濁した。言いたくないことなのかもしれない。先生の言いたくないことを聞きだす気は私もなかった。やっぱり先生は謎だらけだ。
「ピピ。古代遺物の反応あり。フェルネ山のふもとまでの到着予定時刻。あと一時間です」
先生が手を置いていた小さな板が喋った。
「そこにも妖精が隠れているんですか?」
先生は私の質問にふっと笑って、「妖精ではない。探索支援ゴーレムだ」とだけ答えた。
* * *
「 先生、見てください! 湖です!」
御者台から見えるなだらかな丘の先。翡翠色の大きな湖が見えた。その湖を囲むように赤い瓦屋根の建物が並ぶ町が見える。その奥には、白い雪を山頂に残したフェルネ山がそびえ立っていた。
先生は動く家の鉄の棒――先生曰くハンドルというらしいのだが、それを操作してゆっくりと坂道を下った。
途中、道が二股に分かれていて、動く家は町に入る道ではなく湖へ向かう道へと進路を取り、右折する。
「町にはいかないんですか?」
「この家は目立つからな。いつも目立たない所に停めておくんだ」
なるほど。確かにこんな物が町に入ってきたら、初めて見る人はびっくりしてしまうか。
動く家は、町から少し離れた湖の近く――大きな木の陰になる位置で停まった。
私は先生の顔を見ないように顔を下げたまま御者台から飛び降りた。
「先生……短い間ですが、お世話になりました。この御恩は、一生忘れません」
先生も立ち上がって、私に近づいた。
私は泣いてしまいそうで先生の足元を見ていた。
「……その、もし君が良ければなんだが、もう少しいてくれないか」
「え……」
私は、ぱっと顔を上げた。先生は、私から目を逸らして頬を掻いていた。
「この辺りにも古代遺物の反応がある。それを見つけるのに、しばらくここに留まる予定なんだ。できればこの国を離れるときに魔導セルの充填を満量まで溜めておきたい」
私は先生の言葉に飛び上がりたくなるのをぐっと堪えた。
「もちろんです! 嬉しいです、先生!」
いつまでかは分からないけど、今日でお別れだとばかり思っていたから、指先がそわそわしてしまう。
先生は、私の反応にほっと息を吐くと御者台へ戻った。ハンドルについていた水色の石のはめ込まれた小さな板を慣れた手つきで外し、胸ポケットへしまう。
「古代遺物を探すのに、この辺を散策しようと思う。良ければ」
「ぜひお供させてください! 微力ではありますが、私の神聖力でお手伝いしますよ」
私が腰に手を当てて張り切ると先生はまた笑ってくれた。
動く家に戻って、湖の周りを散策する準備を整えた。
ビビちゃんがバスケットの中にサンドイッチをたくさんと銀色の筒にお茶を入れてくれた。ピクニックシートとコップも入る大きめのバスケットである。
私がそれを持って、動く家の外に出ようとすると先生に肩を叩かれた。
「それは重いから下ろしなさい」
持ってくれるということだろうか。
探索でも、きっと私は役には立たないだろうから、せめて荷物持ちくらいはさせてほしい。
「いえ、私が持ちます。持たせてください!」
だけど先生は、私の反応に少しだけ眉を寄せた。そして、はぁと短くため息を吐いてから、背負っていたカバンの中をなにやらごそごそと探り始めた。
「……代わりにこれでも持っていなさい」
先生が私に差し出したのは、十五センチくらいの長さの細い金属の棒だった。柄の部分は銀色で先にいくにしたがって少しずつ太くなっている。その先にはひし形の水色の石がついていた。
先生はそれを私に手渡すと奪うように私からバスケットを取った。
私が首を傾げて、これが何かを聞く前に先生は、「魔杖だ」と言って、先に動く家を出た。
「魔杖!? 魔法使いの杖ってことですか?」
私も家を出て、先を歩く先生を追いかけた。
「正確に言えば、魔法使いでもない者でも似たようなことができる杖だ。その杖の中には、君が先日溜めてくれた魔導セルが入っている」
「……具体的にはどんな魔法が使えるんです?」
「ちょっと貸して」
先生はバスケットを持っていない方の手で魔杖を受け取り、ひゅんと近くの木に向けて振った。
――その瞬間。杖の先から水色の風がシュッと飛び出した。
バキ
「え……」
杖の先にあった木の幹に風の玉が当たり、バキっと音を立てて折れたから私は目玉が飛び出すかと思った。
先生は、何事もなかったかのように私に魔杖を返して、歩き出した。
(なにこれ……)
私は、呆然として杖と折れてしまった木を交互に見た。
しばらく動けなかったが、先生に置いて行かれていることに気がついて、慌てて先生を追いかけた。
「こんなの最終兵器じゃないですか!」
私の反応に先生はふっと鼻で笑った。
「そんなのただの子供の玩具だ。兵器でもなんでもない。君に持たせておくには、それくらいがちょうどいい」
なんだろう。馬鹿にされたような気がするぞ。
「大丈夫。今日はただの散歩だ。それを使う場面はおそらくこない」
その後、私と先生はぐるっと湖畔を散策した。
湖を挟んで町とちょうど反対側に位置する場所が草が広がっていたので、そこにピクニックシートを広げて昼食を取った。
先生がサンドイッチを食べているところを隙を見て写景器で絵にしようとしたら、背を向けられてしまった。今度はばれないようにやることにしよう。
「ピピ。古代遺物の反応あり。ここから徒歩で三十分です」
「先生、その妖精、さっきから同じことを言ってますよ」
さっき、動く家を出発してすぐの時もこのピピちゃんは、先生に同じことを言っていたのだ。
「さっきの場所からも、今の場所からも徒歩で三十分の所に古代遺物があるということだ」
私は先生が言いたいことがよく分からなくて、首を傾げた。
「湖畔を一周してみよう。そうすれば、おのずと遺物のありかは絞られるだろう」
先生は私に背を向けたままサンドイッチを食べ終わってしまった。
結局ぐるっと湖畔を一周して、動く家に帰るころには夕日が湖面を染めていた。
「……綺麗」
昼間の翡翠色も好きだったが、私はこっちの橙色の方が好きだった。
先生は一人で湖の前に立ち、ピピちゃんの声がする板を睨んでいる。
(今です!)
私は、離れた場所で写景器を構えて、夕日に染まる湖と先生の後ろ姿を絵にした。先生の姿は逆光で暗くなってしまったが先生の形が分かるからいいだろう。
(先生はおじさんだけど、よく見たら肩ががっしりしているんですね)
先生がこちらを振り返ったので、私はさっと写景器を背中の後ろに隠した。




