第15話 湖底の住人
翌朝。私と先生は朝食を食べ終わると遺物探索の準備をした。
私はリュックサックに写景器とビビちゃんが用意してくれたお弁当を詰める。クロが一緒にリュックサックに入りたがったが、さすがに連れていけないので紐をきつく結んで、さっさと背負った。
腰のベルトには、先生に貸してもらった魔杖を挿し、さながら物語に出てくる魔法使いにでもなった気分だ。
先生は腰のホルダーに今日は小さい方の魔銃を納めて、胸ポケットに遺物の位置を教えてくれるピピちゃんをしまった。
ビビちゃんとクロに手を振ってから家を出ようとしたが、クロが私の足にくっついて頭を擦りつけている。
先生が先に家を出て、私は玄関の扉の隙間からクロがついてこないように気を付けて家を出た。
「先生、古代遺物の在りかに見当はついているのですか?」
動く家を出て、先生に聞く。
先生はすっと目の前の湖を指さした。
「おそらく湖の中だろう。湖を一周した時、探索支援ゴーレムは、常に徒歩三十分のところに遺物があると反応していた。そんな場所は湖の中しかありえない」
「え……私、泳げないです」
(先生の役に立ちたいのに……)
私は、しゅんとうなだれた。
「大丈夫だ。泳げなくても湖に入れる古代遺物がある」
先生は、コーヒーブラウンの上着のポケットから銀色のネックレスを二本取り出した。ネックレスには、銀色のペンダントが下がっている。
先生はそのネックレスの一つを自分の首にかけ、もう一つを私へ渡した。
私も先生に習って、首にネックレスをかける。すると体の周りが温かい何かに包まれたようにうっすらと光りだした。隣を見ると先生の体もぼんやりと光っている。
「先生、これは?」
「これは、『環境維持装置』だ」
「かんきょういじそうち?」
なんのことかさっぱりだ。
「あぁ……通称は『水精の首飾り』だ。これをしていると、水中でも地上にいるのと同じように過ごすことができる」
「まったまたー、先生、それはさすがに私でも冗談だって分かりますよー」
先生は、私の言葉にむすっと顔を顰めた。拗ねた先生も素敵ですね。
先生は私を残して、湖に向かって一直線に歩き出した。じゃぼじゃぼと湖に足を入れ、あっという間に腰まで入ってしまう。
「え、先生、早まらないで!」
私の制止も聞かずに、先生はとうとう頭まで完全に湖に浸かってしまった。
「ど、ど、ど、どうしよう!」
私が慌てて右往左往していると、先生が湖に顔だけを出した。不思議なことに、先生の髪は全く濡れてはいなかった。
「早くしなさい、ヨシュカ。置いていくぞ」
「あぁ!待ってください、先生!」
私は意を決して、走って湖に入った。
靴に水が入って重くなることを想像していたが、なぜだかそれがない。どんどんと歩みを進め、腰まで水に浸かったが水の冷たさも服に染み込む感じもなかった。感じ方は湖の外にいた時と全く一緒だ。
胸まで湖に入って、私の足が止まる。
湖の水が小さく波打っているから、これ以上行ったら溺れてしまうかもしれない。
私が悩んでいると、先生が戻ってきてくれた。
私のすぐ前に立って、私を見下ろす。
「怖いなら、家で待っていなさい。俺一人で行ってくる」
「い、嫌です!私も行きます!」
絶対一緒に行きたい。
私は先生の隣にいたいのだ。
両手を組み合わせて、創世の女神に祈った。
(どうか私に、勇気をください)
大きく息を吸い込んで、ざぶんとしゃがんで湖に入る……あれ?
