第6話 追放の真実
「ヴァシル様! ヨシュカ先輩がいないんです!」
大神官室に先陣を切って駆け込んできたのは、双子聖女のカリーナとマリーナ。その後に他の聖女たちや修道士、はたまた神殿騎士にいたるまでが一気に雪崩れ込んできた。
「ヨシュカは、三日前に神殿を去った……知らなかったのですか?」
はて……別れを済ませておくように、ヨシュカには言っておいたはずだが。
「そんなこと聞いてません!」
双子が声を揃えて怒鳴った。
なんとなくだが、理由は想像できる。優しいあの子のことだから、妹たちに心配をかけたくないとこっそり神殿を出たのかもしれない。
「ヨシュカがいないと神殿が回りません! 連れ戻しましょう!」
そう言ったのは、修道士のニコライだ。
「ヨシュカがいないと回らない?」
私がその言葉に眉をひそめたのを見て、ニコライは気まずそうに視線を泳がせた。
「お前たちがなんでもかんでもヨシュカに雑用を押し付けていたのは知っている。だから私は退職金を持たせて、ヨシュカを神殿から出したんだ」
ヨシュカは真面目な子だ。先輩たちが言っていたことを一から十まで守り、後輩たちには優しい。なんでも雑用を引き受けるから、外との接触も減り、嫁に行く機会も逃してしまうと私は心配したのだ。だから、寂しかったが追い出した。親心のつもりだ。
「連れ戻すなど、絶対にならん。あの子はもう十分に働いたから、外の世界で自由に暮らすべきだ。ヨシュカはお前たちの雑用係じゃない」
私の言葉にその場に集まった全員がしゅんとうなだれた。皆、ヨシュカを頼りすぎなのだ。
「でも、ヴァシル様……」
「私たちは、ただ、先輩が心配なだけなんです……」
目を潤ませながら、一歩前へ出てきたのは、双子聖女の二人だ。
「あの子は、しっかり者だ。だから大丈夫だ」
「先輩は、しっかり者ですけど世間知らずです!」
「あと人見知りです!」
双子の訴えにも一理ある。私もそこは少し不安に思っていた。
他の聖女は休みになると街に出て遊びに行くのに、あの子は神殿に籠って本を読んでいる姿しか見たことがない。
「私たちが先輩に頼り過ぎていたのは反省します」
「でも、先輩が無事に過ごしているかだけでも見に行かせてくれませんか?」
私は腕を組んで悩んだ。確かに、どうしているかだけは知りたい。他の卒業していった聖女たちともたまに手紙のやり取りはしているから、ヨシュカの新しい住所が分かれば近況を手紙で聞くこともできるか……
「……分かった。では、ヨシュカの様子だけなら見に行くことを許可しよう」
双子聖女が一瞬ニヤリと笑った気がした。だが、すぐにいつもの天真爛漫な笑顔に変わる。
「では、そのお役目は私たち」
「カリーナとマリーナにお任せください」
二人はそろって聖衣のスカートをつまんで、恭しく頭を下げた。
「護衛にラドスラフも一緒に行きなさい」
双子聖女はすぐに神殿騎士のラドスラフを睨んだ。やっぱりこの二人だけにヨシュカを見に行かせるのは不安だ。ラドスラフは冷静で慎重だし、ヨシュカの幼馴染だ。きっと正しく物事を判断してくれるだろう。
「承知いたしました。ヴァシル様」
ラドスラフも双子に並び、深々と頭を下げた。ラドスラフの鉄紺の瞳に、いつもと違う色が混じっていることに、この時の私は気がつかなかった。
* * *
「ふぅ、これでしばらくは安心なのかな?」
先生に仕事の説明を受けた私は、少しずつ魔導セルの充填をした。
神聖力が多くない私には、この大量の魔導セルを一気に充填することはできない。少しずつ神聖力を吹き込み、二日でなんとか動く家の分と魔導銃の分の充填が無事完了した。
神聖力を長時間吐き出したせいか、少しめまいがするが、まぁ問題ないだろう。
魔導セル部屋のひんやりする床に転がって、魔導セルに溜まった水色のエネルギーをぼんやりと眺めた。
動く家は動いているから揺れているはずなのだが、不思議と家の中は揺れていない。床に寝転がっても車輪が地面を転がる音は聞こえないし、振動もない。普通に地面に建っている家と同じだ。
だから先生が実際、外で何をしているのか、動く家の中にいるとうかがい知ることはできないのだ。