私は、恐る恐る目を開けた。目を開けても目に水が入る感じがしない。
先生が私と同じようにしゃがんで目線を合わせてくれた。
「息をしてみなさい、ヨシュカ。大丈夫だから」
先生の体がうっすらと光っている。
水の中なのに、普通に話をしていた。
私はもう一度、創世の女神に祈ってから、ふぅっと息を吐いた。口からポコポコと空気が出ない。普通に吐いたのと一緒だ。
そしてゆっくりと吸う。シャワー室の空気のような温かい空気が私の体にすっと入ってきた。
「す、すごいです、先生! 先生はやっぱり魔法使いです!」
私の反応に先生は笑った。
「ヨシュカ、見てごらん」
先生は、後ろに広がる湖の世界を指さした。
「わぁ……」
私は、その美しさに言葉を失った。
上を見上げると、湖面からきらきらと日の光が差し込んでいた。
光が線のようになって真っ白な地面に降り注いでいる。
そこをライムグリーンの水草がゆらゆらと揺れ、草原みたい。
小さな赤い小魚が頭上を泳ぎ、まるで魚が空を飛んでいるようだ。
「立てるか」
先生が立ち上がりながら、私に手を差し出した。私はその手にそっと自分の手を乗せた。先生の手は指にまめができていて硬かった。
「ありがとうございます」
先生が私を引っ張って立たせてくれた。先生の力の強さに私は少しだけ胸の鼓動が早くなった。
先生と並んで湖底を歩く。
白い砂に足をつくと周りの水にふわりと白い砂が舞う。本当に不思議な感覚だった。
私は背負っていたリュックサックから写景器を出して、美しい湖底の世界を絵にして残した。
湖底は、緩やかな坂道になっていて中央には水草が高く生い茂っていた。
「古代遺物はどこでしょうか?」
「ピピ、古代遺物まで徒歩で二十分の距離」
私は先生に聞いたつもりなのだが、先生の胸ポケットに入っているピピちゃんが勝手に答える。
「もう少し深いところも探してみよう。浅瀬にはなさそうだ」
先生は辺りを見渡しながら答えてくれた。
水草が生い茂っている所まで下る。
そこで見たものに私は思わず写景器を向けた。
「先生……これ」
「あぁ、古代の遺跡だな」
水草の中にまるで高い城壁の門のようなアーチが立っていたのだ。それ自体もびっしりと水草が生えている。
私と先生はゆっくりとアーチをくぐった。
その時、水草の陰からぬっと大きな生き物が出て来た。
「せ、先生!」
先生がすぐに私の前に立ち、腰の魔導銃に手を当てる。
しかし、水草から出てきた生き物の姿を見て、先生はすぐに手を下ろした。
「大丈夫だ、ヨシュカ。マナティだ」
「マナティ?」
水草から出て来たのは、白いつるんとした体を持つ生き物だった。ヒレと丸い尻尾があり、魚にも似ている気はするがこちらを見つめる小さな黒い瞳がどこか可愛らしかった。
マナティはゆっくりとこちらへ近づき、先生の目の前にまで泳いでくる。
先生は優しく微笑みながら、マナティの鼻先を撫でた。
「大丈夫なのですか?」
「あぁ、マナティは水草を食べる大人しい生き物だ」
私も先生が撫でているマナティのつるんとした体がどんなさわり心地なのかが気になって、先生の後ろからマナティに近づく。
恐る恐る手を伸ばして、頭を撫でるとマナティはうっとりしたように目を細めて、私の手に顔を擦り寄せてくれた。
「か……かわいい」
先生はマナティと遊ぶ私をよそに、辺りを見渡した。
「しかし困ったな。これだけ水草が生えていると探すのにも時間がかかりそうだ」
マナティを撫でながら、先生が見つめる先に私も視線を移す。
中央には白い石の道。その両脇を囲むように高さのある水草の森が広がっていた。波で水草が揺れると白い岩の建物のようなものがちらりと見えた。
「なんだか町みたいですね」
「おそらくそうだろうな。何らかの理由で水に沈み、水草が生えたんだろう」
「遺物は、どんな形をしているんですか?」
闇雲に探していては、到底見つけられないだろう。少しでも手がかりが欲しいところだ。
だけど先生は首を横に振った。
「そこまでは分からない。ここで古代遺物の反応があることしか分からないんだ。ただ、古代遺物には必ず魔導セルの反応がある。探索支援ゴーレムは、その反応を拾っているんだ」
「じゃあ、魔導セルを見つけられればいいってことですね。それなら、なんとかなるかも」
先生は私の言葉に首を傾げた。
私はマナティの鼻先にふぅと息を吹きかけた。動物と話ができるようになる神聖術を使ったのだ。
「ねぇ、私たちこんな感じの水色の石がついた道具を探しているの。見たことない?」
私は魔杖についた水色の石を指差してマナティに見せた。
マナティは少し首を傾げてから、思い当たる節でもあったかのように頭を上下させた。そしてゆっくりと白い石の道の上を泳ぎ始めた。
「……驚いた。一体何をしたんだ」
「神聖術です。マナティに私の言葉が通じるように術をかけました……上手な子がやると動物も人間の言葉が話せるようになるのですが、私はそこまでは」
落ち込む私の背中を先生は軽く叩いた。
「十分だ。君には本当に驚かされてばかりだよ」
(せ、先生が私を褒めてくれた!)
私は、嬉しさと恥ずかしさで両手で顔を隠した。
ドクンドクンと血が巡り、その場から動けなくなる。
「何をしている。早く行くぞ」
先生の声で顔を上げると、先生ははるか先で振り返って私を見ていた。動かなくなった私を置いてさっさとマナティを追いかけ始めていたらしい。
「待ってくださいよ、先生」
私は先生を追いかけて走り出した。