先生は、動く家を動かしている以外は、自分の部屋に籠って何かをしている。ものすごく気になるが、「部屋には入ってくれるな」と釘を刺されたので、先生が自室で作業している時は、できるだけ近づかないようにしている。家主の命令は、絶対なのだ。
あと食事の時間は、私が寝坊したりしない限り必ず一緒に過ごしてくれた。たったそれだけのことだが、私はそれが胸に染みるように嬉しかった。
神殿にいた時はいつも忙しくて、他の人と食事をする暇はなかった。大抵台所の端で一人寂しく食事をしていたから、先生と食べる食事は腹だけでなく、心も満たされるような気がした。
先生は、物静かな人だが無口というほどではない。私が聞けば大抵のことは、私でも分かるように嚙み砕いて教えてくれた。
初対面の印象は、無表情だと思っていたが、どうもそれも間違いのようだ。先生は、私の言葉によく笑ってくれるから。
先生を見ているとなんだか他人という気がしない。初めて会った時は、あんなに怖かったのだから不思議だ。
私は捨て子だから、本当の親が誰かは知らないが、もしかしたら先生は私の親戚だったりするのかもしれない。
父親という考えも浮かんだが、それはすぐに違うと分かった。先生にもし子供がいれば、絶対に捨てたりはしないだろう。まだ数日しか一緒に過ごしていないが、それだけははっきりと分かった。先生はそれだけ優しいのだ。
そんなことを考えているとバターを焼くいい香りが漂って、腹の虫が鳴いた。私は吸い寄せられるように魔導セル部屋を出た。
ビビちゃんがまたフリフリのエプロンをしてキッチンに立っていた。
フライパンの前に浮かぶビビちゃんの後ろから何を作っているのか覗き込む。
使い込まれた銅のフライパンにはパチパチと弾ける溶けたバター。その上にサーモンを二切れ乗せるとジュっと音がした。ビビちゃんは、まな板の上にあったキノコもぽいぽいと一緒にフライパンへ入れて蓋をする。出来上がりが楽しみだ。
私は、少しでもビビちゃんの手伝いをしようと近くの食器棚を開けた。上がガラス戸の棚で食器が美しく並んでいる。その下の段の引き出しを開けると中には数種類のランチョンマットとカトラリーが隙間なく整然と収められている。こういうのを見ると、なぜか分からないがうきうきしてしまう。
(今日はサーモンだから、オレンジのランチョンマットにしてみよう)
私はオレンジのランチョンマットを二枚取り出しテーブルに並べた。金色のナイフとフォークも並べて、あとはビビちゃんの料理が完成するのを待つのみだ。
料理が出来上がるのを今か今かと待っていると、玄関の戸が開いた。
入ってきたのは泥だらけの人間だった。私は危うく椅子から転びかけた。
「ビビ。敵性体の侵入を発見。排除します」
「待って、ビビちゃん!敵じゃなくて、泥だらけの先生よ!」
頭の先から足先まで泥だらけで、一瞬誰か分からなかったが、泥だらけの顔には橙色の瞳が並んでいる。
私は大急ぎで二階のバスルームからタオルを取ってきて、先生の顔を拭いた。神殿で小さい子たちの世話をしていた癖で、ついやってしまった。
先生の顔を拭くとビビちゃんが、「ビビ。マスターの入室を確認。お帰りなさい、マスター」と言って、手に持っていた包丁を下げた。危機一髪だったのかもしれない。
「先生、駄目じゃないですか。家の中まで泥だらけですよ」
おじさんなのに、泥遊びですか?
意外とかわいいご趣味をお持ちで。
ビビちゃんは、「ビビ。お掃除モードに移行します」と言って、さっきから雑巾を持って床を拭き、先生の足にぶつかっている。
先生の泥を拭いていると、先生が手に四角い板のようなものを持っているのに気がついた。
何を持っているのか聞く前に先生は、「すまない」とだけ答えた。先生は、私からタオルを取って泥が落ちるのに構わず二階のバスルームへ向かった。
子どものように泥を拭いたから、怒らせただろうか。
先生の通った跡に泥が滴り、ビビちゃんが雑巾で掃除をしながら先生を追いかけた。
動く家も先生も、まだまだ分からないことが多いと私は首をひねった。




